憎悪の国境線:無辜の少年と敗残兵

長い流通経路

 この世界の馬車は揺れる。縦に横に、搭乗者の都合も考えずに揺れまくる。

 それは前世の車の比ではない。

 王国の中心部を抜けて、舗装されていない道に入ると更にその揺れは酷くなる。

 轍に沿って車輪を通せたのなら幸運で、そうでない時は振動に耐えなければならない。

 馬車の中でお茶を飲むなどもってのほかで、水分補給のためには1度道端に馬車を止めなければならない程だ。


 というのを、俺は馬車の外から眺めていた。

 スラムでの問題を解決した日から数日後、俺はギルドのプラムを通して依頼を受諾して、こうしてソリティアの馬車の護衛についている。

 ただ1つ想定外だったのが、商会所有の高級な馬車でさえ、あんなに揺れるという事だ。

 あまりの揺れの酷さに、俺は護衛を口実に早々に馬車から降りて徒歩で馬車につかなければならなかった。

 多少早歩きをする必要があるが、こちらの方が揺れに耐えるよりも楽だった。

 空を飛んだりするので、この程度の揺れで酔ったりはしないはずだが、前世での揺れ=酔いという図式が魂にまで染みついているのかもしれない。


「ヒトゥリ様、本当に乗らなくて良いのですか? まだ座席には空きがありますし、警戒は私も行っていますから心配は要らないと思うのですが」


「アルベルト、そうは言っても馬車の中だと外からの敵にすぐに対応できないだろ。馬車もそれほど速度が出ないし、俺は小走りでついて行けばいいんだ」


「速度の心配はしていませんわ。むしろ順調で予定していたよりも、早いくらいです。けれど、あなたはもう出発から半日近くそうやって走っていますし、疲れているのではないかしら」


 アルベルトにソリティアが俺を心配して馬車の中から声を掛けてくる。

 確かに半日以上ほぼ休憩なしで走っているが、俺はドラゴンだ。

 人間形態を取っているとはいえ、これしきの肉体疲労は問題にならない。


「まあまあ、2人とも。そんなにヒトゥリを心配しないであげて。だってヒトゥリが馬車に乗らないのは……」


「マリー、それ以上言ってはいけない。俺の名誉のためにもな」


 揺れが嫌だから走っている、なんて馬鹿っぽくて嫌だ。

 だったらせめて護衛をするために、外で走っていると思われた方が格好がつく。

 のだが、マリーのせいでそれも方便だとバレてしまった。


「うーん、護衛のためじゃないとしたら、なんで乗らないんだろう……」


 馬車の中からプラムの悩み声が聞こえてくる。

 だから考えるなと言っているだろうに。

 

「あ、もしかして馬車の揺れが苦手なんですか?」


「プラムお嬢様、ヒトゥリ様は大変お強い方です。それはあり得ませんよ」


「そうよ。街の中で何度か馬車に乗っていると聞いているもの。街道の揺れが少し強いからといって、わざわざ馬車を下りて走る程ではないでしょう……御者! ちょっと止まって! ヒトゥリさんが転んでいるのよ!」


「いや、大丈夫だから心配しないでくれ……。ちょっと石につまづいただけだから」


 心配そうに窓からこちらを覗く3人に手を振り、土を払って立ち上がり、馬車と並走する。

 マリーが馬車の中から笑いを堪えている音が聞こえる。

 ちくしょう。

 なんで俺がこんな目に。

 魔法文明なんだから揺れない魔道具ぐらい開発すればいいのに。

 俺は連邦へ向け走る馬車に遅れないよう、強く土を蹴った。



 なぜフィランジェット商会が今まさに戦争中の連邦国へ向かおうとしているのか。

 その発端は例の後継者争いにある。


 ソリティアと同程度の権力と派閥を持つ幹部の1人は、ソリティアの両親を謀殺、そして妹のプラムを誘拐した事が発覚し逮捕された。

 これでソリティアと次の会長の座を争う相手は消えたわけだが、ソリティアのお祖父さん、つまり現会長の出した課題が消えたわけではなかった。


 会長の座を手にれる条件は3つだった。

 1つは【定められた期間中に、王国内の縄張りでより多くの利益を上げる事】。

 これに関しては競争相手の幹部の男が逮捕された事と、そもそもそのままやってもソリティアの勝利が決まっていたような物だから、ソリティアの勝ちとなった。

 

 もう1つは【商会幹部からより多くの支持を得る事】。

 前回の定例会議の投票により勝敗が決まった。

 どういう訳か、未だに幹部の男を支持する者が1/3。

 ソリティアを支持する者はそれより少ない。後は全員、中立あるいは不参加だった。

 皆決めかねていたのだ。

 商会幹部達がそう判断したのは、この課題の裁定の仕方に理由があるが、それは後にしよう。


 最後の課題は【長期・定期的な供給が望める流通経路の開拓】。

 幹部の男はすでに皇国への武器輸出の開拓を済ませていた。

 その流通経路はそのままお祖父さんが引き継ぎ、有用性を確認済みだ。

 

 それぞれ経営手腕、人望、先見の明を見極めるためのテストだ。

 この内2つが相手より勝っていたら、次期会長に相応しいとお祖父さんはそう言い、そして、こうも言ったそうだ。


「次期会長に相応しいと判断した場合、例えそれが自分の子の仇だとしても! 儂はどんな手段を取ってでも、次期会長の座に就かるぞ!」


 そう、どんな手段を使ってもだ。

 王国1の商会であり、被害者の親族であり、国を支える貴族がそう言ったのだ。

 これが意味する所は【幹部の男が勝利すれば、無事そいつは釈放され次期会長に就く事になる】だ。


 戦績は今の所1勝1敗。

 そして最後の課題は幹部の男が1歩リードしている。

 この旅でソリティアの開拓した流通経路が、お祖父さん認められなければ、幹部の男の勝ち。

 もしも幹部の男が釈放されれば、ソリティアは商会から追放されるだろう。


 それを聞いたソリティアは、この流通経路の開拓に今持つ全てを賭けた。

 王都での事業を信頼できる派閥の仲間や部下に任せ、ソリティア本人と執事のアルベルトが直々に商談をまとめるために旅に出る。

 そして幹部の男の派閥から前と同じ妨害を受けない様に、プラムも旅に同行させ、念の為に護衛として俺達をつけた。

 そんな事情で、フィランジェットの3人と御者、そして俺とマリーの6人での旅になったのだ。

 まあ商談のためとはいえ仕事を休まされたプラムは少し不満そうにしていたが。


 だが、ソリティアが今回の課題をクリアできなければ、俺にも不都合になる。

 王国には骨を埋める程に長居をする気もないが、これからの旅の中で王都に立ち寄る用事もできるかもしれない。

 その時に、ソリティアとのコネクションと路銀を稼ぐ手段はあった方がいいのだ。

 そのためにはプラムにも少しくらい我慢してもらわなければな。

 許せプラム。

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