いよいよ神殿へ
いよいよ神殿へ。
ってなわけで乗り込んだ馬車にて。
「サナ、大丈夫かな……?」
「まあ、女神だし、平気でしょ。たぶん」
「もしかしたら、敵、つまり悪の手先がこちらへと降臨しようとしている女神様の邪魔をしているのかもしれません」
ルルカが不安を煽るようなことを言う。
「まさかそんなことないとは思うけど……」
そう言う私は、ルルカの語る可能性を否定したかったのかもしれない。
「いや、十分あり得るわ。もし、そうだった場合は撤退も視野に入れましょう」
逃げ腰の私に対して、お姉ちゃんはルルカの言う可能性の一つをしっかり聞き入れた。やっぱりお姉ちゃんは凄い。
「すぅー、すぅー」
コリンはぐっすりと眠っていた。よっぽど疲れていたのかルルカに寄りかかっている。ルルカは特に文句は言わない。分かりきったことだけど、ルルカっていい娘だしね。
ちなみに並びはお姉ちゃんとコリンがサイドでお姉ちゃんの隣が私、そしてコリンの隣がルルカ、つまり私とルルカが隣り合っている。ちなみに例の寡黙な護衛の娘、セリファーも乗っている。
「ご主人様」
ルルカがこっちを見た。
「なに……?」
ご主人様は事実なのでわざわざ直さなかった。私が、ルルカの主人なんだという自覚を持つためにも。
「ご主人様はこの中だと比較的大人しいんですね。私、ご主人様のこと嫌いじゃありませんよ。これから仲間としてもよろしくお願いしますね」
そう言って、ルルカは微笑んだ。
「うん……」
ルルカの言葉は私の心に染み入っていった。
いい娘すぎる……。やっぱり数百年、下手すると数千年生きているだけのことはあるね、いや年数は関係ないのかも……。
私はルルカを思わず抱き締めた。
「ご主人様……苦しいです……」
「ごめん」
ちょっと緩めるとルルカはうっとりと私の髪を撫でてくれた。
「これから如何なる苦難があろうと、頑張りましょうね」
「うん」
「実兎を取らないで! 私のよ!」
空気を読んで黙っていたと思われるお姉ちゃんがたまらずと言った様子で声をあげる。
「ふふん。ご主人様は私のご主人様です」
ルルカは意地悪な顔をして、お姉ちゃんを見る。
「なにをー! 実兎はね。私のただ一人の妹なのよ!」
「ふふふ」
ルルカが吹き出す。
「え?」
お姉ちゃんは目をぱちくりし戸惑った。
「ルルカにからかわれたんだよ。お姉ちゃんったらムキになっちゃって」
私はルルカを解放し。お姉ちゃんにそう教えてあげた。
「わかってるよ。私は『お姉ちゃんの』なんだよね」
続けてお姉ちゃんのすべすべの太腿に触れながら顔を近づけて、意地悪を言った。
「やめて恥ずかしい……」
それを聞いたお姉ちゃんは顔を真っ赤に染めて俯く。
「お姉ちゃんったら赤くなっちゃって、かわいい」
私はチュッと頬にキスをしてトドメをさした。
「み、実兎!?」
お姉ちゃんは頬を抑える。
「さっきのお返し」
私はそう言って――恥ずかしくなった。私ったら何を……。
「あのう……私も居るのですが……」
ルルカが自分の存在を示す。
「じゃあ3Pしよっか」
「それもいいね。――あっ、今のなし。――何を言い出すのかな、お姉ちゃん……」
お姉ちゃんがこういうこと言うときは、冗談に見せかけて、結構本気だったりするから困る……。
「確かに私は性奴隷ではありませんが……、ご主人様とユヅキ様とならいいかもしれませんね……」
ルルカまで参戦しようとし、いよいよ収集つかなくなるかと思われたその時――、
「私も居れてーはぶらないで。――あっ、ごめんねー、ルルカちゃん、涎垂らしちゃってー」
コリンが起きた。
「――ッ! コリン様!! 人の服を涎まみれにして!」
仏の顔もなんとやら、さすがにこれには、瞬間奮闘。
ルルカがコリンの胸部へと掴みかかった。
それに加えて大事な服なんだろうし、気持ちはわかる。
「ちょっ! ルルカちゃん!?」
コリンがうろたえる。
「お仕置きです!」
ルルカがコリンの胸を揉みまくる。
「んっ、変な声出ちゃう……やめて」
口元を片手で隠しながら、頬を紅潮させて色っぽく耐えるコリン。
