村長と少女と少年
コルク村の村長の家は、他の村民の家と大して変わりはなかった。
大きさは一回り大きいが、しかしそれは特徴というほどでもなく、村民に尋ねなければそれが村長の家だとは分からなかっただろう。
「それでわしらの村に滞在したいのですか。構いませんよ、なんにもない村で退屈でしょうが、おもてなしさせて頂きますよ。宿もこちらで用意しましょうか」
「ありがとうございます。ワヌク村長。ですが、宿は既に私の執事が手配しておりますので、お気遣いなく」
ソリティアが村長への挨拶をしていると、部屋の扉の向こうから誰かの視線を感じた。
振り向いてみると、扉に身を隠すようにこちらを覗く少女がいる。
10歳と少しだろうか、歳をとると子供の年齢が全く分からなくなる。
栗色の毛を振り撒く少女は、小さいシャルロの様だった。
「ねえ、お姉さん達は冒険者なの?」
やがて少女はマリーの足元に勢いよく駆け寄ると、笑顔でそう問いかける。
「ええ、そうよ」
マリーがしゃがみ込んで頭を撫でる。
すると、嫌そうな顔をした。
どうやら、そこまで幼い年齢ではないらしい。
「こら、クリエ! お客様に失礼をするんじゃない! ……すいませんな。その子は冒険者になりたいそうで、それで貴女に興味を持ったんでしょう」
「なるほど、元気のいい子なのね」
「そうだよ! 私はいつか冒険者になって、この大陸の全部を見るの! そうしたら見た物を全部本に書いて、私の旅は世界中の人達の憧れになるの! すごいでしょ?」
「それはすごいわ。そうなったら私も、貴女の本にサインを貰わないといけなくなるわね」
マリーが冗談めかして言うと、クリエは息を漏らすように笑った。
そして、家の入口で誰かが訪ねてくる音がすると、そちらを一瞥してから駆け出した。
「ごめんね、お姉さん! フィアが来たみたいだから、行かなくちゃ! 後で冒険の話、聞かせてね!」
しばらくすると外からはしゃいだクリエの、大きな声が聞こえてくる。
「フィアというのはこの村で猟をしている少年です。まだ10ですが、そこらの大人よりも優れた腕をしてて、たまにうちに成果を分けてくれるんですよ……まあ、目的はあの子に会うためでしょうがね」
村長は引き笑いをして、茶を飲んだ。
10歳の子供が狩猟?
この世界ではそれが普通なのか?
「村長、それについて1つ聞きたい事があります」
ソリティアが真剣な眼差しで村長を見つめる。
それに気づいた村長も、茶を置いて背筋を正す。
「いえ、大したことではないのですが……。コルク村は確か、農耕と林業で生計を立てる村だとお聞きしています。しかし、この村で農作業をしている方はおろか、成人を迎えている方をほとんどお見掛けしませんでしたわ」
部屋の中に大きなため息が発生した。
村長の物だ。
「ああ申し訳ない、答えられない質問でも、不快な質問でもないんですよ。ただねえ……。それはわしらも困ってる事なんで」
「困っている? 彼らは一体どちらへ行ったのでしょう?」
村長は席を立ち、窓の外を指し示した。
そこからは村の外の広い丘が、遠くに見えるばかりだった。
「戦争ですよ」
苦々しく一言そう吐いた。
指先は震え、歯は食いしばられていた。
「連邦だか皇国だか、何だか知らないが、わしらは何代も前から、この村で生きてきた。国なんて関係ない。数年前に戦争が始まった時も、わしらは気にせずに自分らの仕事を続けてきました。それなのにある日、連邦の大統領だとか名乗る奴が来てこの村で志願兵を募ったんです。それだけだ。それだけで、この村のいい歳した奴らが男も女も関係なく、『革命だ』『自由だ』などとほざいて仕事や子供をほっぽり出して、戦争に行ったんです」
静かに、村長は怒りを吐露してから、再び席に着いた。
そうして、こう呟いた。
「その上、あんなに小さい子と歳喰った爺を残して逝っちまうんだ……! 何が自由だってんだ」
ああ、この家に入った時クリエと村長以外の生活の跡が、見られなかったのはそのせいか。
この2人で使うには広すぎるテーブルも、おそらくは……。
「それは……嫌な事を答えさせてしまいました。不躾な質問でしたわ、申し訳ありません」
「いいんですよ。ソリティア様に非があるわけじゃ、ないんですから」
しばしの沈黙の後、村長は表情をコロッと変えて手を叩き、おもむろに言った。
「そうだ、皆様この村の事をあまり知らないでしょう。小さな村とはいえ勝手を知らないと不便でしょうから、クリエに村を案内させましょう。ほら、行きましょう」
村長は大きな声でクリエを呼びながら、家の外へ出て行く。
俺達は互いに顔を見合わせて、村長の後に続いた。
「どうしたのおじいちゃん。……えっ、お客様の案内? いいよ! お姉さん達、私がこの村の面白い所とか案内するね! フィア、それじゃまた明日ね!」
