第3話 その日から読む本

 遠くの星々が瞬く夜、俺は新東名を愛車のスバル・レボォーグを走らせていた。未だ宵の口なので、厚木辺りは帰宅を急ぐ車も多く流れが良いと言えない。


 中国地方の小さな街である地元までは、順調に走っても8時間ぐらいかかる。休憩を入れれば、9時間から10時間はかかる。


 俺の地元は、地方都市にありがちだが公共交通が限られていて、車が無いと何をするにも不便なので一人一台が常識な街だ。

 だから、車で実家に帰省することが多い。でないと、スーパーに買い物にいくにも30分は歩くことになる。


 何度も走った道だ、焦らずにゆっくり行こう。これから購入を考えている無人島を下見に行くのだから、事故などしたら大変だ。



 当選を確認したあの日、印鑑と免許証、購入券を握りしめ、最寄りのみずほ銀行へ突撃した。

 高額当選に舞い上がって、やや挙動不審な俺を見ても警察に通報する事無く、懇切丁寧に対応して下さった行員の方々に感謝感激だ。


 更には、『その日から読む本 突然の幸福に戸惑わないために』なんて小冊子までくれた。勿論、隅から隅まで熟読し、三部構成となっている内容を心に刻んだぜ。


 特に『誰に話すか』の項は、とても参考になった。

 もし『その日から読む本』を読んでいなければ、歌舞伎町辺りの未成年立ち入り禁止のお店で、偽JK相手に自慢げに語り、チップと称して大金をばら撒いていたことだろう。そして、バッドエンドへまっしぐら。

 うん、ぜってぇ~バットエンドだな。この予想には、かなり自信ある。自分の事だけに。


 さぁ~て皆様、気になる当選合計金額なのですが、ジャカジャカジャン。な、な、なんと過去最大47億円でしたー。わーパチパチ。

 そして、当選金は元々持っていたみずほ銀行の普通口座に入金して貰い、通帳の中ではあるが大勢の栄一さんに居住してもらう事となった。

 



 という訳で、あぶく銭を手に入れた俺は早速ネットで売りに出ている無人島を探し始めた。すると瀬戸内には大小様々な島が多いからか、かなりの数が売りに出ていた。金額も二千万円から一億円と、想像していた金額の半分以下ぐらい安い。


 その中で地元から近く、船を泊めるマリーナからも近い島を幾つかピックアップした。

 そして、島を管理している不動産会社が地元の業者だったので、すぐさま連絡を取り根掘り葉掘り聞き出したのだった。



 俺が第一候補としている島は、昭和60年代、所謂バブル景気の真っ只中まで数世帯の家族が住んで、漁業を細々と営んでいたらしい。

 そこへ関西の不動産会社が、豪華別荘を中心としたリゾート開発を名目に買収をしたそうだ。

 島の住人達は、高値で買ってくれる関西の不動産会社にニコニコで応じ、スムーズに取引が終わったとの事。


 島を手に入れた関西の不動産会社は、早速に島の開発に乗り出し、それまで在った小さな船着き場を立派な港湾施設に作り替えたり、土地を整地して広告替わりになる別荘を一軒建てたり、港から別荘地に至る周辺の整備したりしたそうだ。


 だが、スムーズだったのはそこまで。西暦1991年に所謂バブル景気が吹き飛び開発が止まった。

 しかし、作ってしまった物は使わなければ勿体無いとの事で、関西の不動産会社の会長一家の別荘として使用して、近年まで頑張って維持されていたらしい。

 だがしかし、コロナ不況の荒波に揉まれまくった関西の不動産会社は、業績が悪化を辿る一方でピサの斜塔以上に会社が傾いてしまったらしく、ついには島を売り出す事となったそうだ。


 実際に別荘として使用されていたので、水道、電気、インターネット光回線は通じており、ガスはプロパンだがある。下水は地中に処理装置があり、有機分解処理を済ませた後、海中へ放出されるとのこと。


 以上の事が、俺が島を管理している不動産会社から根掘り葉掘り聞き出した事柄だ。



 これ、かなり良いじゃねぇ。インフラは整っているし、時間が経っているとはいえリゾートとして開発されていたのだから、みすぼらしいって事はないだろうしな。

 

 ただし、とっても気になる事柄が一点。それは価格のことである。島と建物などなどをまるっと含めて五千万円なり。

 安い、とても安い、いや安すぎる。何か、地雷でも埋まっているのではないか思うぐらい安い。周辺の島々の相場の約半分ぐらいの値段だし、本来なら一億円以上してもおかしくない物件だ。


 この点を島を管理している不動産会社に尋ねたが『電話では、ちょっと……』と回答しか帰ってこなかった。

 ならば実際に見に行くしかないでしょう。今の俺の財産なら、五千万円も一億円も大差ない。それよりも、ここまで良さそうな物件を逃す方が惜しい。



 島を管理している不動産会社に内覧の希望を伝えると、二点ばかしの事を要求をされた。

 先ずは、水上タクシーを一日チャーターするので費用として3万円かかる事。これは判る。しかし次の要求、六千万以上残高の有る預金通帳のコピーか写真をメールに添付して送って欲しいとの事は不可解だ。

 

「何故に?」

と尋ねると、無人島の売買は基本的に現金一括払いでおこなうとの事。

 なので島の価格五千万と不動産会社の手続き手数料10%、それにリホームなど雑多な出費を合わせても六千万円ぐらいになるとの事で、それだけの現ナマを持っているか確認したいとの事。



 オッケェ~と快く了承し、直ちに47億円の残高のある普通預金の通帳をスマホで撮影してメールで送る。ふふ、きっと今頃は腰を抜かしていやがるだろうなと含み笑いをしていました。


 結果、腰を抜かしはしなかったみたいですが、掌は返されました。最初の対応は、『どうせ、冷やかしなんだろう』との思いが電話でもヒシヒシ伝わってきましたが、今では最上級の電話対応をしていただいております。

 それで、あれよあれよという間に島の内覧に向かう予定を決定することになった。そして、話は冒頭に戻る。



 徒然と僅かな間に起きた事を思い出していた俺は、現在静岡県に入り時速120kmで高速道路を疾走していた。120km区間に入っても思ったより車が多く、ずっとこのペースで集団が走っている。


 俺のレボォーグは、2019年製の初代の最終型。ライトチューンしてあるので出力350psはあるので、もっとアクセルを踏み込めるが、今回の帰省は何時になく慎重に走行している。

 前後に車に挟まれて、ストレスが溜まりやすいが仕方の無い事と諦めよう。



 2019年に二代目レボォーグが発表され、その諸元表を見た俺は、当時乗っていたBP系レガシーツーリングワゴンでスバルの販売店に飛び込み、


「現行のレボォーグを売ってください」

と叫んでいた。


「あのぉ、もう少しすると新型が販売されるんですが、そちらの方が良くないですか?」


「新型の事は、知っています。諸元表を見たから、初代を買いに来たんです」

 スバルの社員の方は少し嫌そうな顔をしたが、それでも新型のセールスを続けた。


「新型は、色々と良くなっていますし、購入時の特典もついてお得ですよ」


「トルクが落ちてもいいので、あと100馬力アップしてくれたら買います。僕は、スバルらしい力強いエンジンが好きなんです」

 スバルの社員の方は、無言で粛々と手続きをしてくれた。我が事ながら、本当に嫌な客である。


 そんなこんなで俺が購入したお気に入りのレボォーグは、これから向かう島に潜む存在から、俺の知らぬ間に魔改造されてしまう運命だった。

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