レシア王女、追い詰められる。ミネスト領廃教会にて

 レシアちゃんが騒ぎを起こした日の夜。私は妹ちゃんたちを集めて相談をすることにした。内容はもちろん、大事な妹の一人であるレシアちゃんについて。

 お話があると、使いを送り呼び寄せると、妹ちゃんたちはすぐさま集まってくれた。

 中には反抗的(政治的に対立)な子もいるけれど、悪い子はいないと信じている。現に姉妹としての触れあいだけは拒絶しないからそう思った。

 いつも通りに、お出迎えする時に、軽く抱擁しあって頬と頬を擦り合わせた。それぞれの反応を示すものの受け入れてくれるから、嫌われてはいないはずだろう。

 そうして、皆が着席する。三者三様で愛おしい妹ちゃんたちの顔を見回し、


「すぐに来てくれてどうもありがとうございます。私のことを想ってくれているみたいでとっても嬉しいです」


 満足した私がそうお礼を言うと、姉妹たちは各々の反応を示した。皆、個性的で可愛くて面白いから、ついついじーっと観察してしまう。

 すると、


「ふわぁ……」


 真っ先に開口(欠伸)して、


「わざわざ来てあげたんだし、眠いから手短にしてよ」


 と言ってみせたのは自由奔放を体現する第六王女のルーシアちゃん。ルーシアちゃんには眠り姫という可愛いらしい通り名と怠慢姫という可愛くない通り名がある。なお、私は博愛姫とかいわれてしまっているので、ちょっぴり恥ずかしい。

 話を戻すと、ルーシアちゃんは、実際サボり魔ちゃんなので、貴族たちからの受けはあまりよろしくない。頻繁にサバティカル休暇を取って遊び回ったり、貴族との謁見等も体調不良(眠い・ダルい)で度々ドタキャンするから、その都度、第二王女のリーリアちゃんにこっぴどく叱られている。リーリアちゃんは努力至上主義であり、悲しいことにルーシアちゃんや第五王女のミリアちゃんのことを無能と蔑んで見下してしまっている。そうなると、ルーシアちゃんもリーリアちゃんに良くない感情を抱いてしまう。だからこそ、あまり叱らないであげてください、とリーリアちゃんには伝えて庇ってはいるけれど、リーリアちゃんは訊いてくれないどころかますますヒートアップしてしまった。ルーシアちゃんも反発して二人の仲が険悪になればなるほど、私はどんどん悲しくなる。けれど、どうあってもすれ違いというものは起こってしまうというのも知っているから、苦慮している。

 そして実際問題、ルーシアちゃんの立場は結構危うい。日頃の怠慢が積み重なってしまい、王城から出て行方を眩ましがちなレシアちゃんと同等かそれ以上に王族批判のやり玉にあげられることが多い。ただ、ルーシアちゃんにもやはり特別な才能があってそのおかげもあって、最近、多少緩和してきている。

 第二のレシアちゃんにならないように注意する必要がありそうだから、もっと仲良くなっておきたい(養いたい)ところ。

 そんなルーシアちゃんは、今も寝間着姿に手に枕を抱えていて、いつでも寝れるといった様子。


「まったく、寝間着姿で来るなんてはしたないわね。呆れてものもいえないわ。公務をサバティカル休暇(笑)とやらで放棄するのも最低の行いだけど、一応ルーシアも王族の端くれでしょ、せめて王族としての振る舞いをなさい」


 ルーシアちゃんに苦言を呈する毅然とした態度の彼女はリーリアちゃん。


「リーリアの姉御はうるさいなぁ……。大丈夫だって、転移してきたから誰にも見られていない」


 そう、ルーシアちゃんは空間魔法の使い手として知られており、転移というとんでもない魔法まで身に付けている。それはサナティス様が行使するような超高等魔法だった。まさしく神童。これにより魔法界隈にはかなりの支持層がいる。ただ、瞬間的に近付いてくることが出来るので、ルーシアちゃんが物騒な大鎌を好んで異空間内に常備しているのも相まってか、他の妹ちゃんたちもいつ背後を取られるかと警戒してしまい、ますます他の妹ちゃんたち(主にリーリアちゃん)との溝は深まる一方だった。

 そんなルーシアちゃんは続けて、


「それに今は王女たちだけの会合(笑)でしょ」


 くすっと嘲笑う。しかも鼻で。


「こら、笑うな。それにそういう問題じゃないでしょうに。王族たるものいついかなる時も――」


 たまらずリーリアちゃんが咎めるが、ルーシアちゃんは聞く気がないとばかりにそれを遮って、


「説教くさ……。いい加減、ウザいよ?」


 心底嫌そうに溜め息を吐く。

 こういうやり取りは何度も繰り返しているためか、リーリアちゃんもこれ以上の言及は無駄という線を見極めてしまい、この頃にはすっかり気勢をそがれてしまっている。

 そんな状態であろうとも、リーリアちゃんは注意だけは止めないという志しの高さでルーシアちゃんに抗おうとしている。


「人の話は最後まできくこと……」


 するとルーシアちゃんは、「あー、はいはい」と受け流し、肩を揉みながら、気怠げな態度を取り、疲れていますアピールをする。


「私、疲れてるんだよねぇ……。リーリアの姉御の長い話を訊く余裕なんてないの」


 そのまま机に枕を乗せて、その上に突っ伏した。


「はあ……」


 以降ルーシアちゃんに無視されてしまい、これみよがしに溜め息をついて、嘆かわしいとばかりに頭を抱えるリリーアちゃん。


「というより、姉御って呼ぶのはやめなさいって何度も――」


 リーリアちゃんはぐちぐち続ける。

 私にとってあまり気持ちいい雰囲気ではなかったので、ルーシアちゃんに態度の改善を求めるのと、リーリアちゃんを宥めに入ろうとする。そもそもルーシアちゃんが疲れているのは私のせいでもあるから、そこのフォローくらいはしなくてはならない。――も、「フレイアもフレイアよ、ルーシアに対してというか全てに対して甘すぎるわ」って私にまで飛び火してまい、たじろいでしまう。

 そしたら、「うふふ……」なんて聞こえたから、私の意識は発声源のその子に逸れてしまった。

 見やると、第三王女のアリアちゃんが、先の二人の様子を眺めて、微笑んでいた。アリアちゃんの笑顔はとても魅力的であり、私は思わず、「はぅ……♡」なんて声を漏らしてしまう。

 アリアちゃんは、美人揃いの私たちの中でも群を抜く、その美貌により、傾国の美姫とも称されている。道楽でパペッティアとしても活動しており、時折劇場で講演している。アリアちゃんの操るお人形たちの芸は人気が高い。

 そんなおっとりしたアリアちゃんとはまた別に、


「最初は険悪だけど、後からだんだんと仲良くなるっていいよね……ウェヘヘ」


 とか呟いて、だらしない笑みを浮かべるのは第四王女のアーミアちゃん。今日もおなご同士の恋愛模様の妄想をしているみたいだった。いつものことなので心配することはない。それに私としても共感できなくもない。妹ちゃん同士がもっと仲良くなってくれたらといつも思うから。

