外伝:劣竜進化修行
拝啓、我が主ヒトゥリ様よ。見ているッスか!?
ヒトゥリ様の眷属筆頭である私、フェイテールは今、東エルクス諸国は北端、氷河の国に来ているッス。
この国は大陸の北の海岸線に面していて、名の通り1年中氷河が押し寄せるとても寒い地域ッスよ。
そんな場所で私が何をしているのかと言うと……。
「あばばばば、寒い! 寒すぎる!」
人間の修行者がするという寒中水泳で、体を鍛えているッス。
なんでもこれをする事で、冷たい水が肉体を締め上げ、それに耐える事で精神も鍛えられるのだとか。
こっちに来てからできた知り合いの吸血鬼、ミュウに教えてもらったッス。
彼女は本当に親切な吸血鬼で、慣れない雪国で凍えていた私に宿と食事をくれた上に、人間がする色々な修行方法を教えてくれたッス。
こんな冷たい地域にもあんなに温かい人がいるのかと、感動したッス。
「なあ、あのドラゴン溺れてるのか? それとも魚でも採ってるのか?」
「あんた旅人か? あいつは、かれこれ1週間はああやってるよ。最初は俺達冒険者も警戒していたけど、ただああやって海の中で暴れてるだけだから放置してるよ。漁師は、むしろ魚が追いやられて仕事がしやすいと言っていた」
遠くの沿岸で人間達が何やら話している。
でも、私は今修行中の身。
例えどんな事があろうと、気を散らすわけにはいかないッス!
この体が滅んでも進化するために頑張るッスよ!
ヒトゥリ様も、元気に旅をしている事を祈ってるッス!
「全ッ然駄目じゃないッスか! 寒いだけというか、見てくださいよ、鱗が凍って剥がれ落ちてるじゃないッスか! というか、これって一体何の意味があるんスか!」
温かい部屋の中で絨毯に地団太をぶつけながら、抗議する。
こうしていると、凍った鱗がボロボロ落ちて若干体の冷えが取れていく気がするのだ。
私の視線の先には、金髪に赤いメッシュの入った1人の女性が偉そうな椅子に腰かけている。
相手は、私にこの修行方法を教えた吸血鬼ミュウ。
本名をア・ミュウニクエ・パラノイアと言って、この北の地域を支配しているそうで、自称吸血鬼の【
自称でも私より年上で偉いそうだから、敬語を使っているけど、本当のことを言っているのかどうか。
ミュウはボロボロの落ちる鱗を見つめながら、クスクスと笑っている。
「いやあ、あれは人間はそうするという世間話のつもりだったんじゃがな。まさか本当にやるとは思わなんだ。すまんのう、許せ小娘」
申し訳ないと思っているのかいないのか、ミュウはワインを入ったグラスを、牙の生えた口元に運ぶ。
「しかし、汝も健気よなあ。オーラの息子の、ヒトゥリとかいう奴の旅に同行する為に、進化なぞしようとしとるのだろう? 起こそうとして起きる物ではないと、汝も分かっているだろうに」
「それは、そうッスけど……私はヒトゥリ様の為に人生を捧げると決めたッス。私達が人間共に殺されかけた時に、本気で怒っていたのを見ちゃったッスから。眷属としては命を懸けて役に立たなきゃ、顔向けできないッスよ」
「そうかそうか。まあゆっくり頑張ればいいじゃろう。妾も汝も、ヒトゥリとかいうドラゴンも、そう早死にする種でもなし。汝がこの屋敷に居てくれれば、妾も暇をせんしな。長い時間を掛ければ、いつかは進化できるわ」
ゆったりと、ワインを味わってミュウは言った。
流石自称3万歳のおばあちゃんは言う事が違う。
「一般的な魔物が進化をするのは一生にあるかどうかッス。それを長い時間かけて待っていたら、ヒトゥリ様が旅を終えてるかもしれないッス。だからそんな悠長な事は言っていられないッスよ! ミュウは見た目だけ若くて、精神的にもうおばあちゃんだから、そんな事言えるッスよ!」
ちょっと言い過ぎたかな?
