眷属とは

「さあ、ヒトゥリ様に負けたからには分かっているだろうな、貴様ら!」


 後からやってきたゴブリンと目覚めたオーガ達の前に立つレッサードラゴンは、中々様になっている。

 まあ、あいつも俺が来るまではこの樹海を治めていたのだ。争いの調停ぐらいは慣れているだろう。

 きっと俺の期待通りに仲裁をしてくれるはず……。


「お前達オーガとゴブリンは共にヒトゥリ様の眷属になるのだ!」


 全然分かってなかったわ。

 眷属って何だよ。俺、お前達の面倒とか見る気ないよ。


「待て……何故、俺達の争いにドラゴンが首を突っ込んでくる。というよりそのドラゴンは一体何者なんだ?」


 オーガの長が代表して俺達の疑問を伝える。

 そうだ、言ってやれ。「俺達オーガは何者の下にもつかない」ってな。

 さあレッサードラゴン。お前は何と返すんだ? 俺は眷属とか別に要らないぞ。


「俺はこの樹海の主、そしてこちらのヒトゥリ様は俺が助けを求めたので答えてくれたのだ! 何者だと? ヒトゥリ様は私と違う高位のドラゴンだ! 天業竜山の頂上から偉大な使命を果たしに来たのだ! ……多分」


 おい。最後の多分が小声だぞ。

 それに適当に理由を作るんじゃない。俺はお前に下界に降りた理由を話した覚えはない。


「ええい、うるさい! ゴブリン達、お前達は眷属になるだろう?」

 

「ケンゾクってナンだ」「ヌシだろ」「ヌシはレッサードラゴンじゃないのか」「ワからん」「でもヒトゥリサマ、レッサードラゴンよりツヨい」「じゃあいいんじゃね」「じゃあいいか」


 ゴブリン達は乗り気なのか。

 だが、オーガ達はまだ納得はしていない。これが原因で、また争いとかが起きなければいいが。


「おいレッサードラゴン。そもそも眷属になるとはどういう事だ? 俺達オーガは誇り高き種族。敗者になった以上は、これ以上何も言うつもりはないが、それぐらいは知っておきたい」


 納得していないのに、受け入れるのか。矜持、誇り、プライド。大抵それは面倒事の種になるだけだろうに。

 まあ、無いなら無いで社会で生きていくのが大変になるという別側面もある。舐められて他人から仕事を押し付けられたりな!

 ははは……。


「眷属になるとは命をゆだねるという事。ヒトゥリ様の命令には逆らえず、絶対に従わなければならない。勿論命でさえもな!」


 思ったよりも重い契約だった。

 俺はそんな重い想いはいらない。そもそも、1人が好きなんだ。そんな仰々しい契約を結んだ相手が、この樹海にいる限りはついてくるとか、息苦しくてたまらないぞ。


「なるほど……俺達は一度敗北し、命を握られたも同じだ。その契約を飲もう」


 命をそんな簡単に捧げようとするな。ダメだ、価値観が違い過ぎる。

 こんな所に居られるか俺は自分の洞窟に戻るぞ!


「さあ、ヒトゥリ様どこへ行くっスか? 契約にはヒトゥリ様の魔力が必要っス。貸してほしいっス! さあ!」


 ああ、捕まった。

 こいつ俺に対しての口調の変わり様が怖い……。なんでそんな三下みたいな口調とボスみたいな口調を切り替えられるんだよ。

 ゴブリンもオーガも俺をそんなに見るな。願うな。すがるな。

 

 結局俺はレッサードラゴンの押しに負けて、魔力を渡してしまった。

 こうして俺の下には命を捧げる事をいとわない魔物達の群れができたのだった。

 俺は晴れてゴブリン18人、オーガ9人、レッサードラゴン1人の総勢28人の魔物の群れの主になったのだ。

 ……別に、要らないんだけどなぁ。こんな群れとか仲間とか。 

 まあ、これで魔物達の争いが終わると考えればいいのか? 良しとしよう。



 争いの元だった食物の問題は、俺の出したゴブリンが植物を採り、オーガが肉を狩り、不要な分をお互いで分け合う案で解決できたようなので、群れは自由にさせておいた。

 もしも何かあれば、レッサードラゴンを頼るように言ってあるので安心だろう。

 さて、気分を切り替えてスキル合成の時間だ。現状のステータスはこんな感じだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ヒトゥリ

