第7話

 二人が寮の前に出てくると、当然だが皆制服に着替えており、より一層ユース学園の生徒になったことを実感した。

 男子生徒達は詰襟を着ていて、リヒト同様まだあどけなさの残る顔立ちで仲間たちとふざけ合っていた。

 そこから少し離れたところに、書物を片手に佇んでいるフォスを見つけた。それに気付いたスピカが嬉しそうに駆け寄る。

「フォス!」

「スピカ、制服似合ってるね。リヒト、スピカの相手は大変じゃなかった?」

 飛び込む様な勢いでやってきたスピカを受け止めながらフォスが言った。

 そう言われ、先刻のぐずっていたスピカを思い出す。

 思わず笑いが込み上げてきた。

「……ふふ、全然!」

「あ、今の間―実はちょっと大変だったって思ったでしょ!」

「いやいや、スピカの可愛い一面が見られてボクは満足してるよ」

 笑いを噛み殺しながらそう言うと、スピカは頬を膨らませて怒った。

「満足って何よ、満足って!」

 顔を真っ赤にして抗議するスピカを宥めていると、アンライトがやってきた。

「みんな集まったかな?」

 アンライトの声に皆が静まる。

「じゃあこれから改めて校内見学に行きます。先輩達は授業中なので、騒がしくして邪魔をしないように」

「はい」

 中庭から寮にやってきた時のように、新入生達がまたぞろぞろと歩き出す。

 長く伸びる校舎は秋の日差しを浴びてきらきらと輝いていた。

 眩しさに思わず目を細める。

「ここが校舎です。中にこれから君達が授業を受ける場所―つまり教室があります」

 全体的に白っぽい校舎を見上げると、最上階に大きなドーム状になっている場所がある。あれはなんだろうか、とリヒトが指をさし訊ねる。

「アンライト先生、あの丸いのはなんですか?」

「よくぞ聞いてくれたね。あそこは我が校が誇る最新型天体望遠鏡が置かれている、観測室だ」

「天体観測が出来るんですか?」

「勿論。でも、それだけじゃないよ」

「他にも何か出来るんですか?」

「うん。まあでも……それは後のお楽しみってことで」

 あそこでは一体何が行われるのだろう。そう思いじっとドーム型の屋根を見つめていると―一瞬、窓の中が光ったように見えた。

 目を凝らし、もう一度見るが先程のように光る様子はない。

「……ん?あれ……?」

「どうしたの、リヒト」

「いや―なんか、今あの中光らなかった?」

「ううん。太陽の反射じゃない?目に悪いから気を付けなさいよ」

 スピカは光を見ていないようだった。それどころか心配までされている。

「そうかな?気を付けるよ……」

「じゃあ、次の場所に行くよ」


「あー、疲れたぁ……」

 入浴を終えてベッドに体を投げ出すスピカに、グラスに注いだ水を手渡した。

 それを受け取ったスピカが中の水をこくこくと飲み干す。

「―ありがと」

「今日はボクもちょっと疲れちゃった」

 あの後もアンライトに先導され、校内を一通り見て回った。校舎だけでも充分広いおかげで、リヒトもスピカもすっかりくたくたになっていた。

 濡れた髪をタオルで拭きながら、リヒトも自分のベッドに腰掛ける。

「お風呂もすごく広かったしね」

「ね。まるで池みたいだったわ」

「そう言われると何だかなぁ……」

 とはいえ、スピカが池と形容する程にはここの浴場は広々としていた。建物を支える柱も、床も、壁も、これまでの暮らしとは何もかもがまるで違う。

 同じなのはこの部屋の広さくらいだ。何だか突然心細くなったが、学園にはスピカやフォスがいる。

 ―そう。心配する事はないのだ。

「でも、本番は明日からよね」

「そうだね、いよいよ授業も始まるし。―あ、灯り消すよ」

 スピカがうん、言ったのを確認し、灯りを消す。ベッドに入りスピカの方を向くと、ピンク色の瞳とかち合った。スピカがいたずらっぽく微笑む。

「楽しみで仕方ないって顔ね。さっきまで疲れた顔してたのに」

 細められた双眸に少しドキリとした。昼間に見たスピカは確かに年相応の少女だったが、月明かりの下の彼女はどこか大人びていて、まるでおとぎ話の登場人物のように現実味がなかった。

「え、本当に?でもまあ、占星術師になるのは今のボクの夢だからね」

「夢―か……」

「スピカは?……何か、ふわぁ―夢ってある……?」

「今のところはリヒトと同じかな。ま、これから頑張りましょ。お互いにね」

 スピカが毛布を被ると、リヒトは既に微睡んでいた。

「うん……一緒に……がんばろ……」

「……おやすみ、リヒト……」


 翌朝、二人は鐘の音で目を覚ました。起床時間を知らせる鐘だ。だが、夢現のリヒトは自分が今いる場所と鳴り響く音がなかなか結びつかない。

 毛布に包まったまま、意味を為さないうめき声を漏らす。

「―ん……んー……っていけない!スピカ、起きて。朝だよ」

 漸く頭が覚醒したのか、リヒトはむくりと体を起こした。反対側のベッドで丸くなっているスピカに駆け寄り、揺すってやる。

「んんん……まだ寝かせてぇ……」

 そうしてやりたいのは山々だったが、友達を授業初日から遅刻させるわけにはいかない。リヒトは心を鬼にして、部屋のカーテンに手を掛けた。

 シャッと小気味いい音を立ててカーテンが開かれる。すると、スピカのうめき声が猫のような悲鳴に変わった。

「にゃああああ!眩しいっ!」

「ほら、早くベッド出て着替えて」

「うう……分かったわよぉ」

 スピカはそう言ってベッドから這い出た。ひどい寝ぐせだった。

 改めて言及するまでもないが、スピカは朝に弱いようだ。今も緩慢な動作で制服に着替えている。一方でリヒトはギーゼラの店の手伝いをしていた経験から、一度起きてしまえば後はてきぱきと動ける体になっていた。

 一足先に着替えを済ませたリヒトは、タイツが足に引っ掛かり上手く履けないスピカを見ながら、密かにギーゼラに感謝した。

「じゃあ、ボク先に顔洗ってくるからね。スピカも遅れないようにね」

「はぁい……」

 部屋を出て右手に進む。向かった先は洗面所だ。部屋から持ってきた石鹸を泡立て、手早く顔を洗う。その後歯ブラシで丹念に歯を磨く。

 そして、ギーゼラから貰ったリボンで髪を束ねる。ここまでがリヒトの朝のルーティンだ。

 ―スピカは大丈夫だろうか。

 もう生徒たちは食堂に集まりだしている。リヒトはもう一度部屋に戻ろうとしたが、同じタイミングで部屋のドアが開いた。

「あ、やっと来た。もうあと15分で朝食の時間だよ」

 そう言うと、スピカがはっとリヒトの方を向いた。

「―やばい。リヒト、髪手伝って!」

「え、髪?」

「リヒトも普段結んでるんだからあたしのも出来るでしょ!お願い!」

 確かにツインテールくらいなら出来るが、あちこちに跳ねた彼女の髪を落ち着かせるのは骨が折れそうだ。だが、このままにして恥をかかせるのも可哀想だ。

「しょうがないなぁ……明日は早く起きてね?」

「わ、わかってるから」

 朝から一仕事をこなす羽目になった。

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