赤熱の肌

「お前……ドラゴンの癖に人間の姿で俺達を倒すなんて……屈辱だ」


「オーガの長。お前は流石に強いな。やせ我慢か?」


「黙れ! 俺達は誇り高い赤肌の戦士だ、力を思い知れ!」


 『熱感知』がオーガの肉体の異常な発熱を検知した。なるほど、変化があると自動的に起動する……のか?

 何かのスキルか、それともオーガの種族的な特徴なのか、オーガの長の体は赤熱と化していく。

 雄たけびを上げ突っ込んでくるオーガの拳が、空を切る。

 間一髪でかわし切れたが、拳の通った部分に異常な熱の通り道を感知した。

 ……あれはドラゴンの魔力だ。まさかこのオーガ、先祖がどこかでドラゴンと交わったのか?

 いや、あいつ自体からはドラゴンの魔力を感じない。なら、何故?


「俺の『赤熱之肌』は撃たれた炎を身に宿す! 自分の炎で焼き死ねぇ!」


 聞いてもいないのに説明どうもありがとう。スキルのせいかよ。

 効果は言った通りに相手の炎を奪う、そしてその魔力の分だけ運動能力を向上させる物だろう。俺に殴りかかるスピードが、最初の数倍になっている。

 そんなスキル聞いたこともないし、ユニークスキルか? 長になっているだけはあるな。所詮はオーガだが。

 ともあれ、こいつ相手に炎は使えなさそうだ。他の方法を考えなければ。

 

 距離を開いて向き直せば、こちらを怒りの形相で睨むオーガの長は、炎の鎧に包まれていた。いつの間に。

 炎が揺らぎ、オーガの体が消失。熱の塊が急接近する。熱の壁が人間と化した俺の肌を焦がし、反応を鈍らせる。

 気付いた時にはオーガの拳は、こめかみを打ち抜いていた。

 炎の熱と衝撃が俺の頭蓋に浸透していく。ぐわんぐわんと、オーガの姿が揺らぎ世界が回る。

 ああ、これだから人間の体は駄目だ。

 人間と化した肌は炎も衝撃も通しやすい。内臓のうも脆くすぐに意識を朦朧とさせる、すぐに体を壊す。

 だから人間は弱いのだ、だから人間ではありたくなかった。あの時の親友のように、誰もがいつか、いなくなるのではないかと、だからいつからか俺は――。


「――ッ。まだ終らせないぞ!」


 一瞬意識が刈り取られていた。全く無関係の感傷に浸りかけていた。

 脚を踏み出し、倒れる体を支える。油断しすぎていた。相手を自分より格下と侮り、止めはいつでもさせる、こいつの命は俺の物だと思い込んでいた。

 人間の真中独マナカヒトリであればスキルの検証や遊びはしても、相手を下等と見下す事はなかっただろう。傲慢、これがドラゴンの性か。気を付けなければ。

 

「オーガの長よ。悪いが竜の力を使わせてもらうぞ」


「もう遅い、俺の勝ちだッ!」


 オーガの長が拳を引き絞る。拳に集まる熱が高まるのを感じた。

 こいつも次で決めるつもりなのだろう。だが、それはこちらも同じ事だ。

 もうスキルの検証は十分だ。これ以上の遊びも未熟な俺には不要だ。

 『竜魔術』を発動させる。俺の体を呪いのように黒い竜の魔力が這っていく。

 『竜人化ドラゴンスケイル』――偽りの体のままドラゴンの鱗を、牙を爪を。魔力により偽りに偽りを重ねる魔法。これで、もはや竜の炎は俺を焦がさない。


「同胞の痛みを知れ……なッ! 放せ!」


 迫りくるオーガの拳を掌で受け止め、笑う。お前の力は所詮俺からの借り物だ。俺の力の一部が俺に勝てると思うな。

 片手に持っていた槍を投げ捨てる。もうこれはいらない。ドラゴンの性――傲慢の罪はドラゴンの力で贖罪する。


「お前に敬意を払い力を示す。見ておけ、ドラゴンの力を」


 放ったのは単純なドラゴンの爪による一振り。しかしそれは岩をも破壊する一撃だ。

 下から上へ振りぬく一撃。それだけで炎の鎧は引き裂かれ、オーガの長の肌の破れる感覚がした。

 オーガがどの程度の生命力かは知らないが、こいつは頑丈そうだ。死にはしないだろう。

 

「……もう誰もいないか」


 オーガの長が倒れ、岩場に立つのはもはや俺1人となった。

 ドラゴンの姿に戻った俺の耳に、何者かの羽ばたく音が聞こえる。

 新手かと身構え、岩場の下より浮上するそれを待ち構える。


「ヒトゥリ様~無事っスか~? うわぁ! もう全員倒してるじゃないっスか! やっぱり本物のドラゴンは強いっスね!」


 ……そういえば、レッサードラゴンもいたな。


「もうオワってる……」「サスガハヤい」「ツカれた……」「オーガ、ミンナシんだ……?」


 俺達の後を追ってゴブリン達もやってきていたようだ。

 丁度いい。この場でレッサードラゴンに仲裁をやらせよう。

 俺はゴブリンにオーガ達の手当てをする様に命じ、レッサードラゴンに話しかける。


「これでいいんだよな? オーガ達は全員倒した。後はお前が話をまとめるだけだ」


「ありがとうございます! ヒトゥリ様、任せてくださいっス! 私、これでも長年この樹海をまとめてきた主っスからババーンと、いやビシッと話をまとめてやるっスよ!」


 若干心配だが、任せろというんだから任せてやろう。というか、そもそも俺はこの件の部外者だからな。ただ、レッサードラゴンがうるさいから力を貸してやっただけだ。

 後は俺の知らない所で、上手くやるだろう。


 彼らから離れた場所で寝そべり、大きくあくびをする。

 今日は思いもよらない仕事をする羽目になった。社畜が嫌で里を出たというのに。

 ただ、純粋に人から頼られるのは悪い気がしなかったな。たまにはこういうのもいいかもしれない。

 ……何を考えているんだ俺は。


 俺らしからぬ考えを振り払うため、俺はステータス画面を開いた。

 すると、今回の戦闘で得たスキルだろうか、見知らぬスキルがあった。

 『欲望の繭』。詳細な情報にも欲望の繭しか書いていない。何かの称号的なスキルだろうか。

 それとも隠しスキル的な何か隠れた効果があるとか?

 ……今考えても分からない。繭というからにはいつか、ふ化してくれるのだろう。その日を待つしかないか。

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