無限回廊
月野 白蝶
無限回廊
「ねぇ、カズくん
丁度夕飯の支度を始めていた
他のサークルメンバーはと言えば、遠くの方ですでにその話題で盛り上がっていた。どうやら、誘われたのは俺たちが最後らしい。
「肝試しって……」
和樹が呆れ顔で何も喋らないので、仕方ないから俺が会話を繋げてみる。
智美は楽しそうに手を叩いて、首を傾げた。
「ココからちょっと離れたところに、廃病院があるんだって。
ホンモノが出るって、有名らしいの!」
どうして女の子は、怖がりのクセに怖い話が好きなんだろう。
和樹を見ると、アイツはただ肩を竦めて作業を再開した。
乗り気じゃないが、一応参加するようだ。
確かに、こうなってしまったら反対するだけ無駄かもしれない。他のメンバーはすでに乗り気だし、強固に反対する要因もないのだから。
俺も、腹をくくるべきなんだろう。
キラキラと目を輝かせる智美にため息をつきながら、苦笑した。
「OK。行こう」
そう答えると、彼女は嬉しそうに笑った。
*****
懐中電灯が、足元を弱く照らす。
砕けたガラスや落ち葉、ゴミが足の下で音を立ててココが『廃虚』であることを主張していた。
「なんか雰囲気あるな」
先頭を歩いていた男が、楽しそうにそう笑う。確か……
彼の隣を歩くオンナが「きゃー 怖ーい」と騒ぎ、亘の腕に自分の腕を絡ませる。
懐中電灯が照らす壁には無数の落書き。
普通の、
「あんま、怖くねぇな」
和樹が隣でポツリとこぼす。
「確かにな」と返しながら、他の連中と同じように辺りを見渡すが、別段変わった所もない。
「ひとまず奥に進もうよ!」
ウキウキと、亘に腕を絡ませているオンナが言った。怖かったのではないんだろうか。
「よっしゃ! 行くか!」
亘が、意気揚々と歩き始めた。ヤケに、気合いが入っている。
「アイツ、上澤狙いだからなぁ」
和樹が呆れたようにため息をついて、コッソリ囁いた。
そうか、彼女の名前は上澤か。
同じように小さく返すと、「サークルメンバーの名前くらい覚えておけよ」と、和樹は苦笑した。
「そんなこと言ったって、人の名前を覚えるのは苦手なんだよ」
不満げに言い返すと、アイツは苦笑を深くしただけだった。
懐中電灯の弱い明かりで足元や壁、天井を照らしながら俺たちは奥へ進む。
無人のナースステーションを通り過ぎ、真っ暗な廊下を歩いていると、
不意に、窓ガラスがガタガタと音を立てた。
オンナの子数人が悲鳴を上げ、男連中もいささか体を固くする。
「た、ただの風だよ」
亘がそう強がり、明かりを窓に向けた。
眩しく反射したガラスの向こうに見えるのは、薄暗い夜の森。
「……ほ、ほらな!」
あからさまにホッとした表情で亘は笑い、つられて他のメンバーも笑う。
「ヤだもぅ。ビックリしたぁ!」
上澤が馴れ馴れしく亘の肩を叩き、さすがの和樹も隣でホッと息をついた。
やっぱり、皆何やかんや言いながらも恐怖はあるらしい。
こういう時、オトコというのは2通りにタイプが分かれる。
1つは、恐怖に負けて帰ろうと言うヤツ。
そしてもう1つは、
「だ、大体幽霊なんているわけねぇって!