 すると、


「……(あのね……、フレイアお姉ちゃん、そろそろ進行してほしいかな……)」


 目で訴えかけてくるのはミリアちゃん。もったいないことにフードを深く被って顔を隠してしまっているミリアちゃんは、恥ずかしがり屋であり、あまり喋らないけれど、目は口ほどに物を言うを体現して、目で語りかけてくれる。おそらく、そういうタレントを持っているのだろう。会話を試みる時に、お顔を覗かせて、じっと見詰めてくるから、可愛すぎてキュンと来てしまう。ぽっと頬が赤らむのも最強にキュート♡

 気持ちが昂ぶった私は、ミリアちゃんをギュッとしにいこうとしてしまう。そんな衝動をこらえるよりも早く、私を正気に戻すとんでも発言が、


「それで、どっちの首をはねればいいの?」


 誰にともなく問いかけているのは、第七王女のシンシアちゃん。

 シンシアちゃんは、正義を信仰していて、悪を過剰に誅するきらいがあり、私が残酷とし廃止した斬首刑の復活を目論んでいる。今も白黒つけてどちらかを処罰したがっているご様子。

 といった感じで、夜に急に呼び寄せられたからか、妹ちゃんたちは雛鳥のようにピーチクパーチク騒いでいる。

 このままだと、ルーシアちゃんが寝ちゃいそうで、ミリアちゃんも焦れてきたし、シンシアちゃんが危ないこと言い出したから、そろそろ始めよう。

 私はパンッと手を打ちならし、注目を集める。

 妹ちゃんたちの視線が私に注がれていると思うと、トリップしてしまいそう。


「妹ちゃんたち、どうか静粛に」


 そうお願いすると、


「……」


 一瞬でしんと静かになる。妹ちゃんたちが黙して聞く姿勢になってくれたので、私の顔を立ててくれてるみたいで嬉しくなる。


「レシアちゃんが騒ぎを起こしました。箝口令をし敷きましたが、妹ちゃんたちはご存じですよね? つい先ほど、サナティス神殿及びミネスト領側への門が二度襲撃にあったのもそれです」


「一度目は頓痴気レシアで二度目はクズのローゼフ聖騎士団長ね」


 リーリアちゃんがすかさず補足する。ローゼフは一応正体を隠そうとしていたらしいが、性向的にも状況証拠的にも正体はモロバレであった。


「……(ねえ……、家格と実力があるからって、なんであんなクズ男が聖騎士団長なのかな……?)」


 ミリアちゃんが疑問を伝えてくる。というよりも、辛辣で私の頬が引きつってしまう。

 一方、


「なら処刑よ! 久方ぶりに斬首刑を適用しましょう! 罪状は国家転覆罪! アーユーオーケー?」


 シンシアちゃんは過激だった。


「絶対にノーです。シンシアちゃん、そんなこと言わないでください。私が出て対処しますから。あと、ミリアちゃんの疑問についてはいずれ聖騎士団の人員を交えて協議しましょう。ミネスト領があんなことになったからという同情もありましたが、さすがに限度があるようですし……もちろん、態度を改めてくれるなら、私としては見逃しますが……。――ってそれよりも今はレシアちゃんですよね」


 そこまで話したら、妹ちゃんたちの顔を再度見回しながら、


「そういうわけですので、先走って罰を与えようとか考えても実行しないでください。レシアちゃんの面倒は私に一任でお願いします」


 主に、シンシアちゃんの顔を見ながら言う。

 そうしたら、この場で採決を取る。


「賛成の妹ちゃんは挙手を」


 リーリアちゃんとシンシアちゃん以外が手を挙げる。

 レシアなんて放っておけばいいのに、と言ってきたこともあるリーリアちゃんは私の考えを容認しかねるらしい。シンシアちゃんはとりあえず出陣したいのだろう、うずうずしている。

 ミリアちゃんとルーシアちゃんは手を挙げた上で中立と示した。

 引っ込み思案なミリアちゃんは自分の意見をはっきりと言うのを恐れているのだろう。一方、ルーシアちゃんは面倒くさそう。


「私を合わせて賛成3、反対2――積極的反対ワタシニヤラセテ1、消極的反対トリアエズハンタイ1、中立2ですね」


 ほっと息をついて、私はうんうんと頷いてみせた。


「通せそうで安心しました。通せなかったら、しばらくお留守番(軟禁)してもらうところでしたよ……」


 主にシンシアちゃんに。と心の中で付け足す。

 姫騎士でもあるシンシアちゃんは部隊長を勤めていて、切り込み隊長であるメリィさんに次いで聖騎士団の危険人物サイコパスとして知られている。ゆえに、こういう時動かれると殺戮が起こってしまいかねない。


「お留守番って意味深よね」


 リーリアちゃんはシンシアちゃんをちらりと見ながら言った。


「というわけで、レシアちゃんの元に直行します。その間は、妹ちゃんたちに任せました。解散です。おやすみなさい、シスター」


 私は即座に解散して、すぐさまレシアちゃん捕獲大作戦へと出発することに。妹ちゃんたちと別れ際の触れあいをする時間も惜しかった。レシアちゃんを捕獲する作戦なので、呼び寄せた副団長ラケルトと臣下でもある近衛騎士隊長のリッケンにお願いして、やたら好戦的な面子は省いてもらった。ただ、レシアちゃんやローゼフ団長、ウェンディンさんの戦闘能力を鑑みて――という題目の私的なレシアちゃんへの想いで、全力は出すので、聖王国最高峰の面子を連れていくことにした。命じて、聖騎士団の精鋭と王族の守りに徹する近衛騎士隊のドリームチームを作成する。私自らが出ることにより、本来あり得ない組み合わせのチームを強引に築くことが出来た。けれども、やっぱりおかしなチームだった。そう、私は焦っている。逃げられたらそれこそ大変だから。

 嫌な想像ばかりしてしまう。例えば、内々で処理したいのに、門への襲撃者がレシアちゃんだと国民にバレて、あっという間にレシアちゃんが反逆者に仕立て上げられてしまうとか……。

 レシアちゃんが顔も隠さず堂々とウェンディンの背に乗って爆走していたところを目撃した人もいるかもしれない。

 門への襲撃事件は、抜き打ちの訓練だったとか苦しいけれど、そういうことにしてもらえないかな……。

 レシアちゃんのやってしまったことの上手な収め方を考えながら、私は行動する。

 全ては大切な妹の一人であるレシアちゃんを守るために。




「レシア王女、観念して出てきてください!」


 城の外から聞こえたのは、フレイアの臣下リッケンの兄――副団長であるラケルトの声だ。

 放っておいてくれればいいものを、すぐそこまで追っ手が迫っているということらしい。

 外にいるのは、ラケルト率いる聖騎士団、リッケン率いる近衛隊の連合軍である。

 いくらミネスト領が王都から近いとはいえ、私を捕らえるのに全力を出しすぎている気がしないでもない。

 けれど、わりと正しい采配なのかもしれない。

 ここで確実に捕まえることにより、これ以上の暗躍はさせないということか。

 さすがのフレイアといえど、サナティスの関係者に危害を加えた私を庇いきることは不可能だろう。

 幽閉か、サナティスに引き渡されるのか。

 どちらにせよ、絶対に御免だった。

 廃教会の周囲を囲まれてしまい、私は追い詰められていた。もう逃げられない。

 外に見える豪奢な馬車に乗っているのは十中八九フレイアだろう。らしいといえばらしいけれど、わざわざ出向いて来るなんてご苦労すぎる、戦場になるかもしれない場に来るなんて、とんでもない馬鹿じゃないのか。