「凄く柔らかいですね……」
うっとりと、惚けた様子で呟くルルカ。
これはまずいかも……。
「ちょっ、ルルカ、ストップ」
お姉ちゃんが慌てて止めた。
「なんで止めるのですか? 私を汚した罰なのに」
「なんでって……そういうのは後でやって頂戴。これから戦闘があるかもしれないのに、気を緩めすぎるのはよくないわ」
「確かにそうですね……」
「そうだよー。ルルカちゃんのエッチー!」
「なにを言うのですか! やはりお仕置きが必要ですね!」
ルルカが再びおっぱじめようとする。
「だからやめなさいって!」
お姉ちゃんのお叱りが馬車内に響き渡った。
――そんなこんなで馬車は神殿へと私たちを運んでいく。なお、前回のように旧ミネスト領付近でゴブリンが襲撃してくることもなかった。
ただ、途中、門で兵士から、昨夜この門でレシア王女とその臣下であるウェンディンとローブ被った謎の襲撃者(おそらくローゼフ)が暴れたことを聞いた。謎の襲撃者は赤色のシルエットの謎の薬剤を噴射する異様な武器で暴れたらしい。薬剤見せてもらったけど、こりゃあ消火器だと私たち姉妹は仰天した。
「消火器って何ー?」
「私たちの世界での、家事が起こった時に火を消すための道具よ」
「異世界の物品を召喚して使うとは……、嫌な相手ですね……」
「この世界に生まれた誇りはないのかー、ってなるよねー」
「勇者召喚とか普通にやってて何を今更って話ですが……」
「ルルカちゃん、それ言ったらおしまいだよー」
てなやり取りがあったとさ。
「そろそろ着く頃合いよね」
時間の経過的に判断したのか、お姉ちゃんが呟いた。
「そうだねー、みんな起きてるー?」
コリンが同意して、みんなの顔を順繰りと見まわしながら、問いかける。
「うん、私は起きてる。ルルカは寝てるね……、起こすよ」
頷いた私は、私の膝の上でぐっすり寝ているルルカを揺さぶる。
「んぅ……、ご主人様、もう朝ですか……?」
「もうすぐ女神様と御対面するのに呑気だねー、ルルカちゃんは」
「まあ、いいんじゃない? 変に気張るよりかは、ずっとね、サナもその方が接しやすいだろうし、喜ぶわ、きっとね」
「面目次第もございません……。長く生きると、眠くなりやすいのです……」
「まあ、ルルカちゃん。ババアだしねー」
コリンったら、すぐにそうやって、ルルカをババア呼ばわりする……。
「なんですと!?」
ルルカが噛みつこうとでもいうのか大きく口を開いて、コリンに向かった。
しかし、ペチンッという小気味いい音――お姉ちゃんがルルカにデコピンし、それを阻止する。
「ふぎゃあ!?」
ルルカは頭を抑え、身悶える。
同時に空いた方の手でコリンのおっぱいを鷲掴みする。
「突然の鷲掴みー!?」
「ルルカ、ストップ。コリンもそれ以上挑発するなら、おっぱいもいじゃうわよ? 別にお尻ペンペンでも構わないけど? もちろん直で」
お姉ちゃんはそんなことをいいながら、もう片方の手までを動員し、コリンのおっぱいにこめる力を高めた。
「ふわぁ!? ちょっと待ってー!? ご、ごめんなさーい。ユヅキちゃん、やめてー……涎が垂れるー……」
「ちょっと、涎がかかるじゃない……! えっ、心臓が滅茶苦茶動いてる!? 顔も上気して……――はっ! まさか!? コリン興奮してるの!? これじゃあ、罰のつもりがご褒美じゃない!! でも、これ柔らかくて……いい揉み心地かも……ねぇ、コリン? キス、しない――」
なにやら、入り込んでしまいそうな、お姉ちゃん――ちょっ、待ってぇ!
「お姉ちゃん!? もうすぐ着くんだよね!? 盛っちゃダメだよ! ストップ、ストップ!」
私は慌ててお姉ちゃんの両手を止めた。
「お星様が幾つか、くるくると軌道しているのが、見えます……」
ルルカは目を回していた。
「ううん……。危うくコリンとあんなことやこんなことをしそうになったわ……」
気を取り直したお姉ちゃんが頭に手を当てながら、そう呟いた。
「もう、ユヅキちゃんったらー……私はいつでもいいけどー……、そういうのは時と場所をー……」
――てか、いいんかい!?
