略奪者

 ヒトゥリとフィア君が山に行った数時間後、私達はフルードのいるキャンプに行ったわ。

 私、アルベルトさん、それとソリティアさんの3人ね。

 キャンプに着いて、フルードのテントに案内され席に着いた時、まずソリティアさんが異常に気付いた。

 警備の数が少なかったのよ。

 

 普通は貴族や指揮官などの前に部外者を招待する場合は、警備の数を増やして万が一の事態に備える。

 それなのに警備の数はアルベルトが監視して得た情報よりも少なかった。

 不穏な空気を感じ取ってソリティアさんは、アルベルトにこっそり村に戻って様子を見てくるように言った。

 アルベルトがいれば、フルードを捕まえられたかもしれないけど、結論から言えばその判断が功を奏して、襲撃からの生存者の数は増えたのよ。


 後から遅れてやって来たフルードは、私達を見てニヤつきながら席に座った。


「おやおや、ソリティア様……でしたかな。こちらの事情で未開な連邦の寒村に足止めをしてしまって申し訳ありませんな。しかし、それについて話をしに来たのであれば、無駄足です。我々は誇り高き皇国軍の責務を果たしているだけですからな」


 フルードは控えていた兵士に葉巻を持ってこさせて火をつけた。

 そして机の上のお茶や嗜好品を私達に勧めた。

 思えばここで私達は、この大盤振る舞いを疑うべきだったのね。

 何日になるか分からない潜伏で、兵士達の食料と嗜好品の消費を抑えていなかった。

 それはすぐにでもコルク村を襲って物資を奪うつもりだったからだわ。


「お心遣い感謝致します。高原の澄んだ空気を思わせる良い香り……皇国産のお茶ですのね」


「ほう、分かりますか。流石は王国一の貴族ですな。この茶葉は皇国の一部地域にしか存在しない農園の、限られた葉を職人が熟成させ……」


 ソリティアさんが皇国の事をおだて始めると、フルードは簡単にこちらの思い通りに動いた。

 次から次へと自国の自慢を聞いていもいないのに語り続けたわ。

 後で聞いたんだけど、ああいうのを典型的な皇国民って言うらしいわ。

 私としては少し複雑な気分だけど、あれを見たら今の皇国民が揶揄されるのも納得だわ。


 話が逸れたわね。

 私達の会談……と言うよりもフルードの一方的なお国自慢で、最初の1時間が過ぎた頃、ソリティアさんはフルードが話疲れてきた所で、違う話題に切り替える事で会話が途切れるのを防いだ。


「特に我らが皇帝が居られる帝都から延びる皇帝陸路は人類が大地を制した証、貴女もぜひ一度見てみるとよろしい」


「ええ、モスワ皇国とは商会としても良い関係を築いて行きたいと考えておりますわ。商談の折に伺った際には、拝見させて頂きます」


「ははは、それは素晴らしい! しかし喉が疲れてきましたな、ここで一度……」


「フルード様、その前にお話ししたい事がございますわ。この会談の本題について」


 あの男はしばらく、とぼけたような顔をしてから、ハッと膝を叩いて今気づいたかのように大声を上げた。


「ああぁ! ソリティア様との会話が弾んで、つい忘れる所でした。しかし、さて。本題とはどのような物でしたかな」


 弾んだではなく、実際はフルードが1人で話していたけど。

 会話をするのが私だったら口に出してたわね。

 ソリティアさんの方は慣れた物で、不快な相手にそれをおくびにも出さず、したたかな笑顔のまま口を開いた。


「こちらが知りたいのは、そちらの目的です」


「目的……何を一体。我々の目的など分かり切っているでしょう。負傷した兵士の回復を待ち自国に戻る機会を伺っているだけですよ」


「機会、それは妙ですわね」


 ソリティアさんはそう言って、泳ぐフルードの眼を真正面から捉えた。


「既にコルク村に来てから数日、そちらの兵に行動不能な負傷をしている者は減っている。物資の消費量から推測すると、明らかに数日経てばそちらは物資不足に陥るでしょう。その上、勇者同士の戦いに兵士達が駆り出されているので、敗走兵を追う連邦兵は少ない。しかし、いつかはその少ない兵も、この村に皇国兵が潜んでいる事を突き止めてしまう。つまり……」