種族:コモンドラゴン

称号:孤独な者 群れの主

ユニークスキル:天業合成 異界之瞳

スキル:竜魔術 牙爪技 剣技 魔工 棒技 はめ込み 睡眠自在 熱感知 

    欲望の繭 指揮

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 この中から2つ以上のスキルを合成して新しいスキルを作り出すわけだ。

 新しく増えたのは『欲望の繭』と『指揮』だ。順当に考えれば、合成するのはこの2つになるが……。

 『欲望の繭』は駄目だ。俺はこれに可能性を感じている。所謂、隠しスキルとかそういう期待をしている。

 だって繭だぜ。繭である以上は進化する……この考えは前にもしたな。とりあえずこれは保持する。

 多分、眷属契約を行ったことによって獲得した『指揮』だが、これはいらない。

 他人の行動を指揮する時に思考速度に補正が掛かる効果だが、俺は指揮なんかするつもりはないからだ。

 だから片方は『指揮』に決定。俺の思考内部会議での異論はなし。満場一致の大賛成だ。

 あと1つは『熱感知』でいいか。どうせ人間形態にならないと使い道ないし、あまり面白い使い方を思いつかないからだ。

 屈辱的だが、仕方ない。


「それでは、『天業合成』開始っと」


 力が消失し、また新たな力が発生するあの感覚。

 再びステータス画面を呼び出し、確認する。

 そこに書かれていたのは……。


「『眠気に強い』……って、『睡眠自在』と効果被ってるじゃねーか! そもそもドラゴンに必要のないスキルだし!」


 ええい、腹立たしい! これと『睡眠自在』を使ってまた合成だ!


「今度こそ良いの出てくれよ! 『天業合成』!」


 勢いに身を任せ、また2つのスキルを消費してしまった。これでまた変なスキルが出たら、絶対後悔しそうだ。

 おそるおそるステータス画面を呼び出して、確認する。

 ……後悔はしなさそうだ。

 獲得したスキルは『消音』。行動した際に俺と俺に触れたモノに、音が発生しにくくなる。

 完全に音が消えるわけではないが、それでも十分に便利なスキルだ。


「やっと良いスキルが出たな。これでようやく眠れる……」


 安心した俺は洞窟の中に入り、保存食を食べて寝そべる。……いつの日かもっと美味い飯を食べたい。

 結局地球での最後の晩餐は栄養補助食品のチョコバーだったからな……。もうどれくらい人間の食べる食事を口にしていないんだろう。

 ここに居る理由もないし、俺はもう街に行っていいんじゃないか?


 そうだよ、何で気付かなかったんだろう。群れの主だとかやってる場合じゃない。

 せっかく人間の姿で戦える事も確認したんだ。どっかで旅をしている人間でも見つけて、魔物に襲われて道に迷った旅人を装って街に連れて行ってもらえばいいんだ。

 街に着くまでの少しの間、他人と生活を共にする事になるだろうが、その後適当に理由をつけて別れればいいんだ。

 そうと決まれば、明日から準備をしよう。レッサードラゴンは俺より長生きしているみたいだから、人間のふるまいとかも知っているだろう。

 俺が知っているのは知識的な街の場所とか文化とか、それだけだもんな。

 そして必要なものを集めて……。

 ああ、ブラック企業を退社するみたいな勢いで里を出たはいいものの、具体的な目標の定まらない毎日だった。

 スキル集め? あれは目的であって目標じゃない。何をしたいかは決まっていても何をするかは決まっていなかったんだ。

 だが、明日からは違う。本当の意味で忙しい日々になるだろう。


 気付けば俺は寝ていた。

 俺はその日、異世界に来てから初めて夢を見た。

 高校の頃の親友が、手を振っている夢だ。


「ヒトリ、こっちだ。こっちに来い。お前はこの世界が好きそうだ」


 あいつはそう言っていた。

 ああ、本当に楽しくって。大好きだよ、この世界は。

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