第6話
これから新入生は学生寮に案内されるらしいが、「その前に自己紹介」と銀髪の男は言った。
「私はアンライト。見ての通り、ここの教師です。みんなよろしく。じゃあ早速、部屋割り発表するよー」
銀髪の男―アンライトはローブから取り出した
「―えーっと、最後……リヒトくんとスピカくんは207号室。以上」
「ええ、あんたと一緒なの?」
「あはは、ボクは嬉しいけどね。……寮でもよろしくね」
リヒトがもう一度手を差し出すと、スピカはふいっと顔を背けたが、手を握り返してくれた。―耳が赤い。
「……よろしく」
「じゃあ寮はこっちね」
「はーい」
何十人もの集団がぞろぞろと中庭から移動していく。スピカはたまたま傍にいたが、フォスの姿が見えない。リヒトは歩きながら周りを確認した。
「―ちょっと、今度はよそ見?」
ふらふらと歩くリヒトをスピカが叱る。
「ごめん、フォスを探してて」
「フォス?なんでよ」
「……いや、やっぱりスピカはフォスと一緒がいいのかと思った、から……」
知り合ったばかりの自分よりはフォスが傍にいた方が気が楽だろうとリヒトはスピカを気遣ったつもりなのだが、スピカは不満そうだった。
「……スピカ?」
「あんたとあたしは今日から同部屋になるってのに、今からそんなよそよそしい態度を取るだなんて、いい度胸ね」
「ええ?そ、そんなに怒らなくても」
言い訳の余地もなくスピカは続ける。
「まるであたしが、フォスがいないと駄目な奴みたいじゃない」
彼女の父親が言った通り、気難しい性格だとリヒトは思った。
「そ、そんなこと思ってないよ」
「……ったのに」
「―え?」
周りの生徒達のざわめきとスピカの声が小さいせいで、何と言ったのか上手く聞き取れなかった。
「せっかく、同性の友達が出来たと思ったのに……!」
そう繰り返して、スピカは頬を膨らませた。その反応で漸くリヒトは察しが付いた。
「―ごめんね、スピカ。ボクが気を遣いすぎちゃったね。今日知り合ったばっかりのボクだけじゃ話しづらいかと思ったんだ」
そう言うとスピカは、はっとしてリヒトの服の裾を掴んだ。
「ん……あたしも、ごめん。こういうとこ、直さなきゃって、思ってて……なのに……」
横顔から見える瞳が揺れていた。
それを見て、ついうっかりリヒトは呟いてしまった。
「スピカって、可愛いね」
「なッ……!?もおぉ……っ」
ピンク色のツインテールで顔を隠し、呻きながらスピカが歩く。表情がころころと変わってなんだか愉快だ。
「ふふ……」
列の動きが止まった。それに合わせて二人も足を止めると、アンライトが建物を背にして言った。
「はい、ここがこれから皆さんが寝起きするポラールシュテルン寮です」
そう言って、アンライトは寮の管理人と何やら話し始めた。
ただ待っているのも退屈だと思い、学生寮に目を向けた。オレンジ掛かった煉瓦造りのそれは敷地に見合って大きく、非常に立派な建物だった。
四階建てで、日当たりも良さそうだ。早く中も見たいところだ。
「スピカほら見て。外観、綺麗だね」
「……うん。あ!ねえあそこ、ステンドグラスがはめ込まれてる」
どうやらスピカの機嫌も直ったようだ。指差した先を見ると、赤黄緑―カラフルに彩られた窓があった。
「本当だ。何の部屋だろう。後で一緒に見に行こうよ」
「フォスも呼んでね」
「もちろん」
「お待たせー。じゃあみんなもう待ちきれないと思うので、各自部屋に入って荷物の確認をしてきてください。あと、制服も用意してあるので確認が終わったら制服に着替えて寮の前にまた集合するように」
アンライトの言葉を合図に新入生達は一斉に寮の中へ駆け込んでいった。一度にこんな人数が入ったら、いくら丈夫に出来ているとはいえ床の一つくらいは抜けそうだ。
リヒトとスピカも人並みに流される様に中へ入る。その最中にフォスを見つけ、リヒトは彼に向かって呼び掛けた。
「フォス!また後でね!」
「リヒト、スピカ―うん!」
リヒト達に気付いたフォスも手を上げて応えてくれた。改めて自分達の部屋へ向かう。
「スピカ、ボク達の部屋って何号室だっけ?」
「もう、207号室でしょ」
「そうだったね、じゃああっちの階段から行こっか」
207号室の扉を開けると、艶のある学習机が二つと、両側の壁に沿ってベッドがまた二つ置いてあった。
あとは小さなクローゼットがあるくらいで、部屋自体もそれほど広くはない。―とはいえ、スピカはともかくリヒトがギーゼラと暮らしていた時の自室もこれくらいの広さだったので、特に気にする程では無かった。
「うわ、ここが部屋?狭すぎない?」
「そうかな、ボクには充分だけど」
「だってあのユース学園よ。―まあ、あたしの実家もこんなもんだったし、慣れてるけど」
スピカもリヒト程ではないにしろ、裕福な家庭ではなかったようだ。
奥へ進み部屋を見渡すと、壁際に備えられたベッドの前に鞄が置かれていることに気付いた。片方はリヒトのもので間違いない。
もう一方に積まれた三つか四つの鞄は全てスピカのものだろうか。
「スピカ、ベッドの脇に荷物があるよ」
「ん。……ってリヒト、あんた荷物それだけ?」
スピカがリヒトの鞄を指し、驚愕の表情を浮かべていた。
「え?うん、そうだけど……」
「鞄一つ分って、逆に何入れてる訳?」
「教科書も制服も支給して貰えるって聞いてたから、要る物殆どないなぁと思って着替え位しか持ってきてないや」
校内では制服を着て生活するのだからその私服すらも殆ど不要なのだ。ギーゼラからはせめて可愛い服を持っていくよう念押しされたが。
「……へぇ……」
「あ、ちょっと引いてるでしょ。ボク、色々あってあんまり私物がないんだよね」
「色々って?」
―しまった。リヒトが言葉に詰まる。
「……まあ、その内話すよ」
身の上話をするのは流石にまだ早いだろう。せっかく出来た友達にはまだ聞かせたくなかった。秘密を作ったことでまたスピカが拗ねるだろうかと表情を窺うと、彼女は何かを察した様に大人しく引き下がった。
「―そう。分かった」
「ごめんね。そういえばさ、スピカとフォスってどういう関係?」
話を逸らすようにそう訊ね、クローゼットを開ける。中にはセーラー襟のブラウスが掛けられていた。黒のショートパンツもある。
見る限り、これが制服のようだ。
「幼なじみよ。家が隣なの」
「へえ、いいね、そういうの」
「別に。あたしみたいなのに構う奴がフォス位しかいなかったから自然と仲良くなっただけよ」
着ている服を脱ぎ、制服に袖を通す。何だか不思議な肌触りだった。
「……なんか、この制服変な感じしない?」
「―ああ、確かに。さらさらしてて軽いのに、やたら頑丈そうっていうか」
同じように制服に身を包んだスピカが、袖の上から腕を擦りながら言う。
「でも、着心地は悪くないわね」
「占星術士の学校だし、何か特殊な素材でできているのかもね」
サスペンダーに肩を通し、スカーフを結んだ。姿見に映った自分は何だか別人のようだった。横からスピカが映り込む。
「似合ってるじゃない」
「スピカもね」
まだスピカと話していたいが、そろそろ表に集合しなければならないだろう。廊下をぱたぱたと駆ける足音も聞こえる。
「そろそろ行こうか」
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