そう思って視線を上げると、ニコニコ笑いながらこっちを見ているミュウが目に入った。
よかった。
あまり怒ってないみたいだ。
「その通りかもしれんなぁ。まったく妾も歳をとったものよ……」
そう言いながら、ミュウは椅子から立ち上がりこちらに近づいてくる。
そのまま私の鼻先に手を置くと、笑い顔を崩さないままにこういった。
「なあ、フェイ。北の海は冷えたであろう? あそこは中央や南とは違って、凍っておるからのう……。時に、風呂は好きか?」
「え、あ、水浴びは好きッスよ」
「それは良かった。これから共に風呂に入ろうではないか。昔同胞と共に入った温泉が、この近くにあるんじゃ」
「へえ……」
「大体1000度くらいのあったかい温泉じゃ。近くの山の火口付近にあってのう。そこなら汝の冷えた体もすぐに戻るじゃろうよ!」
1000度。
それを聞いて、すぐに逃げ出そうと羽を羽ばたかせる。
しかし、ミュウは私の鼻先に置いた手を食い込ませて、上方向に力を込めた。
それだけで、私の世界は逆さまになった。
「ぎゃあああああああ! ごめん、ごめんなさいッス! 歳喰ってじめじめしたババアって言った事は謝るから、許してほしいッス! 溶岩風呂は勘弁してほしいッス!」
「うるさい、誰がババアじゃ! というより、罵倒の語彙が最初よりも豊富になっとるわ! 謝る気ないじゃろが、フェイ!」
「申し訳ありませんでした」
火山に持ってかれる寸前で、必死に謝って何とか許してもらえた。
溶岩遊泳は何とか避けられたけど、本当に怖かった。
命の危機とか、人間に殺されかけた時以来だった。
「さあ、しっかりと反省できたようじゃな。こっちだって分かればええんじゃよ。乙女にババアとか酷い事言わなければ、妾もそう簡単にはキレんわ」
そう言って、ミュウは元の椅子に戻ってワインを注いだ。
いつも飲んでいるから、何なのかと尋ねた事があったけど、あれは血の代わりだそうだ。
真祖は血を飲まなくても生きていけるけど、欲望だけは抑えられないから、代替品として飲んでいる、と聞かされた。
前に私も飲もうとしたら貴重品だから、と断られた。
それでも無理やり飲もうとして、あの時も怒られたっけ……。
さて、命の危機は去ったけど、どうしよう。
ヒトゥリ様と分かれてから、もう1カ月と少し過ぎてしまった。
このままでは、ヒトゥリ様に出会えないまま、私はここで生きていく事になるんじゃないだろうか。
「……ふむ、仕方がない。そんな顔をされては妾も困るぞ。汝が進化できるように、知恵と力を貸してやろうではないか」
そっと、ミュウの手が私の鼻先に置かれる。
一瞬また持ち上げられるのかと、身構えそうになったが、その手つきはとても優しかった。
私が瞳を彼女に向けると、それに応えるように彼女も笑った。
「ミュウ……だったら最初から、そうしてくれればよかったのに」
「汝、本気で溶岩にブチ落とされたいか? そこに直れ」
冗談めかして、ボケたら本気で怒られた。
説教は1晩中続いたし、途中で寝そうになったせいで、更に怒られた。
でも……何だかんだ言ってミュウは優しい。
最初の出会いは凍り付きそうな私を、ミュウが助けてくれた時だった。
動けない私を館まで運んで、暖炉の近くに寝かせてくれた。
その上、この大きな体を満たせる大量の食糧までくれた。
明らかに怪しい私に、何も事情を聞く事すらしなかった。
そんなに優しい彼女がなんでこんな山奥に1人で住んでいるのか、私には分からない。
時折、館の中に飾られている吸血鬼の彫刻を見て、寂しそうにしている事が関係しているのかもしれない。
でもきっと、そんな曖昧な思い込みじゃなくて、ミュウ本人からいつの日か事情を聞きたい。
そうしたら、次は私がミュウの力になれる。
体を休めさせてもらった恩も、力を貸してくれている恩も、いつの日か返したい。
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