第33話

 広場中央の夜光石が輝きを増した時、リヒトは再びあの声を聴いた。

『――また、この日がやってきたか』

 間違いない。観測室の声と同じだった。

 あの日、リヒトが目を付けられたのは、十二星霊の一柱だ。名前は明かされなかったが、この尋常ではない迫力プレッシャーがそう訴えてくる。

「あなたは、十二星霊だったんだね」

 未だに姿のはっきりしない光に語りかける。

『ん?君は――つい先刻の星詠みか』

「ボク達にとっては数週間だけどね」

 星の生きる時間は人間とは比べ物にならないほど永い。リヒト達の過ごした日数など、彼らからすれば瞬きほどの時間に過ぎないのだ。

「今夜はどうしてまた現れたの?」とリヒトが訊ねると、光――星霊はまるで笑っているかのように少しだけ揺れた。

『未契約の星霊にものを尋ねるとは、なかなか面白いな』

「だって、あなたはボクを予約したんでしょ?」

 リヒトが臆面もなく言ってのけると、星霊は今度こそはっきり笑い出した。

『はははっ!これは一本取られたな。星霊祭は我々星霊を成している星々が宙を離れ、自由に過ごす日だからだ』

「星々…星霊を形作っている星にはそれぞれ意思があるということ?」

『その通り』と星霊が肯定する。

「…でも、以前校舎で話した時もそうだけど、あなたに複数の意思や人格は感じないよ?」

『うん…十二星霊に気圧されず、これだけ会話が出来るとはやはり見込みがある。ご褒美に一つヒントをあげよう。――主人格を形成している星の名は、カウス・アウストラリス』

