第24話 カグヤの決意
カグヤが大阪の夜景から目を上げると、南天にやや欠けた月が輝いている。
今夜は大阪で大阪城の天守閣から十六夜の月を1人で眺めているが、昨夜は奈良で高取城の天守閣から十五夜の月を
(アキラ……)
遺伝子操作であらゆる才能を付与されて生まれるジーンリッチの中でも最高傑作である自分とは対照的に、自然に生まれたアートレスの中でも特に才能に乏しい哀れな子。
それでも努力しつづけて。
報われずに苦しんでいて。
なのに他者に優しくできる人。
能力は最高でも性格は最低の自分とは大違い。
心から尊敬し……気づけば初恋に落ちていた。
敬愛する叔父を裏切るだけでも苦しいのに彼まで……それでも皇族および帝国軍人の責務を全うするため計画を断行したが。
痛恨のミスをした。
叔父が開発した新型の試作機が高取山の地下に保管してある、とのアキラの発言から調査を進めて、5機の新型の隠し場所を特定するや、すぐに部下たちを呼んでしまった。
5機とは別の場所に保管されていた6機目の存在に気づかなかった。もっと入念に探るべきだった。早く叔父とアキラを騙しつづける日々から解放されたくて焦っていた。
それで奪った5機は奪うほどの価値のない、自軍の〘イーニー〙と変わらない性能で、奪いそこねた6機目こそ奪うべき超兵器だったのだから大失態だ。
(また同胞を……死なせた)
潜入する際、連邦に亡命を信じさせるための演技で同僚のパイロットたちを殺した。任務を果たして彼らに報いたかったのに、奪いそこねた6機目にさらに味方のパイロットたちが殺された。
6機目、あの金色の機体に乗っていたのはアキラだ。裏切った自分をそれでも慕って追ってきてくれた。味方が死んだのも、アキラが血で手を染めてしまったのも、自分のせい。
(なにが最高のジーンリッチですか……!)
公私ともに至らない。公人としては、奪った5機が昨夜の海戦を勝利に導き、日本列島の獲得を決定づけたことで面目が立ったことにされているが。
あれは5機に搭乗した強奪部隊の5名の手柄だ。隊長として彼らに出撃を命じただけの自分のではない。占領地の円滑統治に努めて、改めて自らで挽回したい……
が、認められなかった。
恨めしく月をにらむ。さすがに見えないが、あの中心にある皇城・
銀の長髪に紫の瞳をした美男。
ルナリア帝国軍・総帥。
〘カツラダ・リキ王〙
王とは王国では君主号だが、皇帝を君主に戴くルナリア帝国では意味が異なる。下から〔
月社会で皇族をのぞけば最も偉い人間だが、皇女であるカグヤからすれば臣下。だがその身分の上下は軍内では通用しない。
総帥は帝国軍のトップ。カグヤは軍人としては彼の部下、その命令には逆らえない。日本占領後に交わした通信での彼のすまし顔が思いだされる。
⦅姫の責任感の強さに敬服いたします⦆
⦅なれど、危険な潜入任務に就かれていた姫のことを臣民はみな案じているのです⦆
⦅ここは姫の指揮する部隊が日本獲得に大いに貢献されたことでよしとして、大手を振って本国に凱旋され、人々を安心させてはくださいませぬか⦆
人心を慰撫するのも皇族の務め。
カグヤも彼の主張に異論はない。
ただ──
⦅姫が月へと戻られているあいだ姫の部隊は地球に残り、ハワイ攻略作戦に従事していただきます。隊員から隊長代理を推挙なさってください⦆
⦅では、クラモチ公爵を……次はハワイ、ですか?⦆
⦅ええ、聡明なる姫にはその意義がお分かりかと存じますが⦆
──などと。
表面上は臣下の礼を取りながら、こちらを試すような上からの物言いをしてくるのが不愉快で、カグヤは総帥を嫌っていた。
それだけなら、問題ないが。
それだけでは、なくなった。
⦅我が国がこれまでに獲得したオーストラリア大陸、マレー諸島、日本列島──この南北に広がる版図を連邦に奪還されぬよう防衛する上で、東からの攻撃を防ぐ防波堤になりますね⦆
⦅左様、東の連邦領・南北アメリカ大陸とのあいだに広がる太平洋の中心ハワイに戦力を置けば、攻めるにも守るにも有利⦆
⦅攻めるのですか?⦆
⦅そうです。東ではハワイを足掛かりに南北アメリカへと侵攻、西ではユーラシア大陸東部へと上陸し──最終的には地球全土を我らの手に。無論、静止軌道上のスペースコロニー全ても!⦆
⦅それでは……連邦から我ら帝国が独立したため二分された世界を、帝国のもとに再統一されるおつもりですか、総帥は⦆
⦅軍人たるわたしの意思ではありません。文民による最高評議会の決定……すなわち国民の総意です⦆
まだ月の将兵に犠牲を強いるのか。
死者の遺族に悲しみを強いるのか。
カグヤが知る限り、この戦争における帝国の目標は地球側のスペースコロニー
昨夜の日本征服でそれを達成したから終戦は近いと思っていたのに。自分が地球に潜入しているあいだに評議会の方針が変わったのか。
総帥はああ言っていたが、やはり彼の──軍部の暴走なのかも知れない。どちらにせよ月に戻って評議員たちの意向を確認しなくては。
そして平和路線に変えさせる。
地球連邦を存続させるように。
連邦は必要だ、アキラが夢を叶えてパイロットとして生きていくために。全世界がルナリア帝国となれば、その統治下では職業は遺伝子による適性──才能で決められる。
どの才能にも乏しいアキラは処分される恐れさえある、それを阻止できたとしてもパイロットになるまでは無理だ。
あの6機目で凄まじい強さを見せたアキラだが、それが機体の性能のお陰ではなく、実は彼の遺伝子に自分も見抜けなかった操縦適性があった、などでない限りは。
私人としてアキラのために戦争をとめる。
公人として月人のためにも戦争をとめる。
カグヤの心は決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます