第6話

「陽葵にはね、人間ならみんな持っているはずの忘却機能がないんだよ。」


博之さんが陽葵ちゃんについて力なく話し始めると俺は静かに博之さんの言葉に耳を傾けた。


博之さんが話すにはこうだ。


陽葵ちゃんは生まれながら一度見たものを絶対に忘れられない脳の作りをしていたのだという。


普通だとあり得ない話なのだが、そのありえない話が陽葵ちゃんの身には起きてしまったらしい。


「人間の脳が記憶できる量はとある研究により1ペタバイト、まだ一般的なじみがあるような言い方に変えると1,024テラバイト、それがどれくらいの容量なのかというと大体14年ほどの人生で埋まってしまう容量なんだ。」


さらに博之さんの話は続く。


なんでも本来であればすでに陽葵ちゃんの脳はこれ以上新しい記憶を受け入れられない状態だが、陽葵ちゃんは13歳の頃に事故にあいこの町で暮らした記憶がきれいさっぱり抜け落ちているのだという。


それが幸か不幸か、忘却機能がない陽葵ちゃんの脳から記憶を消す方法が見つかったのだという。


その日から博之さんは脳の中に記憶されたものを消すための機械を作るべく研究を続けており、それはもう完成まじかだという。


でもそれは一時的な記憶喪失とは違い、脳の機能をリセットする研究ならしい。


つまり、今の陽葵ちゃんの記憶はもちろん、記憶から形成されている人格もリセットされてしまうという事。


実質的に今の陽葵ちゃんが「死ぬ」ということだと博之さんは話してくれる。


「この町にいたのは4年。14年分しか蓄積できない記憶から4年分引くと18になるこの年が陽葵が今の陽葵でいられる最後の年なんだ。」


声を震わせ悲しそうに話す博之さん。


そんな博之さんの話をまるでドラマの物語のような非現実的な話に俺はどこか実感が持てないまま話を聞いていた。


だからなのだろうか、割と俺は冷静に頭が働いていた。


「あの、ちなみに記憶をリセットしなかったらどうなるんですか?」


冷静に話を聞けている分、話を理解し、質問できる余裕をもてる。


現実味はないけれど真剣に話を聞かなきゃいけない。


それだけは馬鹿な俺でもわかった。


「よくて認知症の人のように新しい情報を記憶できなくなる。悪いと最悪、記憶のオーバーフローが起き、陽葵の脳に異常が発生し……植物状態になる恐れがある。実際にこんな例は過去にないからどうなるかはわからないが、記憶を消さなければあの子はまともな日常生活を送れなくなるだろう。」


18ですべての記憶を失ってまともな生活ができるのかという疑問もわいてくるが少なくともまたさまざまなことを記憶できるようになる分記憶をリセットしないよりはまともな生活が送れるのかもしれないと博之さんの話を聞いて思う。


究極の二択。


まさにこういうことを言う気がする。


「あの、陽葵ちゃんのことについてはわかりました。でも、どうして俺の一年を陽葵ちゃんのために使ってほしいとお願いしてきたんですか?その、もちろん俺は陽葵ちゃんと一緒に入れるのはうれしいですけど……。」


事情があって俺の記憶を失くしたと解ったことでか、自分に対して何の印象も抱いてなかったわけではないかもしれないという気持ちになって傷心の心は少し落ち着いた。


もし仮に何の印象も抱かれてなかったという事実ならすこし一緒にいるのも気まずいけど、そうじゃないならむしろ喜んで傍にいたい。


ただ、どうして博之さんは陽葵ちゃんにとっての大事な一年を俺に寄り添ってほしいといってきたのかが気になるのだ。


「……13歳の時ね、陽葵が私に頼んだんだよ。あの頃は陽葵の記憶を消す方法がなかった。故に陽葵には認知症のような症状になるか、植物状態になるかわからない未来しかなくてね。いつそのリミットが来るかもわからないある日にいつか自分が自分でなくなる日が来るまでの時間を君と過ごしたいと私に言ってきたんだ。」


「…………え?」


俺は今、自分にいいように耳を働かせているんじゃないかと疑った。


すぐに消えてしまう俺の記憶の中にいた彼女の記憶の中にもずっと印象強く自分がいたことが信じられないのだ。


印象に残らなかったのかもしれない。


そう悩んでいたのにまさかその逆だとは……


こんなにうれしいことはない。


「幸也君、もしかすると陽葵は君といることで過去の記憶を取り戻し、そのせいでもしかすると一年もあの子は正常でいられないかもしれない。それにあの子の記憶を消せば君だって傷つくかもしれないし、何より高校三年生の1年がどれだけ大事な時期かもわかっている。だがそれでもどうかお願いだ。あの子に残された時間をどうか共に過ごしてやってほしい。」


博之さんは涙ぐみながらもう一度俺に頭を下げた。


現実味のない話なのは今でも変わらない。


でも少しずつ俺の頭が理解をし始めたのかもしれない。


俺も少し涙ぐんできた。


「……正直、ひどく現実味がない話で、多分少しずつ理解してきたけどそれでも俺馬鹿だからまだ全然理解できないことだらけだけど……博之さん。俺、陽葵ちゃんの残された記憶の容量、楽しい記憶で埋めれるように頑張ります。」


俺は馬鹿で、記憶力も悪いから約束事だってすぐに忘れてしまう。


だけど、この約束だけは忘れないことを心に誓った。


陽葵ちゃんが今の陽葵ちゃんでいられなくなるその日まで僕の時間をすべて、陽葵ちゃんのために使うという約束を。











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