第45話
公演は拍手に包まれて、一切のミスもなく、そして素晴らしく終わった。
もうすでにジャンボの涙腺は崩壊しかけていたが、前と同じくスタッフに声をかけられ、隣を歩く彼女に情けなく「アイツら最高だった」なんて繰り返し言いながら歩いた。
彼女はジャンボの様子には呆れていたが、それでも京劇の舞台で輝く二人がジャンボの息子だとは信じられないほどの立ち回りで、うんうんとジャンボに賛同して頷いていた。
なんだか凄く貴重なものを見せてもらったような気分だった。
そして二人は案内のとおりに歩き、楽屋が並ぶ廊下に出る。
するともう、チョコとバニラの二人は廊下で待っていた。
「ジャンボ、久しぶり」
二人は少し照れたような笑顔で、ジャンボたちを待っていた。
その衣装も小道具も化粧も、彼らはすっかり自分のものにしている。
「お前たち、本当に成長したなぁ」
「ジャンボは相変わらずだな」
泣きそうな声で話すジャンボを見て、嬉しそうにする青年二人は、ジャンボの隣の女性にもしっかり声をかけた。
「初めまして。息子の向子蘭です。お越しいただきありがとうございます」
「初めまして。同じく朱克です。手紙でお話はよく聞いておりました。素敵な恋人ができたと」
彼女は嬉しそうに微笑むだけだったが、ジャンボは驚きのあまり心臓が止まるかと思った。
「お、おい、お前ら大丈夫か。本当に本物か?どうしたその話し方は、ど、どうした?大丈夫か?」
ジャンボが今までにないくらい戸惑いそのままよろけてぶっ倒れそうなので、チョコとバニラはやっと外行きの顔を解いて笑った。
「すごいだろ?ちゃんとこういうのも練習したんだ」
「ま、今回は特別に、ジャンボの恋人さんに失礼がないように二人で練習したんだけどね。もしかして俺たちが宇宙人に乗っ取られたかと思った?」
二人がニィッとからかうように笑い、ずいぶん昔の仕返しをされてしまって、ジャンボは心底ほっとし、してやられたと額をおさえた。
なんだかんだそのクセを見るのも久しぶりだ。
チョコもバニラもとっくに青年なのだが、でも、それでもどうしてもジャンボに聞きたかった。
「俺たちの演技、どうだった?」
チョコとバニラはドキドキして、ジャンボの答えを待った。
ジャンボの隣に立つ彼女は、観劇中のジャンボの姿を彼らにみせてあげたいなぁなんて思っていた。
そして当のジャンボはもう、親バカ全開だ。
「最高だった。誰よりも輝いてた。ひと目でお前たちだって分かったし、ミスもないし、声もしっかり届いたよ。
まだ始めて2年だなんて信じられないよ。
もうずっと叫んでいたかったよ俺は。本当に……本当に成長したなぁ。最高だよお前ら」
「やっぱりあの「好!!!」って声ジャンボだったんだ」
とんでもない勢いで褒めちぎられて、チョコとバニラは戸惑ったが、素直に受け取って嬉しそうに笑った。
京劇の道に進んだことをしっかりと認めてくれて、それ以上に自分たちの活躍を喜んでくれている。
ジャンボって親なんだなぁなんて、思ったのは二人だけの秘密だ。
ジャンボの隣に立つ恋人も、そんな三人を微笑ましく見ていた。
「私もずっと君たちが小さい頃から話を聞いてたから、ジャンボさんほどじゃないけど感動したよ」
「小さい頃からですか?」
「そうだよ。君たちの隣の家の人が結婚した時に、新郎とジャンボさんの怪我をメイクで隠した人がいたの覚えてる?」
「あ、お菓子くれた人として覚えてます」
「それも、私よ」
「えええええええええ!!!!」
チョコとバニラは本気で驚いた。
もっと言えばジャンボが役者の業界に入りたての頃からの付き合いなので、ほぼチョコやバニラと同じ時期に彼女もジャンボと出会っていたのだ。
「その時からお付き合いされてたんですか?」
「ううん。私が告白したのは君たちが劇団に行ったちょっとあとくらい。ジャンボさんね、酷く落ち込んでて役者を辞めるなんて言い出したの」
「はぁー!?ジャンボ!どういうことだよ!」
「いや…だって……別に役者にこだわる必要も無いかなって……」
「俺たちの夢だったカンフー映画の役者やってるくせに!ちょっと情けなさすぎるぞ江白!」
「それは……はい」
ジャンボはしゅんとして、小さくなってしまった。
あの時、本当に心が弱りきってしまっていたのも事実だし、チョコとバニラの存在は自分にとってこんなに大きかったんだと突きつけられたのだ。
「でももう、そんなことは言わないよ。彼女も支えてくれるから」
ジャンボは顔を上げて、穏やかに笑った。
そして恋人に視線を向けると、彼女もため息をつきながら笑った。
チョコとバニラはそんな二人を少しからかいつつも、幸せが増えたような気がして嬉しかった。
「今度また家に帰れるんだけど、その時は彼女さんもいるの?」
出し抜けにチョコが問いかける。
ジャンボと恋人はふと顔を見合わせて、互いに少し困ったような顔をした。
「私はいる気は特にないけど……家族団欒したいんじゃないの?」
「俺はジャンボが幸せそうに笑ってるのも見れるし、彼女さんとも話したいから、いてくれたら嬉しいな」
チョコは本当に特攻隊長だ。絶対に他の人には言えないようなことも、真っ直ぐさらりと言えてしまう。
さすがにジャンボも恋人も二人で照れて、赤くなり、それならじゃあそうしよっかなんて、二人で呟いた。
「バニラもそれでいいのか?」
ジャンボは困ったような笑顔で聞いた。
バニラはチョコほどの勢いはなく戸惑っていたが、照れながら頷いた。
四人で過ごすなんてどうなるのか予想もつかない。
けれどきっと楽しいだろう。
この場の全員が、そう思っていた。
それに、楽屋の扉の向こうで彼らの会話を聞いていた団員たちも、ちょっと幸せな気持ちになっていた。
そんな全てを断ち切るように、屈託のない笑顔でチョコは言う。
「なぁ、そんときに俺の彼女も連れて行っていい?」
一瞬の静寂。
そして断末魔のように響く叫び声。
「啊"ーーーーーーーーーーーー!?」
楽屋の扉ももはや全て開いて、誰もがチョコを見て戸惑っていた。
隣のバニラはチョコの胸ぐらをつかんでめちゃくちゃに振り回していたが、チョコは嬉しそうに笑うばかりだ。
全ての人の思考回路を置いてきぼりにし、チョコは笑っていた。
帰省の日、一体何が起こるのだろう。
いや、もうなにが起きても驚かないだろう。
ジャンボはそんな予感で力なく笑った。
チョコとバニラは20才、ジャンボは39才になった、とある冬の日の事だった。
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