第41話 当事者
ずっと他人事だと思っていた。
戦争なんて自分に関係ないと。
⦅人為的に才能を付与されたジーンリッチが生まれたから、自然に生まれた
アキラは以前、そうは言ったが。
本心ではアートレスという集団に帰属意識を持っていなかった。アートレスの中でも底辺の自分から見れば、他のアートレスたちも自分より才能に恵まれた、妬ましい存在。
ジーンリッチたちと変わらない。
だから地球と月、地球連邦とルナリア帝国、アートレスとジーンリッチが戦争を始めても、アキラには雲の上の出来事としか感じられなかった。
勝手にやってろ。
ブランクラフトのパイロットになるという、才能的に届きそうにない目標への努力で精一杯なアキラには、そんなものに構っている余裕はなかった。
ただ、カグヤに会ってから。
また、カグヤが去ってから。
この戦争に
まだ。
自分と直接は関係ないと思っていたのだ。自分とて、この世界で生きる1人。どんな考えでいようと、この世界で起きた戦争と無関係でいられるはず、なかったのに。
⦅世界は個人の事情など顧みることなく動いていく⦆
カグヤもそう言っていたのに。
自分は理解できていなかった。
戦争に友達を殺されて、ようやく自分もこの戦争の当事者だと気づけた。もっと早く気づけていれば、なにか変わっていたかも知れないのに。
今さら気づいても、もう失われた命は取りかえしがつかない。その悔しさと怒りで、アキラは
依然、ジーンリッチの存在が悪だとは思わない。ただ、伯父の作った機体を使って自分の友達を殺した者は……許せない。
だから。
自分はツキノ大尉に担がれた状態で、大尉や艦長たち宇宙戦艦アクベンスの乗員らが燃える町を走りぬけて軍港に戻り、修理が終わって
更衣室でパイロットスーツを着せられ──
先の戦闘で失った左腕や剥がれたアブレータ塗装を元通りに治された愛機、伯父が作ってくれた金色のブランクラフト〘ルシャナーク〙に乗せられたアキラは、機体を歩かせ──
『アキラくん⁉ どこへ行く‼』
同じく格納庫にいるブランクラフト〘
「出撃するために、カタパルトデッキに出ようと」
『君は民間人だぞ⁉ 戦わせるわけないだろう‼』
「⁉」
ゾッとした。
自分が再び愛機に乗るようになったのは、連邦軍がこの機体に秘められたマトリックス・レルムを解析するのを手伝うため。連邦軍に入ったわけではなく、自分は今も民間人。
戦いは軍人の役目。
民間人にはそもそも戦う権利、武力──暴力を行使する資格がない。自己の判断でそれを振るえば基本的には犯罪となる。
正当防衛や緊急避難と認められれば罪には問われず、この状況なら認められるとしても……率先して戦うなど馬鹿なこと。
なのに。
頭に血がのぼって完全に戦う気になっていた。
もう二度と馬鹿なことはしないと誓ったのに。
初めてこの機体に乗った時、カグヤに去られ、自分のせいで人が死んで、そんな極限状態で実機のブランクラフトを、憧れのロボットを与えられ、自分はどうかしてしまった。
この力があればカグヤを取りもどせると彼女を追った結果、敵とはいえ大勢の人を殺しながら、目的は果たせなかった。
それで連邦軍に、このアクベンスに引きとられることになった時、もう自分がブランクラフトを駆ってなにかを成せるなどと考えないよう肝に銘じたのに。
危ないところだった。
ただ、それなら──
「ボクが機体に乗せられた理由は」
『君の身を守るためだ! いいか、これから艦は戦闘になるが、君はここにいろ。外に出れば攻撃される。帝国軍から見ればそれはただの敵機、民間人が乗っていることなど分からないからな』
「で、ですね」
『ここなら君は安全だ。たとえ艦がダメージを受けても、中にあるブランクラフトが大破するほど傷つく確率は極めて低い』
「‼」
それは艦内のダメージを受けた箇所にいた生身の乗員は助からないが、ルシャナークという鎧に守られた自分は助かる──そういう意味だと、アキラは察した。
軍人である自分たちの命より、民間人であるアキラの命を優先して保護する、それがこの艦の乗員たちの意思なのだ。アキラは目頭が熱くなった。
守られてばかりで不甲斐ないが。
みんなの心意気は邪魔できない。
『ただ、艦が沈むことになったら危険を覚悟で外に逃げるしかない。その時は壁に穴を開けてもいいから脱出するんだ。そして敵に狙われる前に、巡航形態で一目散に逃げなさい』
「わ、分かりました!」
それなら今の内に巡航形態になっておいたほうがいいだろう、とアキラは操縦席の右側のレバーを押した。ルシャナークが人型形態から獅子の姿の巡航形態に変形し、四本足を床につく。
『いい子だ……では、わたしたちは出るよ』
『俺たちがサクッとやっつけてくっから、お前は大船に乗ったつもりで安心してろ。てか実際に乗ってるしな、大船‼』
『『『『『『『ハッハッハ!』』』』』』』
「ツキノさん、みなさん」
隊長である大尉の言葉に、いずれも己の心神に乗った飛行科のパイロットたちも軽口を叩く。
だが外にいる敵は──さっき見た、高取山から強奪された機体に乗っているのが前回と同じなら、たった5機で連邦艦隊を艦載機ごと殲滅した、ただでさえジーンリッチで強い帝国軍パイロットの中でも突出した精鋭たち。
自分たちが彼らにやられなかったのは交戦しなかったからだと、他でもないツキノ大尉が言っていた。だからアキラは、恥ずかしがっている場合ではなかった。
「ツキ──お母さん! お気をつけて‼」
『⁉』
「みなさんも! ご無事を祈っています‼」
『ありがとう、ア──アキラ。愛している」
「~ッ、ボクも! 愛してます‼」
『ああ……! 必ず生きて帰る。約束だ──いくぞ野郎ども! ブランクラフト隊、出撃‼』
『『『『『『『『了解‼』』』』』』』』
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