傷に傷を重ねる
月影いる
アジサイ
料理をしていて指を切った。
「痛そう。気をつけなよ。」
僕を見て友人は笑いながらそう言った。
うっかり熱湯を手にかけてしまった。
「大丈夫?痛々しいな。お大事に。」
心配そうに友人は言った。
交通事故に遭い、手術の縫合跡と動かない足が残った。
「かわいそうに。許せないね。元気だしなよ。早く治るといいな。」
僕の姿を見て友人は励ますように笑顔を作った。絶望の淵にいる僕にはその笑顔は残酷だった。
その夜、僕は生きるために自分の腕を切りつけた。
翌日、友人が見舞いに来てくれた。ちらっと僕の腕を見る。
「……俺で良かったら話聞くからな。一人で抱え込むなよ。」
友人はそう言うと僕の手を優しく握って寄り添ってくれた。僕はその手を握り返すと静かに涙を流した。
ある日、僕が病室を出ようとドアの前まで車いすに乗って行ったら、ドアの隙間から友人が病室前の廊下で誰かと話しているのが見えた。咄嗟に体を引っ込める。そして、部屋から出るタイミングを伺う。
「なあ、お前だけに俺の秘密教えてやるよ。」
友人の声がする。
……話を盗み聞きするのは少し気が引ける。
「実は、あいつ轢いたの俺なんだよね。」
…………。え。
——今、なんて?
「えっまじ?なんで?お前ら仲良かったじゃん」
「合わせてただけだよ。仲良いなんでこれっぽっちも思ったことねえよ。見ててイライラするし。それに病んでるしな。」
「うわー。お前って本当に外道だな!」
二人の笑い声が、僕の全てを串刺しにするように鋭く突き刺さっていく。二人の会話を聞いている最中、僕は動くことを、息をすることさえ忘れてしまいそうだった。
——嘘だ。
友人は……今までずっと僕の味方でいてくれ……た。
これは夢だ。僕は今、悪夢を見ているんだ。
その日、僕は四階の病室から飛び降りた。
しかし、草木がクッションとなり、不運にも僕は助かってしまった。滲んだ空を仰ぐ。
手当され、病室に戻された僕を、奴は待っていた。
「大丈夫?……生きていればいいことあるよ。助かってラッキーだったね。」
羽毛よりも軽い口調でそう言った。僕は何も言えず。ただ俯いていた。
——全てを嘲笑う悪魔は、一番近くにいた。
一番仲の良かった友人に裏切られた。
その事実は僕の心に大きな傷を残した。
今までの思い出は全て偽りだった。
——外から見ることができれば、僕の痛みに誰かが気が付いてくれただろうか。
内側からの傷は、いずれ僕そのものを崩壊させる。
日々積み重なっていった傷が大きくなって、いつかは破裂するのだ。
一度割れた陶器は元には戻らない。
——大丈夫。次はきっと、成功させる。
傷に傷を重ねる 月影いる @iru-02
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