 しかし、こうなってしまうと、皆殺しにするか、帝国への亡命くらいしか案が浮かばない。


「どうすれば状況を打開できると思う?」


 ローゼフに訊いてみる。


「まったくもって面倒だ。こうなれば皆殺しにするしかないか。レシアもそう思うだろう? 神聖王国の武力が減退するだろうが、武力なんて俺一人いればどうでもなる。考えてみれば、俺にとって邪魔なベネット家を潰すチャンスか。リッケン率いる近衛隊がいるということは、レシアの障害になっているフレイア王女も来ているようだし、いっそのこと、ここで纏めて始末してしまうのもいいかもしれん。悪の手先の仕業とでもしよう。大した能力のない奴等を皆殺すくらい容易いことだ。お前は帝国への亡命も考えているだろうが、それは最後の手段だ。そもそも帝国は友好国ではないのだぞ。言うまでもないだろうが、いつ戦争が勃発してもおかしくないほどに両国の関係は冷え切っているのだ。だからこそ神聖王国に送還される恐れが減るとか考えているのかもしれんが。私は帝国なんぞ、あまり信用していない。帝国の使いは口先ではサナティス妥当を目論む私たちを煽て、ゴブリンを操れる怪し気な技術も託したが、腹の底では何を考えているかわからんではないか、案外レシアと考えは似ていて私たちは使い捨ての駒扱いかもしれん」


 ローゼフが言う。

 帝国への亡命案は非現実的と……。

 やはり皆殺ししかないようね。

 私も覚悟を決めた。


「待ちなさい、ローゼフ、それなら私がやるわ。この手で聖騎士団を圧倒し、フレイアの首を締め上げてやれば、邪魔者はいなくなる。もう懲り懲りなのよ、フレイアにまとわりつかれるのは、おかしくなりそうで……殺す。殺してやる。キャハハハ!」


 メリィじゃないけど、フレイアたちを血祭りにあげられると思うと昂ってきた。


「レシア様がやるなら私もやります!」


 ウェンディンが横から口を挟む。出鼻を挫かれた思いだ。


「ウェンディン、私がやると言ったのが聞こえなかったの?」


「でもレシア様、出来るんですか? 相手は神聖王国の手練れですよ。ローゼフやメリィさんがいないとはいえ……厳しいかなと」


「ローゼフが聖騎士団長の聖騎士団の強さなんてたかがしれてるでしょ、おっかないメリィや正義キチガイのシンシアだっていないし。リッケンが隊長の近衛隊なんてもっと大したことないはず、現にアイツほどの恐怖を感じないしね。不可能とは思わないわ。あのサナティスの寵愛を受けているのよ私。癪だけど……」


 アイツとはもちろんミネスト領をめちゃくちゃにした悪の手先の最強格のことだ。思い出すだけで寒気がする。そもそもアイツの能力を直に浴びたらならば寒いどころじゃないのだが。


「それなら条件はフレイアも同じじゃないか」


「暴漢如きに遅れを取ったフレイアより、私の方が実力は上なはずよ」


「いや、あいつは暴漢に自ら捕まったんだ。私が行くので誰にも危害を加えないでくださいとか言って。もちろん、周りの騎士たちはそれでも暴漢と戦ったんだが、貧民とはいえ、この私が少しだけ手解きをした暴漢ギルドのものに敵うはずがなかろう」


「……とんでもない馬鹿ね。自分が犠牲になればなんでも解決するとでも思っているの、どこまでも相容れないわ……。というか、ローゼフ、何でそんなに詳しいの? 手解きって?」