コリンの言葉に私は思わず、心の中で突っ込んでしまった。
「あら、そう……?」
お姉ちゃんはコリンのそんな言葉にちょっと揺さぶられた。
「お姉ちゃんダメだよ!」
「ご主人様と契っているのに浮気ですか! ユヅキ様!?」
『契ってない!?』
私たち姉妹の声がハモった。
「えっ!? 契ってないなら私にもチャンスが!?」
「ちょっ、ルルカちゃん、抜け駆け禁止だよー! ミウちゃんは、私も狙ってるんだからー!」
「何言ってるの!? コリン、ルルカ!」
「ああ、もううるさーい! そろそろ着くかもしれないのよ!」
お姉ちゃんが足を馬車の底板にバーンした。お姉ちゃん除く私たち三人は肩を跳ねさせる。ちなみにお姉ちゃんは、もちろん馬車が傷付かないように加減していた。
『ごめんなさい』
お姉ちゃんの有無を言わさぬ迫力に、みんなで謝った。直後、なんで謝ることになったんだろ、という意見を視線で共有する私たち。
「全くもうコリンとルルカは……仲が良いのか悪いのか……ともかく言い争いしないの……なんであなたたちはそうすぐ喧嘩をするのかしら……?」
お姉ちゃんが頭を抱えたその時――。
「な、なんだあの高密度な邪気は!」
「神殿が闇に包まれているだって!?」
「こんなことあり得ねえだろ!」
「だが、現に起こってるじゃないか!」
「こんなんいったいどうすればいいんだよ!」
そんな大声が聞こえた。皆が皆、狼狽えてる。ただならぬ様相だ。
「え! え!? いったい何が起こっているの!?」
お姉ちゃんが狼狽した。
「落ち着いてくださいユヅキ様、確認しましょう」
「とりあえず外に出るよー!」
コリンの言葉に、みんなで慌てて外に出ると、紫色に染まる空。そして、神殿の周囲を包囲するかのように、またしてもゴブリンがいっぱいいた。――いや、この表現では少々語弊があるだろう。なので、改めて表現をする。――神殿の周りにはゴブリンが
「嘆かわしいことだねー、神殿の周りにゴブリンが湧くなんてねー」
とはコリンの呟き。口調はいつも通りだったが、語気や表情には感情が出ていた。不愉快そうだ。
私たち姉妹も、遅まきながらコリンがこんな表情をしてしまうくらいに大事なのだと理解する。この世界のことをまだあまり知らない私たちは、神殿の周りにゴブリンが湧くのも日常茶飯事なのかと思っていたから、意外だった。
「そうですね……女神様の神殿の周りにゴブリンが湧くなど、一体どうなっているのやら」
ルルカは眉をひそめた。
お姉ちゃんが意見する。
「悪の手先に類する者の陰謀なのかもしれないわね……」
「陰謀って……?」
私は首をかしげた。
「無くはないよねー。だって、ゴブリンが女神の威光そのものである神殿の周りにまで恐れず来るなんて、何者かの手引きがあったとしか思えないもん」
思い当たる節がないわけでもない。
「もしかして、レシア王女の仕業?」
「レシア王女って巷で頓痴気姫と呼ばれているあのレシア王女ですか?」
ルルカも知ってるようだった。
「あちゃー、またやらかしちゃったみたいだねー」
「神殿をこんな風にするのはやりすぎでは……」
「本人曰く、フレイア王女に手ずから毒を盛ったくらいだし、これくらいやるよー」
「えぇ……」
ルルカもドン引き。
「早いうちにわからせなきゃ」
私は決意を新たにした。ホブゴブリンによって、お姉ちゃんを怖い目に合わせたのを根に持っているのもある。
「しかし品がないわね……」
ゴブリンを見ながらお姉ちゃんが呟いた。
ゴブリンは、焚き火を着けて肉を焼いていた。そこまではいい。兎と思われる肉にかぶりついていたのも、お下品といえなくはないけど、よしとする。
だけど……、神殿に放尿は論外だった。
「全くもって不愉快です」
腕を組んでムスッとするルルカ。
「待ってくれ!」
――っ!!
