第8話 聖女様とお出かけ③

服屋で買い物を終えて、隣にあるスーパーに向かった。

新鮮な野菜や海鮮物、精肉が安くで売っていて、主婦にも一人暮らしをする学生の財布にも優しいのでよく通わせて貰っている。

まあ、音絃自身はカップ麺しか買ったことがないのだが。


正直なところ、今はそれどころじゃない。

本格的に身体が倦怠感けんたいかんを訴えかけてきていて、頭も痛く、視界はぼやけていて、足元もおぼつかない。

気を抜いた瞬間今にも倒れそうだ。


そんな今の状況を知らない遥花は上機嫌でいる。

心配な顔をされるよりも遥花は笑ってくれていた方が嬉しいし、今の身体の状況にも耐えられる。

壁に手をついて寄りかかると少しは楽だが、そんな事を毎回していたらいくら鈍感な遥花にだって怪しまれるだろう。


「今日の夕食は何がいいですか?」


「ん……?ああ、そうだな……温かい物がいいな」


「そうですね……ポトフなんてどうでしょう?」


「うん……ああ、そうだなそれにしよう。遥花が作る料理だったらなんでも美味しいだろ……」


鈍感と無防備以外に欠点という欠点は見当たらない遥花の作る料理はきっと美味しいはずだ。

なんの確証かくしょうも無いがそんな気がする。

自ら料理を振る舞うと提案してきた辺りから推測するに、自分の腕に自信があるのだろう。

そんな事を考えていると遥花から黄色い声がした。


「ひゃい?!遥花って……今呼びましたよね?!」


「……ああ、呼んだがどうしたんだ?」


「黒原くん……嬉しいですけどちょっとこそばゆいです。それと顔が少し赤いですよ?それに意識ここにあらずって感じですけど……」


「気のせいだ。決まったら次の物を買いに行こうか」


(ああ……まずい。倒れそう……)


歩く度に倒れそうになり、頭も揺れてとてもきつい。

遥花は優しすぎる。

その優しさ故にここで倒れたり、今の状態を知られたら絶対に自分を責め続けるだろう。

遥花の悲痛な顔を見るのは、今の現状を耐えるよりも格段に辛い。


私と関わったからなんて言っていつも通りに接してくれなくなるかもしれない。

下手すればもう話してくれなくなることだって有り得る。

俺の前からいなくなって欲しくないのが本当の理由なのかもしれない。


そうこうしているうちにいつの間にかレジに並んでいた。

荷物はカートに乗せている分、重いという苦痛は今はない。


「黒原くんお金大丈夫ですか?」


「ああ、心配するなよ。ちゃんと管理はしてっから安心しろ」


幾ら家事が出来なかろうと、家計を管理する力が無ければ一人暮らしはやっていけない。


「ですよね、会計はお願いしますね。私は買った物を袋に詰めるから!」


「……ああ、了解だ」


「次のお客様。こちらへどうぞー」


前の人が会計を終えて、自分達の番が来たようだ。


「じゃあ……私は先に行ってますね!」


「おう……会計終わったらすぐに持っていく」


レジの店員は無言でバーコードを読み込んでいく。

いつもならカップ麺の買い置きしか買いに来ないので、この時間がやけに長く感じた。


「お会計は……丁度四千円ですね。お支払い方法は?」


「……ああ、現金でお願いします」


「失礼ですが……お客様は体調が優れないようですが大丈夫でしょうか……?」


レジの店員のお姉さんにはすぐに勘付かれてしまったらしい。

ただ察しがいいのか、それとも遥花が余りにも鈍感なのか。

まあ、どう考えても後者が正解だろう。

顔の前に手を挙げ、鼻の前で人差し指を立てる。


「すいません店員のお姉さん。連れに心配かけたくないんで黙ってて貰えませんか……?」


「……分かりました。でも身体には気を付けてくださいね」


「ありがとうございます……」


「あなたの彼女さんは幸せ者ですね。でも、彼女さんを泣かせちゃダメですからね!」


「彼女じゃないですよ……」



今の音絃では遥花と全く釣り合わない。

ただ一緒にいるだけであって遥花にはそんな気はないだろうし、勘違いされるのも嫌かもしれない。


「そうなんですね……失礼しました。でもお連れさんがあなたと話しているとこを見ましたけど、友人を見るような目じゃ……やっぱりなんでもありません。気にしないで下さい」


「ありがとうございました。タクシーを呼んでいるのでもう行きますね」


もう歩けそうになかったのでタクシーを電話で呼んでいた。

外の雲行きも怪しくなっていたので丁度良かったと思う。


「体調が優れないのに話し込んですいません……お大事にして下さいね」


「どうも……失礼します」


最後に軽く頭を下げてから音絃は遥花の元に向かう。

遥花は家から持ってきたエコバッグを両手で持ち、頬をプクーと膨らませて不満そうな顔で待っていた。

大方待ち疲れたのだろう。


「待たせてごめんな……」


「大丈夫ですよ……綺麗なお姉さんとお話出来て楽しかったですか?」


「なんだ……ねてるのか?可愛いな……ほんとに」


「ひゃい……黒原くん急にそれはずるいです。私は拗ねてなんか……いませんよ」


待つ時間が退屈だったが、それは恥ずかしくて言えないから、店員のお姉さんのせいにしたってところだろう。

学校では聖女様なんて呼ばれていても、ここではどこにでも居る一人の少女なんだと思った。


「そうか、それなら良かった。ああ、それと雨が降りそうだったからタクシーを呼んでおいた。詰め終わったら乗ってくれ……」


「ありがとうございます……でも、お金は大丈夫なんですか?」


自分の趣味に使う分が無くなるだけだから問題はないが、妙に怪しまれないか心配だ。

このタイミングで雨が降り出してくれたのは運が良かったとしか言えない。


「……ああ、問題ないから安心しろって。何も心配することはないから……」


「でも、さっきから顔も赤いですし……もしかして黒原くん風邪を……」


「だから大丈夫だって……それより早く行こう」


荷物を詰め終わると早足で店を出た。

これ以上話を聞かれると本当に勘付かれるかもしれないので逃げてきたのだ。

外へ出るとタクシーが一台止まっていて、ドアの前まで行くと自動で開いた。

運転席には老紳士の運転手が乗っていて、こちらを向いたと思うと心がなごむような微笑みを返してくれた。


「お客さん……風邪ひいてますね」


「やっぱりバレバレですか?」


「お客さんの顔を見て分からない人なんてそうそういませんよ」


「それが……いるんですよ、俺の連れがですね。だから黙ってて貰えませんか?」


運転手は手を組んで少し考え込んだような体勢をすると、すぐにこちらを向くと再び微笑み返してくれた。

返答次第では音絃だけでも歩いて帰らなければならなくなるところだったが。


「分かりました。連れの人に心配をかけたくないんですね」


「ありがとうございます……本当に」


無事に家に帰ることが出来そうだと安堵あんどしながらタクシーの座席に乗り込んだ。

すぐに遥花も来てタクシーに乗り込む。

もう身体の方は限界だったので、行き先だけ告げて目を閉じた。

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