「つまり国に戻るにはこの上ない機会だ」


 ソリティアさんはつい感情を露わにし過ぎたのよ。

 17歳という若さ、経験の浅さが仇になったのね。

 

「そう言いたいのだろう? 貴様は」


 いつの間にかフルードの眼は、揺ぎ無くこちらを向いていた。

 フルードは豹変していた。

 尊大ながらも、ある程度の礼儀を弁えた貴族風の男は、粗野で暴力的な戦場の兵士の様な顔をしていたわ。

 私は鞄の中の薬品を掴んで、いざとなればそれを爆破させて、その間にソリティアを連れて逃げようと考えていたけど、それは必要なかった。


「この村は素晴らしい」


 フルードは席に深く腰掛けたまま、兵士に指で何か合図をした。

 兵士はそれに頷くと、私達の後ろへと回り込んでいく。

 それは止めなかった。

 なぜなら、一兵士くらいは指1つでどうにでもできる自信があったから。


「寒村と称してはいたが、しかし確かに数十人程度を賄える土地の豊かさ。山の獣、村の畑、近くの川では皇国では獲れぬ魚まで獲れた。村の外れからは街道に続く道を監視でき、後ろの山を背負っているので、奇襲もされにくい」


「……貴方はこの村を乗っ取るつもりなのでしょう。そんな事が許されると思っているのかしら。マリーさん、計画は変更です。申し訳ありませんが、ここからの脱出を手伝って下さい!」


「待ってました! やっと私の出番ね。口を挟めないからイライラしていたのよ」


 フルードの長話と態度に散々神経を逆なでされていた私は、ひとまずテントの中にいる皇国兵全員を倒す事にしたわ。

 ソリティアさんを連れて魔道具で離脱もできたけど、ちょっとした仕返し。


「『連鎖錬金・分解』」


 テントの中心にあった机を起点に【連鎖錬金】――手に触れた部分に隣接している物質から錬金術の効果を伝える錬金術の一種ね、それを使ってテント内の全員の武装を解除したわ。

 騎士団長のセルティミアさんにやったのと同じ様に、ボロボロに崩壊させたのよ。

 そうしてうろたえる兵士達に、無詠唱で編んだ魔力弾を撃ってやったわ。


「一瞬ね。残るは貴方だけよ」


 無力化された部下を見て腰を抜かすフルードの前に、私は立った。

 フルードは先程までの勇ましさはどこに行ったのか、恐れ、怯えていた。

 この男を人質に取って、ソリティアさんと脱出、そしたら予定通りに村人を集めて防衛戦を始めよう。

 私はそう考えて、フルードに手を伸ばした。


「ま、待て私を殺すと兵達が暴れ……いや、幸運の女神は私に微笑んだ! ククク、あれを見ろ!」


 私の手がフルードの肩に触れそうになった時、フルードは何かを希望を見つけたようで口角を吊り上げながら、私の背後を指した。

 不審に思いながらも、今更抵抗されても問題ないと判断して後ろを見ると、そこにはテントから外を伺えるように窓が開いていた。

 それが一体どうしたのかと聞こうとして、私は見つけてしまった。


「見えるか? あの村の入口の近くでガキの腕を掴んでる男が。あれは私の部下だ。……そうだよ、私はもう手を打っている! 我々【略奪者】はすでに略奪を開始している! さあ、こんな所で私に構っている暇があるのか? 早く行かないと、せっかちな私の部下があのガキを殺すぞ!」


「こいつ――」


 急いで振り返ってフルードを捕まえようとした私の手は、空を切った。

 そこには声を届ける魔道具が落ちていたわ。

 私とソリティアさんが窓の外に気を取られている間に、あの男は私と距離を取っていた。

 距離はたった数m。

 テントから出ようとするフルードを追いかけようとした私を、ソリティアさんが呼び止めた。


「待って、マリーさん! フルードを追うよりも今は村人達の救助を優先して下さい!」


 私は唇を噛んで、テントから出るフルードを見送った。

 それから振り返ってソリティアさんの手を取って、転移の魔道具を使って皇国兵の目の前に転移したわ。

 今まさに子供を斬りつけようとする皇国兵を【分解】して、私はそれから出来る限り、目に付く村人を助けた。

 宿に残ったプラムさんを守る為に戦っていたアルベルトさんの手助けをして、そして村長の家の前で貴方と合流したのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る