ビクリとする。大声が聞こえた。
またホブゴブリンが私たちの間近に現れたのかと思って、一瞬周囲を確認しちゃった……、心臓に悪い。
と、そこで、不味いことに気づく、ゴブリンたちに気配探知されたんじゃという不安がよぎった。
確認すると、ゴブリンたちは変わらずどんちゃん騒ぎしてた。
私は胸を撫で下ろす。
「良かった……。ゴブリンたちには気付かれなかったようだね」
「いや、魔法か何かで声の届く範囲を限定しているのかもしれないわ」
「その通りだよー、よくわかったねー、彼処がちょっとモヤモヤッとしてるでしょー?」
得意気に答えるコリン。
対してお姉ちゃんは既に意識を別のところに向けていた。
「ゼファー?」
お姉ちゃんが呟いた。
どうやら、私たちが降りたのとは、別の馬車の方で、何か揉めているようだ。
「俺は行くぞ!! もう、我慢ならん!」
「――まだ準備が……」
眼鏡をかけた博士っぽい少年姿のネコミミがゼファーの肩を掴み引き止める。
「あっ、二ノ君だー」
「ニノ君?」
お姉ちゃんが誰? って顔をして聞く。
曰く、声に聞き覚えがあるらしい。
「そう。猫人族の女の子なの」
「女の子?」
私は首を傾げる。どちらかというと、男の娘みたいな出で立ちだった。
「あの方、猫又ですよ。私には分かります」
同じく狐人族に成り済ましていたからか、妖怪同士だからか、ルルカには分かるらしい。
「みたいだけど、内緒なんだー。しーだよ」
コリンは知っていたみたい。
するとルルカが眉をピクリと動かし――、
「内緒? つまり一部に情報共有はなされていると……。猫又は凶暴ともいわれる妖怪ですし、監視とかされています?」
やたら鋭い指摘をする。
そう考え付くのは、他人事ではないからか。
「まあ、そうだねー。ニノ君は大人しい性格みたいだけれどね」
「悪さしたら即退治とかありえそうですね……」
「まっさかー。妖怪とはいえ、一応は国民なんだよー? 教皇様と国王様の判断をあおぐに決まってるじゃん」
「それはそうですね……。我々としても、悪さしたなら退治されても文句は言えません。というか彼女、この国で妖怪になったんですか?」
「うん、元は野良だったらしいんだけどねー、ミネスト領が悪の手先に乗っ取られた時に猫又になったらしいのー」
「ほう、まだ若そうですね。羨ましい……」
なんかシリアスな話だった。
にしても、妖狐の次は猫又ときたか。
「しかし猫又ねー。この世界ではよくいる種族なのかしら?」
流石に血を分けた姉妹といったところかシンパシーがほとんど合致しているのかもしれない、私の心の声と連動するようにお姉ちゃんがルルカをチラ見して、コリンに問い掛ける。
ルルカは世相に疎いと判断されたのかな。
不服なのか、頬を膨らませている。
コリンが答える。
「ううん、レアだね」
ルルカがここぞとばかりに補足する。
「個体数は限られていますね。たとえば、妖狐は長寿なのもあり、のんびりと生活したい者が多いので、今も俗世を離れて隠遁めいた暮らしをしていて、人里離れた山地等に小さな集落があるかもしれないくらいで、なかなか増えないんですよ」
つまるところ、異端児ルルカはたまたま活発な性格で、あちこち動き回り、人里に降りたり、奴隷ごっこをしたりして遊んでいるとのことらしいね。
「なるほどね。猫又も概ね同様ってことね」
「猫又の場合はちょっと違いますね。あまり群れることなく、皆自由に色々やっています。凶暴だったり、マイペースで気まぐれだったりする者が多く、私のところにも度々喧嘩売りに来て、かなり面倒くさかったですね。正直、苦手です」
「ニノ君は猫又の中では大人しい性格だから多分大丈夫だよー」
コリンがすかさずフォローを入れた。
「そうでしょうか……」
ルルカは困り顔だ。猫又の凶暴性を目にしたのか、いまいち信用しきれないらしい。
ルルカが「ともあれ」と話題を換える。
「ニノは、妖怪なのに教会に属しているんでしょうか?」
ルルカはそれを疑問に思っているご様子。
確かに、下手すると成敗される側となるかもしれない。
「ううん、流石に属してないよー。信心深いってわけじゃなかったからねー。けどねー、知識人として活躍していたらしくて、教皇様に実力を買われてね、アドバイザー的な立ち位置なのー」
なるほど? 軍師的なこともしていると。
と、そこでルルカはコリンを訝しげに見て、
「というより、貴女何者なんですか? さっきからやけに詳しいですよね?」
「知りたいー?」
「はい。少しは気になります。豪邸といい」
「王族の人とも見知った仲っぽかったわね」
お姉ちゃんも会話に横入りした。コリンの立場気になるよね。
「さあーねー。立場が奴隷であるルルカちゃんには教えてあげられませーん!」
「奴隷の身分が仇となりました!」
「私には?」
「まだ秘密ー! 女の子には秘密があるのー」
「えー」
と、そこで、男の怒鳴り声が聞こえ、会話を中断する。
「うるせえ! 準備など、知るか! サナティス様の神殿が汚されてるんだ! 放っておけるか!」
「先走るな! ゼファー」
怒り狂ったチャラ男が、ニノを突き飛ばし、先走った。
「俺らもお供しますぜ!」
チャラ男に従うように何人かはついていってしまう。
調子づいたチャラ男は、
「いくぞ! 女神の僕なる俺らの恐ろしさを神聖なる神殿を荒らす畜生どもに思い知らせてやろうぜ!」
などと号令を掛け、そのままゴブリンの群れのもとに無策で突撃していってしまった。
慌てたニノだったけど、教会の騎士隊も陣形を組み終わったらしく。なんとかなりそうだった。
「あーあ、いっちゃったねー……」
コリンは呆れたようにそう言った。
「ゴブリンかぁ……、嫌な思い出が蘇るわね……」
ホブゴブリンとの出来事を思い出したのか、遠い目をするお姉ちゃん。
そんな中、私は、ゴブリンの違和感に気づいた。
「それにしても、一部、他のゴブリンとは様子が違うのが……」
呟くと、
「そりゃそうだよ。職持ちってやつだねー、あれはー」
職業に付いていて、普通のゴブリンよりもちょっと過激なんだよー、となんてことないように言うコリン。
「なにそれ大丈夫なの?」
お姉ちゃんが問う。
「大丈夫って何がー?」
こんな状況なのに緊張感も切迫感もなく、落ち着いた様子のコリンを、お姉ちゃんは軽く睨みつけ――、
「……何がって、その職持ちとかいうのがよ」
「うーん、大丈夫だよー、きっと、騎士団が何とかしてくれるよー、作戦は台無しになったけど、士気は高めのようだしねー。なにせ、サナティス様の祀られた神殿が荒らされてるんだもんねー」
この程度の危機なんぞどうってことないよ、という風にそう答えるコリンに、
「人任せな……」
お姉ちゃんは肩を竦めてぼやいた。
「でもなんか嫌な感じだねー」
コリンが不満げな様子で言った。神殿が荒らされているということに思うところでもあるのかな。もちろん、私もいい気持ちはしない。お姉ちゃんもそうだろう。サナティスこと、サナは大事な友人だし。
「ええ、全くです。なのでコリン様一時停戦といきましょう――」
ルルカがすぐさま賛同し、停戦を申し付けた。でも、コリンは、ぼーっとした表情で――、
「私たち別に争ってはいないよねー?」
「――あの不届きものたちを滅するのです!」
ルルカはぴしゃりと言い放った。コリンを無視して。
「う、うん……」
コリン頷く。
煮え切らないコリン。ルルカから表情消える。
「コリン様?」
声にドスが効いていた。
「ルルカちゃんに賛成一票ー」
コリンは冷や汗を垂らした。
「もちろん私も戦うよー」
「話しているうちにも兵士さんが戦っているわ」
「騎士さんだと思うよ。お姉ちゃん」
冷静に指摘。たとえゴブリンが湧こうとも慌てず騒がず冷静沈着、平常心……。しかし、心臓バックバックだった。
「どうでもいいでしょそんなことは」
「どうでもよくないと思うな」
「そうですよ。ミウ様の言う通りです」
ルルカが加勢してくれる。
そんな私たちを放置して、お姉ちゃんが――、
「くっちゃべってないで早く加勢しましょう」
4人組の先陣を切った。私たちも慌てて追いかける。
「待ってよ、お姉ちゃん」
「いいえ、待たないわ。事態は一刻を争うのよ」
「ゼファーに先を越されちゃったのも悔しいしねー、じゃんじゃん斬り倒していこう!」
『お、おお……』
コリンの号令は合わせづらかった。
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