「トラウマを刻んでやろうと、私がけしかけたからだが? 言わなかったか? 私は闇ギルドと繋がりがある。あの姉妹の件もそうだ」


「ふうん。あまり好みではないけど、そういう手段もあったの」


 相手を徹底的に潰すという、ローゼフが好きそうなやり口だ。


「これが最後の勧告です! レシア王女、出てきなさい!」


 うるさいわね……と思ったら、


「手荒な真似はしたくないの、レシアちゃん、どうか出てきて、お話をしましょう!」


 聞きたくないフレイアの声まで聞こえてきた。


「フレイア殿下、出てきては駄目です! 危険です!」


 今度はリッケンか。馬鹿に仕えると大変ね。


「レシアちゃんが危険なはずがありません! 話し合えば分かってくれるはずなんです!」


「キャッハハハ!」


 私はもう殺すつもりになったというのに、どこまでも馬鹿な姉なの。


「そういうわけだから行くわ。私がやるから、二人は手出ししないこと」


 不満げな様子の二人だが頷いてくれた。

 私は堂々と聖騎士たちの前に出ていく。


「まったくうるさいわね」


 言いながら視線を巡らせる。潜んでいる聖騎士や、高所で弓矢を構えている聖騎士がいるけれど、意に介す必要はないだろう。


「キャッハハハ! 馬鹿ばっかりね。不意打ちが私に通用するとでも思っているの、歴戦の騎士のはずなのに頭がお花畑みたいね」


「……!!」


 皆、絶句して声が出ないみたい。愚かだこと。

 すると、即座に立ち直って、足を狙って矢を放ってきた愚か者がいた。

 私はその矢を掴んでみせて、へし折ってやりながら、


「私はもう決めたの。あんたたち皆、生きては帰さないってね」


 言ってやった。

 そうすると、代表のつもりかラケルトが激昂した。


「レシア殿下、自分が何を仰っているのかお分かりか!」


「分かっているわ。無能の粛清よ。玉座に座るのも権力を握るのも、この私だけで十分!」


 そこまで言ってやったら、スカッとした。所詮、こいつらは無能の集まり、烏合の衆だ。


「傲りすぎだぞ、レシア。あまり天狗になるな」


 ローゼフが何か言っているけれど、聞き流す。


「レシアちゃんと交渉します。道を開けてください」


「駄目です。フレイア殿下!」


 フレイアがリッケンらを押し退けて、前に出てきた。そして私の目の前にまで。

 ――キャッハハハ。馬鹿なフレイア。そんなに死にたいのならすぐに殺してあげる。

 殺すには絶好の機会だった。

 横では、


「よう。ラケルト、来てくれて助かった」


「……ローゼフ閣下、引いてください」


「ベネット家が相手だとそうはいかないな。騎士爵風情が副団長やら近衛隊長やらにまで登り詰めたことが腹立たくて堪らない。お前らはここで死ぬべきだ!」


「閣下……」


 ラケルトとローゼフ、


「レシア殿下の臣下ならばどうか主を説得してください!」


「私はレシア様にどこまでも着いていきます!」


「それが正しいと思っているんですか!?」


「レシア様が正義で法です!」


「自身でも考えなさい! 心酔と盲信は似て非なるものです!」


 リッケンとウェンディンとで牽制し合っている。

 次いで聖騎士や近衛騎士がぞろぞろ来て、


「レシア殿下を逆賊とする!」


 私たちに向けて抜剣した。


「いいわ、かかってきなさい! 私はそう簡単には倒せないわよ!」


「ちょっと待ってください!」


 すると、フレイアが慌てて引き留めた。


「フレイア様、そうはいきません。殺害の許可を」


「そんな……」


 それでも剣を収めない聖騎士・近衛騎士に、悲しそうな顔をするフレイア。

 どっちとも愚かで、その光景が面白すぎた。


「キャッハハハ! あんたたち、ほんと馬鹿ね!」


 味方に射線を塞がれて弓を持った騎士が困惑しているのが傑作だった。物陰に隠れていた聖騎士も出てきてるし、どこまで笑わせれば気が済むの。

 それとも私たち、多勢に無勢だと馬鹿にされているの?

 ……それならムカつく!

 近衛隊が剣を向けてきてるけれど構うものかと、私はフレイアに詰めよって宣言してやる。


「あなたとの因縁もここまで!」


「レシアちゃん、どうしても分かってくれないんですね……」


「ええ、すぐに首を絞めて殺してあげる」


 フレイアはすごく悲しそうな顔をした。


「フレイア殿下、諦めましょう! レシア殿下はもう駄目です! どうか殺害を許可してください」


 聖騎士・近衛騎士がフレイアを下がらせようとする。


「駄目って何よ! ムカつくわ! 私は第八王女よ! あんたらなんかよりよっぽど偉いの! 不敬よ! 蹴り飛ばすわよ!」


「騎士の皆様、どうかお静かに。今、私がレシアちゃんと会話しているんです。レシアちゃんは私の大切な妹なんです。私の目が黒いうちは殺害なんてもっての他ですよ」


 フレイアは割り込んでこようとする聖騎士たちを手で制しながら、


「それなら――」


 すぐに表情が切り替わる。

 キャハハハ! 私に殺される覚悟が決まったようね。


「ラケルト、リッケン、どうか私の後ろに!」


 そう言ったフレイアが両手を広げて聖騎士や近衛騎士たちを自分の後ろにする。


「レシアちゃん、お願いします。殺すなら私だけにしてください。殺すのは私で最後にしてください。そして私の変わりに国を……。お姉ちゃんとのお約束です」


 震えた声でそんなことを宣った。ぎこちない笑みまで浮かべる。


「レシア、やれ」


 ローゼフが何か言ってるけれど、それどころではない。

 殺せばそれで済むのに、私は何故か憤怒に包まれていた。


「フレイア、あんた本気で言ってるの!? 頭おかしいわ!」


「レシアちゃんがそれで満足してくれるなら、おかしくていいです! それに、レシアちゃんに、可愛い妹ちゃんに殺されるなら、私としても本望です!」


「もう! あんたは何処まで……、馬鹿なのよ!」


 私は抑えきれない何かでフレイアの頬を叩いていた。目頭が熱くなってくる。


「フレイア殿下!」


 聖騎士たちが慌てるけれど、フレイアは「大丈夫、大丈夫ですから……」と止める。


「レシアちゃん、少しは私の気持ちを分かってください。例え、私がレシアちゃんに殺されても、大事な妹に幸せになってほしいんです」


「そんなの矛盾しているわ!」


「何処がですか?」


「決まってるじゃない! あんたを殺して私が幸せになるわけ……って違う! 私がどうしてこんな気持ちに……」


 胸中に渦巻くもやもやに、私は頭を抱える。


「レ、レシアちゃん、大丈夫ですか……?」


 すかさずフレイアが寄ってくるので、手をぶんと振り、追っ払う。


「もう! あんたと話すと調子が狂ってしょうがない!」


 こうなってはおしまいだ。


「興が削がれたわ。私は帝国にでも行くから追わないでほしいわ」


「レシアちゃん……駄目です。行かないでください……」


 すがり付くフレイアを払い除ける。

 するとローゼフが、


「レシア、いい加減にしろ! こいつらは邪魔だから皆殺しにするんじゃなかったのか!」


 と、その時、


「いい加減にするのはあなたです! 私の国でそんなことは許しませんよ!」


 そんな声がした。この声は忘れもしない。

 と思ったら、皆が道を開けて、少女らがこちらへ向かってくる。まっすぐとこちらを見据えている先頭の銀髪の少女が目を引き付ける。


「サナティスか。くっ……」


 ローゼフであろうと尻込みする相手。


「ええ、私がサナティスです。分身体ですがね」


 やはり発言者はあの憎きサナティスだった。


「聖騎士団長のローゼフさんと第八王女のレシアさん、そしてレシアさんの臣下のメイドのタルティアさん、そこにお直りなさい」


 サナティスはとても怒っていた。

 現に、


「私はとってもおかんむりですよ」


 って言っている。

 もう目と鼻の先の距離だった。いよいよ、サナティスが来てしまった。と、愕然とする。


「私の大事なお友達に、レシアさんはホブゴブリン、ローゼフさんは暴漢をけしかけてくれたそうじゃないですか。しかもローゼフさんは第一王女であるフレイアさんにまで、暴漢をけしかけた。あまつさえ私の神殿を悪の手先に乗っ取らせようと、レシアさんはゴブリン、ローゼフさんは邪教に入った獣人族を。私が過度に干渉するのは、神聖王国から反発されかねないので、本当はよろしくないんですが、イライラする所業の数々に怒り心頭激おこぷんぷん丸です。これは反省が必要ですね?」


 あのサナティスの顰蹙を買うなんて本当の意味で終わったわ。うちの王族に女しか産まれないようにする祝福なんてかけた時点でお察しだけど、彼女はヤバいの。天真爛漫な雰囲気だけど、何されるか分かったもんじゃない。恐ろしい責め苦が待っていそう。

