第15話 天翔ける獅子

 アキラはパイロットスーツに着替えた。


 放射線を遮蔽する素材で作られた、空気の漏れる隙間なく全身を覆う一体型のスーツ。首から上は透明な球形ヘルメットになっている。装着者が窒息しないよう背中には空気タンクがある。


 この宇宙服としての機能は大気中にいる今は不要だが、宇宙時代となった現在のパイロットスーツはみなこうなっている。



(これを着る日を夢見てた)



 サイズはぴったり。伯父サカキが自分のために作らせ、この隠し部屋に保管していたものだった。なにからなにまで、ありがたい。


 そして伯父が自分のために作ってくれた頭頂高16mの機械じかけの巨人、胸に獅子頭を持つ金色のブランクラフト〘ルシャナーク〙の足下に立つ。



 ウィーン



 スーツの左腕部にあるパネルのスイッチを押すと、ルシャナークの下腹部の前に張りでた縦長のパーツの中から、一回り小さい円筒がワイヤーで吊られて降りてくる。


 エレベーターだ。


 床まで降りるとその前方の扉が開き、アキラは中に乗りこんだ。壁の操作盤で△ボタンを押すとワイヤーが巻きとられ円筒が昇りだす。昇りきると今度は後方の扉が開き、円筒から出る。


 機体両脚の付根の関節のあいだ。


 1人分の横幅しかない狭い部屋。


 そこはエアロックだった。


 真空の宇宙では空気の満ちたコクピットと外のあいだに扉1枚しかないと、扉を開けた時に空気が外に抜けてしまう。それを防ぐためコクピットと出入口のあいだに設けられる空間。


 閉めきってからエアロック内の空気をタンクに吸いこめば、機内に蓄えた貴重な空気が宇宙に漏れずに済む。これがあるということはコクピットは空気を満たす与圧式ということ。


 一般的なブランクラフトではコクピットは透明キャノピーの蓋1枚でしか外と隔てられていない。空気を入れても出入りする時に抜けてしまうので、そもそも宇宙では空気を入れずに用いる。


 与圧式は珍しい。


 空気のないコクピットでは宇宙服のヘルメットを外すことができない。ないよりあるほうが居住性はいいに決まっている。伯父の心遣いを感じ、アキラは嬉しかった。



 ウィーン



 壁の▽ボタンを押すとエアロックの奥の天井の扉が開き、上階から伸縮レールに吊られた座席が降りてくる。着席し、6点式シートベルトを締め、壁の△ボタンを押す。



 ウィーン



 アキラは座席ごと天井の穴へと引きこまれ、足下で扉が閉まった。ここがコクピット。機体腹部にあり、一般的なそれと違って外からは見えない内蔵式の。


 直径150㎝ほどの球状の空間だった。


 座席の両脇にスティックとレバーがそれぞれ左右一対。足下にペダルが左右一対。正面にコンソールパネル、そこの起動スイッチを押すと、内壁の全周モニターが点灯した。


 家にあるフライトシミュレーターそっくりだが、モニターに映しだされた格納庫の景色は虚構のCGではなく現実の、機体頭部の各方位にあるカメラの映像を合成したもの。


 正面に伯父の姿が見えた。


 格納庫の壁に貼られたガラス板の向こう、管制室にいる。そこから通信が来て、ヘルメットのスピーカーを震わせた。



『アキラ、準備はいいかい』


「はい!」


『よし、扉を開くぞ』



 バシャッ、バシャッ、バシャッ──頭上で格納庫の天井の扉が開いた。その上にあった扉も、さらにその上にあった扉も──そうして何階分もの扉が全て開くと、四角く切りとられた星空が。



『では……気をつけてな』


「はい。伯母さんにも〝お元気で〟と」


『ああ、伝えとくよ』


「ありがとう──いってきます!」


『ああ。いっておいで』



 ガシャッ! ルシャナークの立つ足場が周囲の床から切りはなされ、エレベーターとなって壁のレールに沿って上昇を始める。ぐんぐんと、幾つもの穴をくぐりぬけ──ガシャン!


 停止。視界が開けた。


 背後にオレンジの光。


 アキラがコクピット内で振りむくと、山が炎に包まれている。ここは高取山の南麓らしい。伯母と住んでいた家のある北麓とは逆。伯母は避難したとのことだが、家が無事かは分からない。



(たとえ無事でも、きっと、もう帰れない)



 小学校を卒業する直前に両親に死なれて、引きとられてからの1年半。幸せだった日々を振りはらい、アキラは左レバーを前に押し、推進器の出力をMAXにした。



 クイッ──ググッ!



 左手を左スティックに移して小指トリガーを引いて〔下降〕を指示、ルシャナークが膝を曲げて体をかがめる。


 今度は人差指トリガーを引いて〔上昇〕を指示、ルシャナークが低い姿勢から伸びあがるのに合わせて左右のペダルを限界まで踏みこみ、機体両脚の推進器を全開で噴かせる!



 バッ──ゴォッ‼



 脚力による跳躍と、足裏の推進器ノズルから放出したプラズマジェットの反作用の合力によって、ルシャナークは真上へと飛びあがった。一気に山頂を見下ろす高さへ!



「チェンジ、ライオン‼」



 右レバーを前へと押しだし変形を指示。他機種では戦闘機となる巡航形態へと、だがルシャナークのそれは全く異なる。


 胸の獅子頭がせりあがってたてがみの中に人型の頭部を隠す。それぞれ鋭い爪の生えた肘パッドが手に、膝パッドが足に移動して、人型の両腕両脚が獣の四脚になる──青き鬣の、黄金の獅子。



「さぁ行こう、ルシャナーク‼」



 アキラが左スティックを前に倒すと、ルシャナークは人型の時から背中にあって畳まれていた板状の可変翼を左右に広げ、足裏の推進器を後方へ噴射した。


 全速前進!


 右スティックの傾きとペダルの左右互い違いの前後運動で舵を取り、針路を満月の輝く南の空へ、カグヤの去った方角へ取る。燃える高取山を背にアキラは、愛する少女を求めて飛びたった。







 一方、そのころ──


 日本列島の南方の海では、南からやってきたルナリア帝国軍の艦隊と、それを迎撃するべく日本とその周辺の基地から集結した地球連邦軍の艦隊による戦闘が始まっていた。


 その帝国艦隊の後方、旗艦である空母航空母艦に5機のブランクラフト──潜入部隊が高取山の地下から強奪して操縦してきた、タケウチ・サカキが開発した連邦軍の新型──が着艦。


 連邦に偽りの亡命をして強奪を手引きし、その1機に同乗して脱出してきたカグヤは、格納庫にて5機のコンピューターから吸いだされた設計図や制御AIのデータを見て、愕然とした。



「ガラクタ……?」

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