淡白なので、これ以上求めないでください

里見 知美

別れ話は淡々と

「あのさ。俺たちもう別れようか」


 その日の朝早く、仕事に行く前に呼び出されて、行きつけのカフェでコーヒーとエッグサンドを注文したところで、誠司くんがそう告げた。


「……そう。しょうがないね」

「しょうがないねって、もっと引き留めたりしないのかよ」

「引き止めるったって、私が嫌になったから別れたいんでしょ」

「嫌いなわけじゃないよ。だけど、ゆかりは淡白すぎなんだよ」


 運ばれてきたカフェオレを啜り、誠司くんは眉を顰める。猫舌だから、きっと熱すぎたんだろうなと自分のブラックコーヒを口に含んだ。


「気まぐれ貴族」のコーヒーは、店長が選んだその日の豆で出される。ここ数年、頻繁に通う店だが、いつ何を飲んでも美味しい。誠司くんはカフェオレに砂糖を三つ入れて、しばらく置いてから飲むのが常だった。今日のコーヒーはグァテマラ産の豆で深みのある味だから、彼はきっと好きではない。案の定、カップを置いてサイドに押しやった。


「男にとってさあ、セックスってめっちゃ大事なわけ。お前、なんか全然感じてないみたいだし、どうやっても喜ばないしさ。やりがい無いんだよ」


 ああ。朝っぱらから、またその話。年がら年中、盛りのついた猿かと呆れる。


 誠司くんと私は、付き合って一年と三ヶ月になる。初日からヤらせろ、ヤらせろとうるさくて、引き伸ばしに引き伸ばして、付き合い始めて八ヶ月目ごろに、襲われるように体の関係を持った。貪るようにキスをされて、剥ぎ取るように服を脱がせ、飢えた動物のように後ろからガツガツと攻められた。その割にあっけなく終了して「本当は俺が欲しかったくせに、お前が焦らすからこうなったんだ。自覚しろ」と言われて興醒めした。


 彼が初めてでは無いけれど、過去の人もだいたい似たようなもので、痛いばかりで全然気持ちが良くなかった。そもそもこっちがその気じゃ無いのに、いいだろってところ構わず襲いかかってくるし、会うたびにヤらせろじゃ会う気も失せる。夜中だろうと生理中だろうとシたくなったらウチに来て、ダメだとわかると怒って帰っていくような男に、こっちは百年の恋も覚める思いだ。最後に顔を合わせたのは、確か十日ほど前。


 それでも付き合っていたのは、それなりに想っていたからなのか、単なる惰性なのか。


「……それじゃあしょうがないよね。他にいい人見つけて」

「だからさあ!そこなんだよ。そういう態度スッゲー冷める」


 私の方はとっくに冷めてるって。


 以前別れようって話になった時、一応悪いとこがあったなら直す、と言って話し合ったことがあった。その時も「もっとセックスしたい」誠司くんと「セックスばかりじゃなくて、もっと出かけたり話したりしたい」と言った私がいて、歩み寄ろうということになったはずだったのに、結果、歩み寄ったのは私ばかりで彼の方は変わらずだった。彼は本より映画、サスペンスよりアクション、和食より洋食、インドアよりアウトドアで、共通点が全くないのが致命的だった。


 だからもう終わりにしたい。そんなにセックスがしたいのなら、同じような考えをする女の子を見つけてほしい。


「はあ、もういいよ。俺、さくらちゃんと付き合う事にしたわ」

「さくらちゃん?」

「そ。同じオフィスビルの受付の子。モデル並みに可愛い子でさ。おっぱいでかいし、口でもいかせてくれるし。ずっとアピールされてたんだけど、彼女いるからって断ってたんだ。でももういい。お前もそれでいいよな?」


 ニヤニヤと私の顔色を窺いながらいう誠司くんだったけど、わかってる。そういう顔をする時、この人は私が嫉妬したり悲しんだりする顔をするのを待っているのだ。お前もそれでいいよなって、すでに体の関係持ってるんじゃん。私は俯いて微笑み、コーヒーを口に含んだ。はあ、落ち着く。


「そう。もう次がいるなら、よかったじゃない」

「……っ。それでお前はいいのかよ」

「いいよ、別に。その人と仲良くね」


 そう言って私はエッグサンドにかぶりつき、コーヒーを飲んだ。その間、彼はじっと私を睨みつけて座っていたが最終的には諦めて、大袈裟にため息をついて席を立った。


「ここは俺が出しとくから」

「……別にいいよ。自分の食べた分くらい自分で出すし」

「最後まで可愛げがないのな。わかったよ、じゃあな。お前もいい男が見つかるといいな」

「……そうだね。ありがとう」


 それなりに誠実な男ではあったのだ。ただ体の相性が合わなかっただけで。それでも私はいいかなと思っていたけど、彼はそうではなかった。性格の不一致は性の不一致とは、よく言ったものね。私はセックスをしなくても生きていける女なのだろうな。


 正直、全然興味ないし。




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