 見れば、あの姉妹もいるし。


「最悪よ!」


 おっかないサナティスを前に、私は一目散に逃げ出した。

 サナティスの声が何故か耳元からする。


「レシアさん、あなたは私の寵愛を受けています。やろうと思えば、聖なるパワーであなたの身体を掌握し、弄ぶことも出来るんですよ?」


 ゾッとした。怒っているとはいえ、どう考えても女神の言う台詞ではない。

 物理的な距離を取っても無駄かもしれない……。

 逃げたからっていきなり掌握されないわよね……。

 憎きサナティスの良心を信じるしかないとは……。

 泣きたくなった。




 ローゼフ聖騎士団長閣下はお姉ちゃんたちに任せて、私はレシア王女を追うことにする。

 と思ったら、


「待ってください。実兎ちゃん」


 サナに呼び止められた。


「これでレシアさんを仕付けるといいですよ」


 何故か首輪を渡される。


「……そういうプレイ?」


「いいえ、これを首に着けてしまえば、どんな命令でも聞かせられます。ただ、私の寵愛を色濃く受けているものにしか効き目がありませんが」


 ……ごくり。


「なるほど。レシア王女を抑えるのにはこれしかないってことだね」


「そういうことです」


 そういうことらしい。

 気を取り直して、レシア王女を追う。フレイア王女も着いてきた。

 追い掛けていくと、レシア王女は途中の一室に飛び込んだ。

 「先、どうぞ」と私が譲ったフレイア王女がすぐさま扉を開けようとするも、開かず、ノックするはめに。


「レシアちゃん開けてください」


 中から扉を抑えているのか開けられないようだ。


「あんたともう話したくないの。自分がわからなくなる」


「そんなこと言わないでください。お話ししましょう」


「……」


 それから、いくらフレイア王女が語りかけても、レシア王女はだんまりを決め込んでいる。

 このままだと埒が明かないと、私は策を講じることにした。


「フレイア王女、退いて」


「え、実兎さん何を……?」


「開けないならアイスグラベルするよ?」


「ひやあああ!」


 やっぱりホブゴブリンをスプラッターにしたところ見てたんだね。あれはビギナーズラックみたいなものなんだけど、嘘も方便ってやつ。


「開けるから絶対止めて!」


 すんなり開いた。


「開けてくれたよ」


「……」


 フレイア王女が唖然としている。

 ともかく、私は中に入る。

 廃教会の一室なのに、ここだけはやたら綺麗だ。

 絨毯が敷かれていて、真ん中には豪奢な大きなベッドがある、レシア王女の寝室みたいだ。

 レシア王女はベッドに腰掛け、腕を組んで偉そうにしていた。威厳のあるお姿だけど、さっきの悲鳴はまだ耳に残っているよ?

 するとフレイア王女鼻をピクピクさせて、すぅーと息を吸い込んだかと思うと、「空気が美味しいですね」満足げに微笑んだ。続けて、


「レシアちゃんの匂いに満ちています。普段はここで暮らしているんですね」


 レシア王女はぷいと顔を背けながら、


「……そうよ。第八王女の私に王城で居場所があると思って? それに他の王女たちにも嫌われてるしね」


「そんなことはないと思いますが……。そう思わせてしまったのなら、私の妹ちゃんがごめんなさい。妹ちゃんたちと話し合って何とかします」


「いいわよ、別に。他の王女との関係改善なんか求めてないわ。求めているのは私以外の失脚よ。聖人(笑)のあんたと刺々リーリア、腹黒アリア、狂人シンシアの失脚は最低条件。それに、この環境の方が気楽だしね。ウェンディンもいるし。ミネスト領は私のものだしね」


「皆で仲良く国を治めましょうよ。あとここはミネスト家の領地です」


「あんた、ほんと嫌い」


 レシア王女はフレイア王女と視線を合わせないようにしている。

 フレイア王女は一瞬躊躇した様子を見せた。

 と思ったら、意を決したように、突入した。


「レシアちゃん!」


 フレイア王女はレシア王女の元に、飛び込んだ。


「――きゃあ! フ、フレイア!?」


 あらま……。ベッドに押し倒しちゃったよ。


「レシアちゃん……」


 指を一本一本絡ませ、両手をガッチリと合わせる。


「フレイア、何を……」


 フレイア王女はレシア王女にゆっくりと顔と顔を寄せていく。


「えっと……」


 戸惑うレシア王女はやがて覚悟を決めたように目を閉じた。

 フレイア王女は――、


「はむっ!」


 レシア王女の頬をはむはむしだした。


「――っ!」


 レシア王女が、驚きに目を見開き、微かな声を漏らす。

 フレイア王女がレシア王女の頬から口を離すと、レシア王女が動き、二人でくるんと回転し、上下が入れ替わる。


「はぁ、はぁ……」


 レシア王女は荒い息を吐いていた。


「レシアちゃん、ごめんなさい。美味しそうで、つい。嫌でしたよね……?」


 とフレイア王女が訊いてみるも、レシア王女の瞳がなんかおかしい。


「……もう、駄目……」


 レシア王女が切なげな声を出したと思ったら、顔をフレイア王女に近づけ、


「――んんっ!?」


 レシア王女がフレイア王女の唇を強引に奪った。

 最初は戸惑っていたフレイア王女もだんだんと乗り気になっていき……。

 それから二人は目を瞑ってちゅーちゅーしている。

 ……長い。


「――っっ!」


 フレイア王女が先に正気に戻り、じたばたする。

 レシア王女が名残惜しそうに、フレイア王女を解放した。


「わわわ……」


 糸を引くようなキスを見せ付けられた私はドキドキしていた。女の子同士のキスって漫画で見るのと、実物とは違うもんだね。


「――ぷはぁ! レ、レシアちゃん!?」


「…………はぁ、はぁ……」


 レシア王女はしばし息を整えて、


「お姉ちゃん……」


 レシア王女はとろけきった様子で、言った。


「私、どうやら禁断の愛に目覚めちゃったみたい……」


 レシア王女が遂に陥落してしまった。

 座り直す二人。手をしっかり握っている。


「お姉ちゃんが私を誑かすから……、責任取って……」


「え、えぇ、どうしましょう……」


「……な、なんて冗談よ。そんなことあるわけないじゃない……。姉妹としてよ。キスくらい家族でもよくあることじゃない」


「で、ですよね……。さすがにこんなディープなのは家族ではないとは思いますが……。仲良くしていけそうで、良かったです。ただ、姉妹愛を表現するのに、キスはやりすぎだとも、お姉ちゃんは思います……」