 星霊の言葉を聞いた時、もやのように不定形だった光が少しだけ何かの形に近づいたように見えた。

「主人格?カウス…?」

 その形を捉える前に、横からスピカが訝しげに言った。

「…ちょっとリヒト、さっきから誰と話しているの?」

「え?いやほら、ここにいる…」

 リヒトは慌てて星霊の方を指すが、スピカは依然首を傾げている。その様子を見て、星霊は思い出したように言った。

『ああ、ちなみに…今、私は君以外に姿を見せていないからね』

「ちょっと、それを早く言ってよ」

「ねえリヒトってば」

 これ以上はスピカがこちらを疑うどころか、どこかおかしくなったとすら思われかねない。リヒトは勢い任せに誤魔化した。

「なんでもないよ!星の声と会話出来るかなと思って話し掛けてみただけ!」

「ふーん…?まあ、いいわ。星の声って基本囁き声っぽいから、何言ってるか分からないわよね」

「うん、色々試したけど全然分からなかったよ」

『寂しいことを言うな、君は』

 誰のせいでこんなことを言う羽目になったんだ、とリヒトは星霊を一瞥した。

『おお、怖いこわい。では私はそろそろおいとましよう。今宵は楽しもう、昼の子よ――』

 そう言って、星霊は夜に溶けていった。

 星霊の主人格、そしてカウス・アウストラリスという名。一つ謎が解けた代わりに、また謎が増えてしまった。

 呆気にとられるリヒトの傍らでスピカが辺りをきょろきょろと見回す。

「…にしても、ヴァルトエーベルって国土の割に人口多いわよね」

「確かにそうだね。こうやってお祭りで人が集まると余計にそう思うよ」

「でも、結構移民も多いんでしょ?ね、フォス」

 スピカの問いかけに答えはない。

「あ――そうだった。フォス、いないんだった。…それにアキラくんも」

「あの大きな夜光石の綺麗な光とか、四人で見たかったなぁ……」

「そうね――二人とも、今頃どうしてるのかしらね」

 そのまま会話が途切れる。スピカの長い睫毛に夜光石の光が反射していた。沈黙を飲み込むようにリヒトは学生寮の方角に視線を向けた。

 そんな二人の間を埋めるように、人混みの中からユキムラが現れた。

「やあ、二人とも。素敵な舞いだったよ」

「ユキムラ先輩、見ててくれたんですね」

「勿論。リヒトもスピカも、練習の成果が良く出ていたよ」

「ありがとうございます!あたし達頑張った甲斐があるわね、リヒト」

「うん。この格好を色んな人に見られるのはちょっと恥ずかしいけど…」

 踊り子の衣装は伝統ある衣装だが、制服と比べて肌が見える作りになっている。

 観衆にこの姿を見られるのには慣れない。

「格好といえば二人とも、今日はお化粧をしているんだね」

「はい。スピカがしてくれたんです」

 ユキムラはじっと二人の顔を見つめた。いつもより顔が近いせいか、整った顔立ちにどぎまぎしてしまう。

「――うん、可愛いね。いつもと雰囲気が違っていて、これもまた素敵だよ」

「ユ、ユキムラ先輩みたいに綺麗な人に言われると照れます…」

 リヒト達のような反応には慣れているのか、ユキムラは「言っておくけど、お世辞じゃないからね」とウインクまでしてみせた。

「さて、沢山踊ってお腹空いただろう?今夜は屋台も色々出ていることだし、見て回ろう」

「はい!ボクもうお腹ぺこぺこです」

「ふふ、それは食べさせ甲斐があるね。今日は二人の昇級祝いも兼ねているし、約束通り好きな物を奢るよ」

 ユキムラは心底楽しそうに言って、二人を屋台の並ぶ大通りに促した。

「ありがとうございます!卵料理あるかなぁ!」

 目を輝かせてリヒトが駆け出す。

「あ、リヒト!一人で先行かないの!」

「わかってるー!」

 そう言いながらもリヒトはあれこれと屋台を吟味している。

「もう、リヒトったら…せめて服くらい着替えたらいいのに。絶対途中で何かこぼすじゃない」

「スピカはまるでリヒトのお姉さんみたいだね」

「ええ、まあ…はい。手のかかる妹のように思っています」

 いつかの日もリヒトとそんな話をしたことを思い出す。年の瀬が近いせいか、最近のことであったはずなのに、ずいぶん昔のようにも感じる。

「ふふ、そんなお姉さんのスピカも、遠慮はいらないからね」

「それじゃあえっと…何か甘い物が、食べたいです……」

「甘い物か――なら、これはどう?果物を飴で包んでいるんだって」

 ユキムラが指差した方を見ると、串に刺さった果物が飴に絡んで宝石のように輝いていた。赤い果物が目を引く。

「わあ、つやつやで可愛い…!」

「じゃあ、この赤いのと黄色いの一本ずつください」

 スピカの反応を見てユキムラはすぐさま店主に代金を払った。

「あいよー」

「どうも。――さあ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 赤い果物の飴菓子を受け取り一口齧ると、飴のパリッとした食感の後に果汁がじゅわりと口内に流れ込んできた。