「うん……」
俺達が外へ出る頃には既に、説明は終わっていた。
クリエはこちらにやってきて、マリーの手を引いて歩き出す。
俺もその後を追おうとしたが、その前に1人の少年が目に入った。
濃い藍色の獣耳を持つ獣人で、先ほど呼びかけられていた時の名前からして、この子がフィアなのだろう。
村長の家の裏に、獣の死体を持っていこうとしているが、獲物が大きいせいか上手く運べていないようだ。
「ヒトゥリさーん、どうしたんですか? 置いて行っちゃいますよー!」
少し離れた所から声が届く、気付かない間に皆先に進んでしまったようだ。
「すまないプラム、俺はここに残るから先に行ってくれ! ……手伝おうか」
少年の持つ獲物の一部を持つ。
そうすると、フィアはこちらを無感情な瞳で見た後、小さく呟いた。
「別に頼んでないよ」
「そうか、それじゃあ勝手に手伝うぞ」
獲物を運び、裏庭で必要な部分を解体して、要らない部分を埋める。
フィアも俺も黙ったままの時間が続く。
解体作業も終盤に掛かった時、フィアが獣の肉片を1つ俺に渡してくる。
「なんだ、これ?」
「……分け前。手伝った人には与えらえるって、父さんが言ってた」
「そうか、生肉は久しぶりだな」
受け取って口に含むと、肉と薄っすらと血の味がした。
うん、新鮮な肉だ。
王都では食べられないから、本当に久しぶりだ。
眷属の奴らは元気にしてるかな……。
オーガの長は上手く皆をまとめられているだろうか、フェイの修行は順調だろうか。
ふと、感傷から我に返ると、フィアがこちらを見て驚いていた。
「どうした?」
「ふつうは、生で食べない。狩人以外は気持ち悪いって言うから……」
「そうか、俺は昔獣ばかり食べて生きていたからな。特には気にならないんだ」
「そう、なんだ」
フィアはまた無表情に戻り、作業の続きに入ってしまった。
感情がないのかと思っていたけど、そういう訳じゃないんだな。
それから俺はマリー達が帰ってくるまで、フィアと過ごしていた。
ほとんどお互いに会話はしなかったが、仲良くはなったと思う。
滞在中に狩りに連れて行ってもらう約束をした。
その話をマリーにすると、驚かれてこう聞かれた。
「貴方がそうやって他人と関わろうとするなんて珍しいわね。どうして? 相手が子供だから? それとも自分と似ているとでも思った?」
「俺だって他人と関わりたい気分の時くらいある。……まあフィアと関わろうとしたのは、昔の俺と似ているからだけどな」
無感情で人を寄せ付けない態度を取る。
それはまるで聖と出会う前と、別れた後の俺を見ているようだった。
地球に俺を心配する人がいないと言った時、聖に言われたあの言葉『それは君が他人を寄せ付けないような態度をしていたからだろ!』。
フィアと関わっていれば、少しは昔の自分の事が分かるんじゃないか、そう言った聖の感情が分かるんじゃないかと、そう思ったからではある。
「けど、それだけじゃない。俺にはどうもあいつが何かに、挑んでる気がしてな」
そう、まるでHard以上のモードのボスに挑んで勝てずに、日常生活の中でさえ頭の中にそいつと戦っているイメージトレーニングが浸食しているような、そんな雰囲気を感じた。
たった10歳の子供が一体なぜそこまで強大な相手に挑んでいるのか、気になってしまった。
だから俺はつい、あいつの手伝いをしてしまった。
「前に言ってたゲーマーの性ってヤツ? 難儀ね、貴方も。ああ、そうだ。私はクリエちゃんに魔法を教えてあげる事にしたわ。プラムちゃんも学びたいって言うから、ソリティアさんに許可を貰ってきちゃった」
「魔法か、身を護る手段にもなるし、いいんじゃないか。ただクリエの魔力は多くなさそうだが」
俺がそう言うと、マリーは魔道具を取り出した。
また新しい魔道具か。
まるで某青い教育ロボットだな。
「ドラゴンの貴方と比べたら、人間のほとんどは魔力不足でしょ。それに、例えそうだとしても、魔法の知恵があれば魔道具の取り扱いは上手くなるわ。錬金術的にもスキルより知恵の方が大事だという考えが主流だしね」
「やり過ぎるなよ……。まあ、お互いこの村での滞在が暇にはならない程度には、すべきことを見つけたわけだ。護衛の事を忘れないようにしないとな」
俺は宿に入る前にマリーから受け取った魔道具を取り出す。
トランシーバーのような形のこの魔道具は、遠距離からの音を伝えてくれる。
シャルロが誘拐事件の時に使っていた魔道具に似ているが、距離や音質共にこちらの方が上なのは流石は宮廷の錬金術師と言った所か。
さあ明日も早い。
明日のために、必要のない睡眠を今日も取ろう。
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