「悪かったわよ……。ごめんね」


「いいえ……、とても良かったです……」


「……何の事よ」


「レシアちゃんのキスのテクニック……」


「っ! あんたやっぱり嫌い……」


 気まずくなってきたのか、二人して顔を背けて黙り込んじゃった。二人とも真っ赤かだよ。

 とりあえず、そっとレシア王女の背後に回り、すぽっと首輪を着けておく。


「うん、これでパーフェクト」


 任務完了だ。これでレシア王女は思いのまま。


「――って! は!? ちょっと! な、何よ、これ!?」


「レシア王女に倫理観を叩き込みたいと思う。少しずつ教育していくからね」


 レシア王女はフレイア王女と繋いでいないもう片方の手で首輪を外そうとする。


「は、外れない!?」


 すると、フレイア王女がぱーっと目を煌めかせた。


「おお、レシアちゃん、よく似合ってます!」


「褒められても嬉しくないわ! ちょっとあんた、これ外しなさいよ!」


 レシア王女は私を見て、猛抗議する。


「駄目。ちゃんとわからせるまでは」


「お嫁にいけないわ!」


「お婿さん候補がいるのですか……? お姉ちゃんにお聞かせください」


「ああもう! 今日は最悪の日よ! あんた、名前何よ!?」


「美里実兎」


「実兎、覚えてなさい! この借りはいつか必ず! ――ひゃうんっ!」


 レシア王女がビクンッとした。

 ふむ。主人への反感を抱くと、快楽が発生するみたいだね……。


「流石、サナティス様の道具ですね……」


 フレイア王女はちょっと引き気味だ。サナのキャラが知れ渡っているみたいで何より。


「サナティスうううう!」


 レシア王女が首輪をがりがりして激しく踠きながら、絶叫した。

 レシア王女ゲットだぜ。




「というわけで、ローゼフさんには悪夢を見せて改心してもらいましょう」


 サナがポンと手を打って言う。


「設定はそうですね。強姦魔である貴方はレシア王女の処女を奪ってしまい、復讐鬼と化したレシア王女にぴちゅんされる――で」


「何を勝手に話を進めている。私は強姦など低俗な真似はしない。そもそも、そうやって女を襲ったところで何が楽しいんだ――」


「では、行ってらっしゃい」


 ローゼフ閣下がガクッと崩れ落ちる。

 私はサナに訊いた。


「これで大丈夫なのかしら?」


「まあ性根は治らないかもしれませんが、多少なりとも凝りてくれるでしょう」


 というわけで、――ローゼフの悪夢。


「レシアちゃんはやっていません! 全部ローゼフ聖騎士団長がやりました!」


 タルティアに向かってフレイアは断固としてそう主張する。


「ヤってますよね。ローゼフ。じゃなくて……、こほん。その通りのようですがダメです。もう第一王女であろうとレシア王女を庇うことは出来ません」


「どうしてですか?」


「ローゼフがレシア王女の臣下であったことと、第一王女毒殺未遂、あの前科がでかいからです」


「それは私が揉み消したはずじゃ……。それに前科ならローゼフ聖騎士団長の全王女レイプ未遂の方が大きいです」


「無理でしたね。流石にやりすぎとして、あっ、ローゼフはヤりすぎです。よく調べたらローゼフにヤられてしまった被害者の多いこと。王国女性のうち三百三十四名が彼及び彼の率いる組織にレイプされたか、されかけているらしいですよ。隠蔽したり、変装したり、被害者がトラウマになってて語ってくれなかったりとか、色々ありましたが、もう全部、暴きました。というわけで二人には監視がついていたんですよ。ずっと。第八王女は国外追放です。ご理解ください」


「そんな……」


 フレイアは絶望した。


「なお、ローゼフ聖騎士団長は地位を剥奪し、指名手配。聖騎士団長はラケルトが就任し、副団長にシンシア様が繰り上がり。なお、ローゼフはミネスト家からも除籍されたようです。なので発見次第殺します。騎士団の威信にかけて捜索隊を出しているので今しばらくお待ちください」


「……」


「おや……、ああ第一王女様もレイプされかけたんでしたっけ? お望みならば、ローゼフ生かして連れてきますよ?」


「そんなことはどうでも良いんですよ! なんでレシアちゃんが! どうして!」


「フレイア様……」




 ――と、ここで、ウェンディンとレシアもガクッとする、巻き添えとばかりに悪夢を見せられることになったのだ。




 私はサナノ神聖王国の第八王女だ。現状、このままだと正直言って立場が危うい。

 どうしてかというと、他の王女たちとの政争にも負け続けて、色々狡い手を講じたのもバレて、逆にいつ起こったのかも分からない、女神の眷族と第一王女に暴漢をけしかけたとかいう濡れ衣着せられて、私が暴漢をけしかけるわけないじゃない、レイプは嫌悪しているの、と言って弁明しても訊いてもらえず、王城を追い出されてしまったし。もうほとんどお金もない。

 というわけで、癪だけど異世界人に頼ることにした。


「コストを極限までカットするのよ」


 と命令し、召喚させることに。


「本来は例のサナティス神の眷族たちくらいの歳のを呼びたいが、コストカットとなると、あまり人間が出来上がっていないくらいのを呼んでしまうことになるな」


 私の臣下であるローゼフが言う。もう一人の臣下であるウェンディンも不安そうに、


「大丈夫でしょうか。幼い子供に玩具を与えて失敗でもしたら大変じゃないですか」


 力を玩具に例えるか。


「だけど、呼ぶしかないじゃない」


 私が力を手に入れるには、異世界人の力が必要だ。


「他所の世界の人間に頼るなんてね……」


 召喚士を何人も拉致し、死力を尽くさせ、頑張らせた。実際皆死んだ。私の未来のために生け贄になってくれたのだ。キャッハハハ!

 そして異世界人がついに現れた。

 ……たった4人かよ。


「あら、大人が一人混ざってしまったせいでしょうか」


 とウェンディンが呟くのを呆然と耳にいれた。




 気付いたら、私は見知らぬ建物の中にいた。

 なんだかぼろい。

 天井や壁がところどころ崩れている。

 雰囲気からして廃教会のようだ。

 見回すと二人の児童――マサチカ君とメメちゃんと、男と女が二人。そして死体がいくつか転がっている。剣を佩いている男が油断なくこっちをみている。彼からはただ者ならない雰囲気を感じる。一見、真面目そうな好青年だが、内に仄暗いものを秘めていそうで恐ろしい。堅気の人間じゃないだろう。要注意だ。

 女の片方は給仕の格好をしている。コスプレみたいだけど、やけに堂に入っている。

 そして奥にいる女。仰々しく玉座のようなものに腰かけている。格好はまるでお伽噺のプリンセスだが、あれはヤバい、狂気に染まっている。薬物中毒者か。

 私は先生だ。児童を守る義務がある。


「泣かないで、大丈夫だから」


 私が泣く児童をあやしていると、


「せんせー、ばいばーい♪」


 それは帰りの時、言う言葉だ。マサチカ君の声だ。なんで今、そんなことを?

 と思ってマサチカ君の方を向こうとしたら、乾いた音がした。

 あれ、身体に穴が。

 もしかして、撃たれた?

 なぜ、だ、れ、に




「やったね」


 僕はタレントっていう力を使って、いつも口うるさい先生をやっつけた。『銃使い』っていう読み方も分からない漢字の力だ。

 これでうるさい大人を黙らせることができるぞ、やったー、僕の天下だー。

 と思ったら、胸が苦しくなって、ばたりと倒れてしまった。ど、う、し、て




「うえーん」


 私のことをよしよししてくれていた先生が死んじゃった。やったのはマサチカ君だ。マサチカ君いけないんだよ、人を殺しちゃ。それも私が大好きな先生を……、マサチカ君、死んじゃえ! そして、不思議なことがおこった。




