第5話 転売ヤー拓留爆誕……か?

 実家で過ごした翌日の事。その日は朝も早くに出発し、地元から少し離れたマリーナに来ていた。


 前日、津久留島の契約を交わした不動産会社の社長が『船は持っているのか』と聞くので、『これから買う』と答えたら良い船が有るよって、このマリーナを紹介してくれた。

 ついでに昨日のうちに、連絡もしてくれていたので話がサクサク進み、今から係留してある船を見に行くところだ。


「でぇけぇー」

それが紹介された船を見た第一印象だ。先端から、細長く流線型に形成されている船体。それでいて洗練されているデザイン、これは外国製だな。


「随分とおっきい船ですね。45フィート、いや50フィートはありますか?」

俺の隣に立っている、海の男らしく日に焼けた肌に精悍な顔立ちのマリーナの職員に尋ねてみる。


「ええ、52フィート(約20メートル)あります。船体はイタリア製で、エンジンはボルボのディーゼルになります。カタログデーターでは、最大船速は32ノットですね。まぁ、整備はきちんとしてますが、作られてから10年以上経っていますので30ノット出るかどうかでしょう」

マリーナ職員は、非常にハキハキと、かつ丁寧に答えてくれる。


 船速については、瀬戸内は島が多いから30ノット出れば十分過ぎるでしょう。10年以上経っても流石は、ボルボエンジン。



 俺は、車やエンジンは、カメラを作れる国の物しか信用していない。つまりは、日本・ドイツ・スウェーデンの三国だ。



 第二次世界大戦中の事。ドイツからカメラが輸入されなくなったカナダ・アメリカ・イギリス・フランスは、自国でカメラの生産を始めた。ついでに何故かイタリアも。

 戦場で記録写真を撮っていたカメラマン達の証言が残っているが、カナダ・アメリカ・イギリス製は、時々写らない。

 フランス・イタリア製は、時々しか写らなかったそうだ。いかにドイツのカメラが優れていたかを語るエピソードである。

 という事で俺は、車やエンジンなどについては、精密機械のカメラを作れる国の物しか信じることが出来ない。


 

そう考えるとこの船は、値段次第ではあるが良いものであるかもしれない。ただ、デカ過ぎる。



「どうですか、良いクルーザーでしょう」


「いゃー、良い事は良いんですが、デカいですよね。私は、20フィート未満のプレジャーボートを探してまして、クルーザータイプのプレジャーボートは手に余るんですが」

そう答える俺の言葉を聞いたマリーナの職員は、しおしおしおと効果音が聞こえそうなぐらいに項垂れていった。いや、セールスが上手くいかなかったからって落ち込み過ぎだよ。



「と、取り敢えず、中だけでも見てみませんか」


「はぁ」

買う気が無かったので断ろうと思ったが、マリーナの職員を見ていると可哀想になってきたので、少しだけクルーザーの中を拝見することにした。



 クルーザーの中は、高級感に満ち溢れ、まさにザ・金持ち感満載だ。ソファーやシートは革張りだし、ベッドルームにキッチン・シャワールームまで装備されていた。このクルーザーなら外洋に出れるね。俺は予定無いけど。


 クルーザーを一通り見終わったので、マリーナの事務所に戻ると職員があのクルーザーの事情を話し始めた。実は、困窮している話だと同情しそうだから、聞きたくなかったんだけどね。



 あのクルーザーのオーナーは、県内では有名な会社の社長だった。あの大きさのクルーザーを係留出来るマリーナがなかなか無いと言って、このマリーナに契約に来たそうだ。

 どのマリーナでも、数席なら大型クルーザーでも係留出来るようになっているはずだがとマリーナ職員は思ったそうだが、使い勝手が悪かったとの言葉を信じたらしい。

 しかし、オーナーはマリーナの使用料を一度も支払うことなく滞納し、遂には先月に会社が倒産。本人も自己破産に至ったそうだ。

 今にして思えばこのマリーナは交通の便が悪く、他のマリーナよりも使用料が安い。それが理由で、移ってきたのではないかと思っているらしい。


 折角預かったクルーザーなので、しっかりとメンテナンスを行いきちんと管理してきたが、オーナーは初日に来店して以来訪れなかったらしい。そして、あのクルーザーは管財人に差し押さえられたとの事。



 かくして債権者の一人となったマリーナではあるが、クルーザーの管理を管財人から任され、債権とは関係なく別途管理費を払われるようになったのだが、随分と値切られてしまったそうだ。なので、一日も早くあのクルーザーが売れてほしいとの事。

 

 うーん。やっぱ、話を聞いて同情してしまった。でも、あのサイズのクルーザーなんて俺一人が乗るのにデカす過ぎる、いらねぇー。

 でもなぁー、あんなに豪華なクルーザーじゃ買い手を選ぶよな。ましてやコロナ不況の昨今。ああ、だから俺が紹介されたのか。

 多分俺は、東京で一山当てた成金と思われているんだろうな。当てたのは、事実だけど。



「因みに、あのクルーザーはお幾らですか?」

取り敢えず値段を聞こう、あのクルーザーなら新品で二億円するかしないぐらい。中古で一億三千万円前後だろう。多少、安くしても一億円前後だろう。

 値段を聞いて、予算オーバーと言って断ろう。



「あのレベルのクルーザーですと、中古でも一億二千万円はします。しかし、今回は先程話しました特別な事情がある事と管財人の意向により、大幅値下げをして四千万円となります」


「買ったー!!」

値段を聞いて思わず叫んじゃったよ。でも、本当にお買い得だよ。相場の三分の一で買えるなんて。

 もし手に余るようなら、数年維持してる間に、ゆっくりと買い手を探して転売すれば良い。それだけでも十分利益が出る。転売ヤー拓留ここに爆誕!!



「本当ですか!! では、管財人に連絡をしますので少々お待ちください」



 俺の気が変わらない内に手続きを進めたいのか、数人いたマリーナ職員が一斉に働き出した。

 管財人に電話をかける者、書類を作成する者、俺にお茶のお替りを出す者。とにかく急にマリーナは、慌ただしく活気に満ちていった。



 さて、その後の事だが、管財人の弁護士事務所に赴き売買契約と爆安値段の理由を聞くだけで、あっさりと手続きが終わった。クルーザーの登録手数料は、別途管財人をしている弁護士に支払ったが、全て手続きをしてくれたので楽で良かった。



 因みに爆安の理由だが、先ずは一億円スタートで競売に出したらしいが売れず。六千万円まで値下げして再競売に出したが売れず。

 しかして、四千万円まで値下げしたが、俺以外に買い手が現れなかったそうだ。



『みんなコロナ不況が悪いんですよ』そう力無く笑う管財人の姿を、俺は一生忘れないだろう。

 何故なら、幸運が齎した偶然とはいえ、他人の不幸が俺のスローライフを充実させてくれているのだから。


 そんなこんなで俺は、島と船を手に入れ、友人達と別れの挨拶を交わし、東京の生活を整理して津久留島に移り住んだ。

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