大説得~君のせいじゃないよ~(短編集その3)

渡貫とゐち

(新)「君のせいじゃないよ。」

「君のせいじゃない、誰のせいでもないんだよ。

 ほら、誰も怒ってないから……大丈夫だから……そう落ち込まないで」


 部屋の端っこで座り、膝を抱えて落ち込む彼は、丸一日こうである。少しでも目を離せば首を吊ろうとしたり、屋上から飛び降りようとしたり、すぐに『死ぬ』方向へ舵を切ろうとする。


 危なっかしいので仲間と協力して順番に彼を見張り、同時に慰めているのだが……、一向に、彼は立ち直ってはくれなかった。


 反省をするのはいいのだが、思い詰め過ぎだ。無関係、とまではさすがに言えないが、彼だけが悪いわけではない。誰かを犯人にしたいわけではないのだ。


 今回の件に関わった人たち全員が結果に納得しており、これ以上、傷口を広げる気はない。

 さっさと風化させたいのだが、彼がこうも引きずり続けていると、渦中にいた我々も忘れようとしても忘れられない。

 彼を慰めるためにはあの一件を思い出さなくてはいけないのだから――。


「ほーら、大丈夫、安心して。あったかい飲み物でも飲む?」


「…………」


 背中を擦りながら聞いてみるが、返答はなかった。


「そっか、いらないか……ごめんね、余計なことを言って――」


「……また、だ。こんな風に、気を遣わせて、しまって……。ダメだ、また罪状が増えていく……、おれなんかが生きていたら、またみんなに迷惑をかけて――。

 そうだ、やっぱり死のう。できるだけ苦しむように……そうだ、溺死で、」


「顔を伏せたままぶつぶつ言わないで! 怖いから!!」


 内容がはっきりと理解できるくらい聞こえてるから、尚更怖い。


 溺死って……それはやめておけ? いや、他が良いってわけではないけど。


「君のせいじゃない。それは確かなんだよ」

「……おれ以外なら、じゃあ誰が悪いんですか……」


「あのね、誰も悪くないんだよ」

「…………、おれを、庇ってるんですか?」


 庇っているわけでないなら犯人が言えるはずだ、と――。

 犯人がいないのだとしても、なら最も犯人と言える、近い人間は誰なのか。

 ……彼はどうしても、そこだけを頑なに知りたいらしい。


 自分が最も犯人に近いから――だから言えないのだと誤解している。実を言えば、落ち込んでいる彼が最も犯人に近いのだが……近いだけで彼ではない。

 何度も言うが、それは確かなのだ。


 無理やり犯人を仕立て上げるとしたら、状況的に彼だが……矢面に立つ生贄を彼に押し付けているだけである――ゆえに、彼はここまで落ち込んでいる。


 全ての責任を取って自殺をするとまで言って……はぁ。


 なら、仕方ない。


 彼以外の犯人を作り出して、彼を救うしか道はない気がする……。


 いつまでも彼を慰めているわけにもいかないし。


「無理やり犯人を指摘するとすれば……○○さん、かな」


 その人も犯人ではないのだけど……、彼以外と言うのであれば、消去法でその人になるだろう。あくまでも消去法で、だ。無理やり当てはめただけに過ぎない――。


 無から有を生み出したに近い、飛んだ捏造である。


「……そっか。じゃあ、おれのせいじゃないんですね?」

「そうだね、君のせいじゃないよ」


「○○さんのせいなんですね?」

「いや、それは便宜上、そう言っただけで――」


「――ですよね! おれのせいじゃないですよね!? あの人なんですよね、みんながそう思っているってことは、実際にそうでなくとも、そうなるかもしれませんよね!?」


 膝を抱えて座っていた彼が、急に元気になって立ち上がる。どんどんと詰め寄ってきて、僕は壁に追い詰められてしまう。

 彼の顔が近距離に――否定をさせない勢いで、僕は思わず「うん」と頷いてしまった……。


「おれのせいじゃない――やっぱり、みんなの言う通りでした!!」


「そ、それはそうなんだけど……、あれ?

 さっきまであんなに落ち込んでいたのに、どうしてここまで急に元気が!?」


「実際に名前が出てしまえば、戦犯へ仕立て上げられる可能性があったので……。別の人の名前が出てくるまでは、おとなしくしていようと思ったんですよね。

 落ち込んでいれば慰めてくれるし、追い詰められている人間を犯人にして断罪はしないでしょう? へらへらしてるとヘイトを集めますし……、だから弱者を演じました。

 みんなが言ってくれたんですよ――『君は悪くない』って。

 じゃあおれは悪くないんです。悪くなければ、犯人じゃないんです」


「だからと言って、いま名前を出した○○さんが犯人でもないけど――」


「はい。そうですよ。誰も悪くない。犯人なんていないんですよ――おれも、○○さんも、犯人候補に名前が上がっても、犯人になることはありません。

 誰が悪いか、なんて不毛な争いはやめましょう、時間の無駄です」


 ……彼は、待っていたのだ。


 自分と同じ状況になった、犯人候補の仲間を。


 一人きりと二人いる、では、重さが違う……、彼の気もだいぶ楽になっただろう。


 この元気が証拠である。


「誰が悪いかは忘れましょう。

 これから不利益をどう補填するか、本題はそっちでしょう?」


 脇道に逸れたのはお前が落ち込んでいたからだが……。

 ただ、野放しにはできなかった問題、か。


 話し合いが続けば、いずれ犯人候補へ銃口が向けられる――そうなった時へのカウンターとして、欲しかったのだろう――『君のせいじゃない』。


 言質を取られた。

 取られてしまえば、僕たちは彼を非難することはできなくなった。



「ただ、誰のせいでもないと言ったからね?

 言ったからには最後まで、誰のせいにもならないから」

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