「貴重な『銃使い』が死んじゃったじゃないの!」


「おそらく、彼女の能力が『祟り殺し』とかだったのかと」


「危険よ! 仕留めて!」


「せいっ!」


 幼子が殺されるところなんて見たくないから、顔を背けると、突然、胸が痛くなって、私は椅子から転げ落ちてしまった。

 そのまま意識が薄れていく。

 なんてこと! もう一人いたな、ん、て




 レシア様が倒れた。


「え、え?」


 私はよろめく足取りでレシア様の元へ、倒れているレシア様に向かって、くずおれるようにし、その胸に耳を当てると、心臓はもう動いていなかった。

 レシア様が死んだ。


「レシア様、ああああ」


 私は発狂した。犯人は分かっている。幼子の最後の一人だ。


「こんのクソガキイイイ!」


「あ、あれ、わ、私の力は『下剋上の呪殺』だからダメ?」


 何かを喚くガキを渾身の力を込めて殴り飛ばした。私は人を殴ったことがない。ローゼフに犯された時も、我慢した。なぜかというと、私はタレント持ちだからだ。私のタレントは『粉骨砕身』。骨を粉にし、身を砕いて、力の全てを一撃へと込めることが出来る。私の一撃をくらえばどんな怪物でも死ぬ。私も死ぬ。そんなとっておきの力をこんなガキ相手に使ってしまった。ボロボロと我が身が崩壊していくのを、後悔の中、受け入れるしかなかった。嗤うしかない。アハハハハハ

 レ、シ、ア、さ、ま




 ぶっ飛んだガキはミンチになっていて、ヴェンディンがボロボロと崩れていく、この場の最後の生き残りとなってしまった俺は、途方にくれた。

 どうしてこうなった?

 呆然とレシアのもとへ。

 転がっているレシアの死体を見ながら、物思う。

 レシアは落ちぶれたが、女王の器を持っていた。

 なのに最後はこのザマか。

 無様だな。

 ああ……、ちくしょう。

 国を裏で支配しようという俺のドリームが……。

 元はといえば、こいつのせいで俺は騎士団長の座を追われたんだ。せっかく俺が手を回して暴漢けしかけてフレイアを潰そうとしたのに、計画当日に邪魔な存在だなと先んじて暴漢をけしかしたはずの眷族姉妹がしゃしゃりでてきて計画ごと潰されて、とやっているうちに、俺の関与がバレそうになって、レシアに擦り付けたら、連帯で潰されたんだ。おまけに指名手配。新騎士団長ラケルトが直々に捜索しているらしい。見つかり次第、殺されてしまうが、レシアが政争に勝てば揉み消してくれるだろう。その一縷の望みにかけていたのに……。

 そもそも俺がどんなに優秀でも、こいつが隙を作るから、騎士爵家の人間なんかに負けた。俺は公爵だぞ! 泣く子も黙るミネスト家!

 そこいらの貴族とは家格が違うんだ! なんで騎士爵なんぞに! しかも俺、除籍までされてしまったんだぞ! ふざけるな!

 今こういう状況になっているのも、こいつのせいだ。

 レシアの頭を踏みつけてやった。


「どうしてくれるんだ。レシア、おい、なんとか言え」


 レシアがぴくりとし、その手が伸ばされ、がしっと足を捕まれた。


「うわ!」


 俺は必死にその手を振りほどき、後ずさった。

 すると、レシアがムクリと起き上がった。顔には死相が濃厚に浮かんでいて、ぎょっとした。


「ぎょえええ!」


 この私が、奇声をあげて跳び跳ねてしまった。

 私が産まれて以来、初めての醜態だ。

 レシアが抜け作なせいで屈辱を飲むことは何度もあったが、醜態をさらしたことだけは一度もなかったこの俺が……!

 唇を噛む。出血する。

 そうして堪えていると、ようやく落ち着いた。

 優秀な俺は怒りに身を任せることはしない。

 感情的な行動をするのは馬鹿だ。

 冷静を心掛けて状況を分析する。同時に剣を引き抜く。

 レシアは確かに死んだはずではなかったのか。

 死体が動いたということは、ネクロマンサーの仕業か、一体どこに。俺は周囲に意識を集中した。しかし、死臭に満ちたこの空間は、どこまでも静かだ。付近にも、どれだけ探っても、何者の気配も感じられない。

 これは、どういうことだ。

 答えはレシアが直接教えてくれた。


「私のタレント『道連れ』よ。死んだ後、私の遺志で、憎い相手を一人だけ、地の果てまで追い掛けて直接、首を絞めて殺すの。あなたは優秀だったけど、ずっと憎かったの。私の処女を、よくも! 万死に値するわ! 死ね死ね死ね! キャッハハハ」


 狂った笑いを浮かべながら、人間を捨てたバケモノが襲い掛かってくる。俺は必死に応戦する。

 レシアは腕で剣を受け止め、構わず回し蹴りをかましてきた。


「ぐふぉおおお!」


 吹っ飛ばされて、転がって、壁にぶち当たってやっと止まる。

 たった一撃で俺の胴体がぐしゃぐしゃになった。血が口から大量に出た。この俺が、もう死にかけだ。

 馬鹿げている。俺は騎士団長まで登り詰めた超人だぞ! 鋼の肉体を持っていると言っても過言ではない。

 それなのに。

 あんな華奢な足でどうやってこんな力を……。

 タレントの力か……。

 条件が際どすぎるが、とんでもないものだ……。

 そうだ。タレントだ。

 俺もどんな相手でも無理やりレイプできるタレント『強姦』の力で……! ……。あまりの化け物を前に、錯乱している。俺にそんな力はなかった。


「さあ、フィナーレよ」


 ひょいっと、掴みあげられる。


「くそう、バ、ケ、モ、ノ、め……」


「失礼しちゃうわね。レディーにそれはないんじゃないの」


 レシアはやたら理性的だった。

 とうとう憎い俺を殺せるというのに、なぜか落ち着いていた。


「憎っきローゼフをようやく殺せるというのに、なーんか、もうどうでもよくなってきちゃった。私、もう死んでるしね」


「…………」


 俺は掴まれた時に喉を潰されてしまったので、言葉をはっせない。

 だが、これがあのレシアの最期だと思うと、とても哀れだと思った。

 子供なんぞを召還さえしなければ……。

 そこでレシアと目が合ってしまう。

 レシアと見つめ合う形になって、死体になっても美しいんだな、と不覚にも思ってしまった。


「また地獄で会いましょう」


 俺の脳内に走馬灯のように過去の記憶が駆け抜ける。

 レシアはとても美しかった。

 だから、欲望に身を任せ、レシアを無理やり犯してしまった。高貴な人物を犯した時の快感は堪らなかった。

 そして気が狂ってしまったレシアを悪の道に誘導した。

 レシア、実は、俺な、お前のことが好きだったんだ。今さら素直になっても遅いよな。もう口もきけなくなっているというのに……。

 そしてレシアの能力ならば、普通に王座を取ることも出来たはずだった。

 悪いのは俺だよな。

 ごめんな……レシア。

 俺みたいな畜生のせいで、散々な人生を送らせてしまった。

 俺があの時欲望を抑えることが出来れば……。


「なによその顔、ムカつく!」


 首を怪力で締め上げられて、瞬く間に意識が消滅した。

 もう少し、素直になれば、よ、か、っ、た




「なに満足そうな顔で死んでるのよ、ローゼフ!」


 私はイライラしていた。あの、ローゼフがなぜか穏やかに死んでいったからだ。

 最後まで憎ませなさいよ……。


「はあ……」


 私は肩を揉んだ。

 限界が近い。

 私は最後にローゼフの頭蓋を持ち、その唇にキスをした。

 そして、ふふっ、と微笑む。

 彼のことなんて地獄の底から憎かったはずなのに、なんでだろう……。

 ああ、そうか。私はずっと昔から、ローゼフに思いを寄せていたのか。

 中身がクズじゃなければローゼフは私の理想の騎士様だった。

 分かってしまうと、なんだか愛おしく見える。

 それはとても悔しい。

 いつか殺してやる。と憎み続けていたのが、馬鹿みたいじゃないか。

 今さら、気付いてももう全てが手遅れなのに……。

 私は誰も聞いてはいないけれど、最後の意地を張った。


「さようなら、おクズさん。私もここで終わりだけどね。あなたと心中するみたいでし、ゃ、く、だ、わ……」


 私は、最後くらい笑みを浮かべてやろうと、必死に顔を動かした。

 薄れていく意識の中、最後に物思う。

 ローゼフに対して。

(脳裏に犯された時のことを思い浮かべながら、)

 好きな相手になら、犯されても許すとでも思った?

