慣れない下り

 ソリティア、プラム、アルベルト、マリー、そして俺の商会とその護衛達はシルバーウッドを離れて王都への道をさかのぼっていた。

 ソリティアの商談は上手くまとまったようで、馬車には米の入った麻袋が大量に積まれている。

 結局俺はあれから聖と顔を合わす事はなかった。

 聖は翌日には戦線の状況が悪化したようで、あの館を発っていた。

 それから2日間、ソリティアは米の栽培に適した環境を作る魔法陣を学び、俺はあの町で過ごしていたが、特にめぼしい物はなかった。

 

 ただ心の内で次にすべきことにだけ、注意が向いていた。

 俺は元の世界に戻る方法を探す。

 自分のためでなく聖のために。

 そしておそらくだがその方法を探すのは、このエルクス大陸の西ではなく、東に行くのが良いだろう。

 エルクス大陸の西、つまり俺達がいるセラフィ王国、聖がいるフォーク連邦国、そしてあのモスワ皇国が含まれるが、この地域は俺がやらずとも聖が調べるだろう。

 つまり俺が行くべきは誰も探さない東エルクス、そしてエルクス大陸以外の別大陸だ。

 

 勿論俺自身の目的を忘れたわけじゃない。

 スキル集め、そして自分自身がこの世界を楽しむ心を取り戻す旅は、これからも続けていく。

 聖が元の世界に戻るのは、そのために必要な事なのだ。


 考え事をしながら走っていると、村が見えてきた。

 シルバーウッドに向かう途中でも寄った、特産品も特にないような小さな村、コルク村だ。

 

「ヒトゥリ様、あの村で少し馬に休憩を取らせたいと思います。よろしいですね?」


「ああ、分かった」


 馬車から聞こえたアルベルトの声に、そう一言返して、速度を落としていく。

 それなりの頻度で休憩を取っているし、俺が馬車を引いた方が早い気もするな。

 ……ああ、新しい旅の事を考えて気が急っているようだ。

 少し落ち着かないとな。



 「それは本当ですか? 困りましたね……」


 コルク村に馬車を止め、簡単な食事を取っていると席を外したアルベルトの困惑する声が聞こえた。

 何事かと視線を向けると、店員と話をしているようだ。

 トラブルかと思いそのまま見ていると、やがてアルベルトはこちらへ帰って来た。

 その顔は少し不安そうだ。


「どうかしたの、アルベルト?」


 ソリティアが声を掛ける。


「いえ、実は……この先で連邦と皇国の両軍が戦闘をしているようです。昨日から始まって、今はにらみ合っている状態だそうです」


 返ってきた答えにソリティアは頭を抑える。

 戦争地帯に向かうのだから想定はしていただろうが、実際に巻き込まれるとなると、頭が痛くなるのだろうな。

 

「ソリティア様、迂回いたしますか? ここからであれば、港町の方面を経由する事もできますが」


「いいえ、迂回はしないわ。輸送ルートを変えてしまったら、これから先この馬車を使った流通経路が、使えるかどうかの証明にはならないもの」


「かしこまりました。では私は宿を手配してきます」


 アルベルトはそう言って宿を出て行った。

 優秀な奴だから今日寝床の心配はしなくて良さそうだが……。


「お姉ちゃ……御姉様、大丈夫? お餅食べる?」


「ありがとう要らないわ、大丈夫。こういう事態に対処するために、私が直々にこの旅に出たのよ。それに頼もしい護衛もいるのだからね」


 そう言った先には俺がいた。

 まあ、俺達も仕事だから最大限の努力はするけど。


「2人とも、これから無事に王都に辿り着くまでは、俺かマリーかどちらかを側に置くようにしてくれ。そうしておけばトラブルに巻き込まれても守れる」


「わあ、やっぱりヒトゥリさんは優しいですね!」


「仕事だからな」


 そう返すとプラムは不満そうな顔をして拗ねてしまったが、事実なんだ。

 マリーに目配せをすると、彼女は頷いて机の下で小さな球状の物体を投げた。

 それは広がると、俺があのダンジョンで戦ったゴーレムと同じ形になり、部屋の隅へと消えていった。


 あれはマリーが作った小型の偵察用ゴーレムだ。

 戦闘用の機能は持っていないが、少ない魔力で長時間動き、遠くにいるマリーに情報を伝える機能がある。

 これからソリティアとプラムの2人を監視しつつ、異常があれば知らせてくれる事だろう。


「そうだわ、この村に滞在する事になったのだから、村長に挨拶に行かないといけないわ」


 そう言ってソリティアが立ち上がる。

 滞在の許可を連邦から貰ってるとはいえ、ソリティアは王国の貴族だ。

 何かあった時の事を考えれば、そうした方がいいのは明白だ。


「あ、私も行きたいです」


「なら私とヒトゥリもついて行くわ。アルベルトさんには私から連絡しておくから心配しないで」


 マリーはそう言って席を立った。

 窓際まで行くと、そこで目を瞑って何か魔法を使ったように見えた。


「これでいいわ。『契約魔法』を応用して声を送っておいたから、行きましょう」


「へえ~マリーさんって錬金術師って聞いてましたけど、そんな事もできるんですね。ギルドにはあまり錬金術師の方は来ないので知りませんでした」


 それは錬金術師が多才なんじゃなくて、マリーが特殊なだけだと思うがな……。

 ともかく、俺達はコルク村の村長の家を訪ねた。

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