北7・嵐の前のティータイム

 黒月が意識を取り戻し目を覚ますと、日はずいぶんと高く昇っているようで、肌に感じる空気もだいぶ温まっていた。時計を確認すると、もう14時を少し過ぎたところだった。7、8時間も眠りこけていたらしい。黒月はベッドから起き上がってうんと伸びをする。


 丸3日以上の徹夜(決して会議中に居眠りなどしなかった……ということにしておこう)であったが、この仮眠のおかげで眠気がだいぶ抜けた。洗面所の冷たい水で顔を洗ってバッチリ目を覚ますと、枕元に置いた軍帽を寝ぐせの上から被り、休憩室から出る。


 「うーん。しばらく缶詰になってたからなぁ。少し散歩でもするか。」


 黒月はそう呟くと、中庭に向かう。


 中庭に出ると、中庭の端にある武器整備倉庫から人が出てくる影が見える。女性用の軍服に身を包み、小柄な身の丈に合わない銃を背負ってこちらに向かってスタスタと歩いてくるその女性は、この北方が誇る最高の隠密飛行部隊・四一二大隊の大隊長、セリア・ミラレット一段だ。


 「おーい。ミラレットさん!こんにちは!」


 黒月が手を振りながらミラレットに声をかける。こちらに向かって歩いてきていたミラレットは、すぐに数十メートル先にいる黒月の存在に気付く。ミラレットは声は出さないものの、手を振り返しながら、こちらに小走りで寄ってきてくれる。


 「黒月君、こんにちは!お久しぶりです。今回の攻勢の作戦立案、大変だったと総司令官からお伺いしました。お疲れ様です!」


 年の関係からか、ミラレットには『黒月君』と呼ばれている。お互いに一段という階位ということもあってか、北方に来て以来、ミケ爺に続いて仲の良い、気軽に話せる数少ない同僚だ。


 「ああ、ありがとう。僕の方こそ、前回の四〇三大隊救出作戦のときは本当にお世話になりました。それにしても、ミラレットさんはいつもいつも元気ですね。」


 飛行隊のエースと言っても、まだまだ20代のミラレットは、いつもエナジー全開だ。まあ、黒月はミラレットよりも7つほど年下なのだが、黒月はどうもミラレットのような活気は出せない人間だ。


 「逆逆!黒月君がローテンションなの。あ、そういえば、今回の攻勢、作戦の詳細も聞いたんですが、もうちょっと詳しく聞かせてもらえません?ちょっと経験したことがないことが多くて……お時間あります?」


 「はい、ありますよ!じゃあ、参謀長室に行きましょう。紅茶でも飲みながら、詳しくお話しましょうか。」


 思えば、こうしてじっくりとミラレットと話すのは初めてかもしれない。なんと言っても四一二大隊は言わゆる『精鋭』なので、いつも出撃命令が絶えないのだ。今は全面攻勢直前とあってか、戦線には必要最低限の人員しか配備していない。


 ミラレットを参謀課室、つまりは黒月の司令部における自室に通すと、ポットで湯を沸かす。ミラレットに砂糖とミルクについて聞いておいた後、手際よくふたり分の紅茶を淹れる準備をする。純白のティーカップを透き通る赤朽葉色の紅茶で満たすと、片方はミラレットの前の机の上に差し出す。


 「さ、どうぞ。お砂糖はいらないんでしたよね。」


 「ありがとうございます!うーん!いい香りの紅茶!」


 良かった。ミラレットは紅茶を楽しんでくれているようだ。どうも、軍人に限らず、大人というのもは皆コーヒーの方を好むようだが、生粋の紅茶男の黒月にはコーヒーは理解しがたい飲料だ。


 「で、ミラレットさん、お聞きしたいと言っていた詳細というのは?」


 黒月が、ミラレットの座っている席と、机を挟んで向い合せの席に座る。もちろん、砂糖入れすぎの紅茶を楽しみながら。


 「ああ、そうでした。作戦は全部で4段階あって、そのうち第1段階と第4段階はまあ理解できるんですが、どうも第2と3があまり慣れないものでして……。」


 「ああ、2と3か。でも、2の方はただ単に右翼戦線から隠密に左翼に移動するだけでしょ。そこはミラレットさんの大隊の十八番でしょうに。」


 「まあ、そういえばそうなんですけどもね。でも、第3段階の人を運ぶというのは基本あまりしないですよ。被傷者を後衛に運んだり、多少の物資運搬はしますけど、2個大隊を運ぶなんて、そんなことまずしません。何より、飛ぶところが『そこ』なんですよね……。」


 「いやそんなこと言わないでくださいミラレットさん。この作戦は四一二大隊と四一〇大隊にかかってるんですから。この作戦の鍵を握るのは、如何に敵に知られず風穴を開け、そして敵の後方を取るかです。風穴の方は『力の祝福者』に任せるとして、敵の背後を取れるかどうかは飛行部隊次第なんですからね。」


 ミラレットが、ムスっと頬を膨らませる。歳の割には言動が幼い部分がある。


 「いや~それはそうですけどねぇー。はい……。そんなことは最初から分かってましたとも。」


 「いやじゃあなんで質問とか言ったんですか。最初から愚痴言いたいだけだったんですか?ともかく、頼みましたよ。」


 本音を言えば、愚痴を言われようとなんだろうと、ミラレットとこうしてアフタヌーンティーを共にできただけでも黒月にとっては十分である。普段は、煙草臭いおっさんどもに囲まれているので、希少な息抜きの時間だ。


 「はいはい、任されましたよ。紅茶、ごちそうさまでした。それでは。」


 ミラレットが席を立つ。恐らく、ミラレットも軽く話したかっただけなのだろう。そもそも、あれほどに優秀な彼女が、作戦を聞いて『分からない部分がある』などと言うはずがないから。


 部屋にひとり残された黒月は、座ったままもう一口紅茶を喉に通す。鼻から息を抜き、その香りを十分に楽しむ。


 「この作戦が上手くいったら、中央本部に行けるかなぁ。いや、何よりもこの戦いでの勝利は『非祝福者』地位向上の一歩だからな。頑張らんといかんな。」






 そして、ジーグン暦1027年11月6日、全面攻勢実行当日の朝を迎える。

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