「んー!美味しい〜!」

 飴の甘さと果物の酸味が良く合っていて手が止まらない。

「気に入ったみたいで良かったよ。――リヒト、ちょっとこっちへおいで」

「あ――はい!」

 ユキムラに呼び戻され、リヒトが戻ってくる。

「はいこれ。果物を薄い飴で包んだお菓子だよ」

 ユキムラはもう一本の飴菓子をリヒトに手渡した。

 串には黄色い果物が刺さっている。

「ありがとうございま――わあ、美味しそう!…ユキムラ先輩は食べないんですか?」

 スピカと同様に目を輝かせたが、ユキムラの手元に飴菓子が残っていないことに気付き、リヒトはその手を止めた。

「ん?ああ、私のことは気にしないで食べて」

「そんな、悪いですよ。ユキムラさんも食べてください、はい、あーん」

 リヒトは受け取った飴菓子をユキムラが食べやすいよう口元に持っていった。

 その行動が意外だったのかユキムラは一瞬目を丸くしたが、素直にそれを受け入れることにした。

「おっと。それじゃあお言葉に甘えて――うん、美味しい」

 にこりと微笑むユキムラを見て、リヒトもようやく飴菓子を口に運んだ。

「えへへ…甘酸っぱくて美味しいなぁ!」

「他にも何か食べたいものがあったら教えてね」

「あ、じゃあさっき向こうで見つけた鶏肉のサンドイッチが食べたいです!」

「いいね、それもいこうか。スピカもおいで」

「はい。あの…ユキムラ先輩、星霊祭って今日と明日の二日間開催されるんでしたよね?」

「うん。そうだよ」

 このことは当然学校から説明されている。成績優秀なスピカが分かりきったことを今更になって訊ねてきたことに、ユキムラは不思議に思った。

「そ、そしたら屋台も明日まで出てますか?」

 そう訊ねたのはリヒトだった。

「例年通りなら二日間出ているよ。年内最後の稼ぎ時だからね」

「じゃあ…!」

 リヒトとスピカは顔を見合わせた。

 どうやら二人の考えていることは一緒らしい。

「ああ——そういうことか」

 察しのついたユキムラはそれ以上言わなかった。

(友達思いのいい子たちだ)


 時は少し遡り、星降りの舞いが佳境を迎える頃――ポラールシュテルン寮の一室で退屈そうな少年が二人、窓の外を眺めていた。

「暇だ……」と、もう何度目かも分からない呟きはアキラのものだ。

「退屈だね」

 本のページを捲りながらそう言ったのはフォス。内容が頭に入らないのか、ページを捲っては戻しを繰り返している。やがてそれにも飽きたのか、フォスはぱたんと本を閉じた。

「まさか校則を破った罰が謹慎とはね……いや、どちらかというと、星霊祭に参加出来ないとはね…」

「校則を破った俺たちが悪いとはいえ、こんな日に部屋から出られないのはきついな」

 アキラが苦笑すると、フォスは眉を下げた。

「入学して初めての星霊祭だったのに……ごめんよ、アキラ」

「なんでフォスが謝るんだよ」

「だって、僕が巻き込んだようなものだし……元々、占星術の特訓に付き合ってもらった時に僕がアキラに向けて雷を撃っちゃったせいだから」

 二人の特訓は上手くいったが、騒ぎを聞き付けたアンライト達に見つかり、四日間の謹慎処分を受けていた。

「結果的にフォスが雷のエーテルも使えるようになったんだからいいじゃん。むしろ俺が煽ったのが良くなかったし、俺もごめんな」

「スピカ達はああやって言ってくることはないし、新鮮だったよ」

 フォスの成長に一役買ったとはいえ、心にもないことを言ってフォスを傷付けたことは蟠りとして残っていた。フォスは気にしていない様子ではあったが、改めて詫びを口にしたことでアキラもようやく胸のつかえが取れた気がした。

「それに、謹慎も今日までだしね」

「もうすぐ日も暮れるし、リヒト達は星降りの舞いを踊ってる頃だな」

「練習の成果が出てるといいね」

「そうだな」

 アキラはまた窓の方に目をやった。

 その仕草と黒髪のせいで、フォスはなんだか黒猫のようだなと思った。それがなんだか笑えてきて仕方がない。

 アキラに気付かれる前にフォスが立ち上がる。

「お腹空いたし、食堂に行こうか。今日は休業日だから、適当になにか持ってきて部屋で食べちゃおうよ」

「フォスって真面目そうに見えて案外イイ性格だよな。ってことで賛成」

 アキラもいたずらっぽく口角を上げてフォスに続く。

「融通が利く、もしくは臨機応変、または柔軟と言って欲しいかな」

「はいはい。せっかくの祭にブロート齧るってのも味気ないし、簡単なので良かったら俺が何か作るよ」

「本当?じゃあシェフ・アキラの腕に期待してるよ」

「ばか、簡単なのって言ったろ」

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