 でもね。もし、あなたが、そんなクズでなければ、結婚してあげたわよ。ふふっ。

 こんな世の中に対して。

 さようなら、クソみたいな世界。絶対許さないから。

 もし悪いと思っているのなら、あの世で綺麗なローゼフと結婚させてね。キャッハハハ

 最後に一目でも、フレイアに、あ、い、た、か、っ、た




『ぎゃああああああ!』


 レシア、ローゼフ、ウェンディンは同時に跳ね起き、仲良く揃った悲鳴をあげた。


『ひどい悪夢を見た(わ)!』


 恋心を暴き出されたローゼフとレシアは堪ったものではない。個人個人で俯瞰で自分の事しか見れなかったのが幸いし、相手には知られてはいないけれど……。

 夢の中で、大好きな主君の死を体験したウェンディンも辛かった。挙げ句の果てに死を体験するわ、ローゼフに強姦された設定にされるわで最悪だった。

 無論、ローゼフも強姦に嫌悪を強めた。レシアにそんな乱暴はできない。

 サナティスへの憎しみが強まり、共通の敵を持った三人は結束が深まるだろう。

 特に、首輪を付けられたレシアはとてつもない屈辱を受けていた――。




 私は首輪を付けられた怒りと羞恥でおかしくなりそうだった。

 そんな折にサナティスがやってきて、


「あらまあ、お可愛くなられて……。ふふ、まるでわんちゃんですね」


 そんなことを言うのだ。

 挙げ句の果てに、


「撫でてもいいですか?」


 スケベ親父みたいだ……。


「手を触手にして言うな! せめて普通の手にして!」


「はい、言質取りました!」


 しまった!


「私、女の子撫でるの大好きで、うへへ……、たっぷり可愛がってあげますね♡」


 普通の手にしたサナティスがベッドの上に乗ってきて、後ろからまさぐってくる。


「私の前では服を着てても、丸裸同然。こうやって穴を空けずに服の中に手を入れれるんですよ。ほら、凄いでしょ。やろうと思えば心臓だって揉めます。美少女の内蔵もなかなか乙なものでしてね……。赤ちゃんの部屋に触れるとか背徳感がたまんねー! 骨もイイナ……♡」


 すると、実兎が引き気味に、


「サナ、流石にそれは……」


「おっと、実兎ちゃんにはまだ早かったですか……」


「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……」


 私はぶつぶつ恨み言を唱える。


「レシアちゃん、手が痛いです」


 思わず、フレイアの手を握る手に力を込めてしまった。

 うっかり折ってしまったらまずいので手を離す。

 フレイアがしゅんとするけれどそれどころじゃない。

 しなだれかかるサナティスが耳元で囁いてくる。


「口では反抗しても、身体は正直に反応するものですよ。私、透視で血流の流れが見えるから分かるんです。ほら、段々と火照ってきた……」


 サナティスは私の胸元をまさぐり、


「ちょっと、そこはやめなさい!」


 ゾワッと肌が粟立った。私は今、サナティスに心臓を愛撫されている。文字通り命を握られているので、抵抗もできない。


「心臓の大きさは握り拳くらいとは言いますが、手で包み込めちゃいますねー。そうれ、揉み揉み」


 心臓を揉み解されるのは新感覚で――。

 ぐっ、歯を必死で食い縛る。口元から、たらーと涎が垂れてしまう。とんでもない恥辱だ。


「ほうら、心臓も激しく脈打っちゃってる。血と心臓は正直ですよ。口も正直になりましょうよ。フレイアお姉ちゃん大好き、そしてサナティス様万歳!」


「サナティスうううう!」


「はーい! 皆の女神サナティスでーす☆」


 実兎がそんなサナティスに訊いた。


「絶頂してって言えば、絶頂するの?」


 なんてこと訊くのよ!?


「もちろんです」


 頷くな!


「じゃあ」


「やめなさい! 絶対に! ――んぅ!」


 実兎に反抗すると、快楽が来るなんて……。


「まあいきなり絶頂させるのは良くないですよ。段階踏むのが楽しいんです」


 サナティスがそんなことを言って、私の耳元へ顔を寄せて囁いた。


「そういうわけで段階踏んで仲良くなりましょうね、たくさんの愛を捧げますよ、私のレシアちゃん♡」


 一瞬、サナティスに愛されるのも悪くないなんて思ってしまった。サナティスを嫌う私がそんなことを思うはずはない。これはきっと洗脳の類いだろう。そうに違いない。しっかりして私!

 だから、それを否定するように、


「サナティスとだけは絶対に無理! 私はあんたが女神だとは絶対に認めない! 大嫌い!」


「面と向かって、大嫌いって言われると逆に興奮しますね。……じゃなかった、そんなこと言われると、ショックです……。泣いちゃいますよ? そんなあなたはツンデレさん? 天の邪鬼さん? それとも……。身体にきいてみますね♪」


 ちゅっ、と首筋にキスされた。

 と思ったら、甘噛みもされる。何か吸収されているような気がする。


「レシアちゃんの精力うま。やはり私の祝福を受けている一族ですので、馴染みますねー」


 さらにちゅうちゅうされる。このままだと全部吸われて死んでしまう。そんな死に方は御免だった。


「サナティスうううう!」


「しょうがないですね。私の愛情を注入してあげます」


 サナティスの愛が無理やり注がれる。身体が熱くなってきておかしくなりそう。

 くうううう!


「♡♡♡!」


 鳴かされてしまった……。テクニシャンすぎるわ。

 こんなのと付き合っているシスコン姉妹イカれてるんじゃないの! サナティス教もよ! 皆、どうかしてる!


「ああ、首輪を付けたレシアちゃん、最強に可愛いです♡ 愛しています」


 うっとりと目に焼き付けている私のフレイア大概シスコンだった。うずうずしている、サナティスが退いたらすぐに抱き付いてきそうだ……。元々、やたら姉妹との触れあいを望んだり、その気はあったけれど、ディープなキスを交わしてから、タガが外れてしまったらしい。

 もう笑うしかないわね。


「キャッハハハ!」

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