さっさと奥進もうぜ!」
亘のように、強がって虚勢を張るヤツ。
狙っているオンナの前で虚勢を張りたいのは分かるが、見てる側としては苦笑しかない。
「奥へ進もう」
和樹が苦い笑顔を浮かべながら、そう言って亘の肩を叩いた。
「もっちろん!」
亘は意気揚々と強がりを言って、懐中電灯を室内に戻す。
相変わらず不気味な廊下がソコには広がっていたが。
初めの異常と思っていたことがただの風のせいと分かり、妙な安堵と共に皆のテンションもいささか上がる。
ホラー映画にあるような、医療機器や薬の空き瓶が転がっている、なんてことはない。時間と共に積もった埃と枯葉、そして水溜まり。そういったモノが弱い明かりの中に浮かび上がる。
途中、先を歩いていたオンナの子と目が合った。名前は確か……高澤亜美、だったかな。
どうやら霊感とやらがあるオンナの子らしく、ココに入った時から周りに、何か感じないかだのなんだの質問されていた記憶がある。
「どうしたの? 亜美。さっきから後ろばっか気にして。
あ、もしかして孝志くん狙い?」
智美が目敏く彼女の異変に気付き、声をかける。
しかし、最後の一文は小声で囁いたつもりかもしれないがあいにくとコッチまで筒抜けだ。
和樹が冷やかすのを叩くフリで牽制して、もう一度高澤を見る。
彼女は、「違うよ~」と否定しながら、それでも俺をジッと見つめていた。
「……なんか、誰かについてこられてる気がする……」
「や、止めてよ。
一番後ろって孝志くんとカズくんしかいないじゃない……」
そう、俺が最後尾を歩いているのだから、俺の後ろには誰もいない。
けれど高澤は、首を傾げつつなおも俺を見る。
……まさか……
いや、そんな筈はない。
高澤を見つめたまま、俺は口を閉ざした。
顔色が悪かったのか、和樹が気遣わしげにコチラを見る。
「おい、階段があったぞ!」
亘が、声を上げた。
慌ててソチラを見ると、確かに上へ行く階段があった。
何で人は昇る道具があると昇りたくなるんだろうか。
やはりアレか。好奇心と言うものか。進めるならば進みたくなるものなのだろうか。
そんな馬鹿げたことを考えている間に、皆は階段を昇りはじめていた。
俺も慌ててついていく。
踊り場には割れたガラスが散らばって、光を反射してキラキラ輝いていた。
やけに明るいと思ったら、夜空には丸に近い月が浮かんでいる。あと数日もしたら満月になりそうだ。
「案外明るいじゃん」
和樹の言葉に他のメンバーも「そうだね」とか「懐中電灯いらないかもな」などと笑い混じりに同意した。
階段が終わり、現れたのは闇。
光に目が慣れてしまったせいで、その闇は前より暗く濃度が増したかのようだった。
そんなこと、あるわけがないのに。
「……」
さすがに怖くなったのか、皆の口が重くなった。
「い、行こうぜ」
無理矢理作った明るい亘の声が、虚しく響く。
ここまで来たのに、帰ろうなんて言わないし言えない。
だから、皆は黙々と歩を進めていた。亘にへばりついているオンナ――また名前忘れた――は怯えるように、更に体を亘に密着させる。
二階は、病室だけだった。
朽ちたベッドと枯れた観葉植物。
ジメッとした暑苦しい空気さえ、どこか冷たさを帯びたように感じる。
至るところに落ちているガラスが、時折懐中電灯の明かりを反射して目を焼いた。
「そういえばさ、『七人同行』って知ってる?」
不意に、智美が小さな声でポツリと話始めた。
こういう心霊スポットを探したりするくらいだ、元から怖い話が好きなのかもしれない。
「なぁに? それ。知らなぁい」
前を歩いていたオンナ――思い出した。上澤だ――が、肩越しに智美を振り返る。
智美は、辺りを一度見渡してから、静かに語り出した。
「なんでも、不合の死を遂げた人間七人が妖怪となり、さ迷うんだって。
成仏するためにはどうするんだったかなぁ
オチは度忘れしちゃった」
暢気に言うところを見ると、ただの話題提起に話を始めたらしい。オチは度忘れしていたが。
中途半端なホラーは、恐怖が増すことを知らないんだろうか。
「何ソレェ」
案の定、上澤はブルリと一度身震いをして、顔を歪めた。
ソレは、唐突に訪れた。
一回、二回、懐中電灯が点滅して消える。
残されたのは、静寂と暗闇のみ。
隣にいる人間の顔さえマトモに見えない、静かな『闇』
「……ねぇ、どうしたの?」
智美が、笑みを貼り付け亘に聞く。
「明かりがつかねぇ」
「ちょっ……嘘でしょ?」
「マジだって!」
パニックとは、感染するモノだ。
亘の動揺は瞬く間にメンバー全員へ浸透し、途端に騒々しくなる。
あの和樹ですら、顔を蒼くしているほどだ。
それに加えて、
「もぅヤだ! 誰がついてきてるの?!」
頭を抱えて、高澤が叫ぶ。
ヒタヒタと足音が響いた時には、もう皆限界だった。
誰が最初に叫んだんだろうか。
気付いたら、皆は散り散りに出口へ向かっていた。
あれほど明るく光っていた月は、今はすでに雲の中。明かりのまるでない夜の闇が、確実に皆の中から『理性』を奪う。
俺も慌てて皆を追った。
足音は、俺の後ろから一定のリズムで迫ってくる。
大した距離ではない筈なのに、出口まで嫌に遠い気がした。
ねっとりとした闇が、腕に、足に、絡み付いている気すらする。
もどかしさを感じながら階段を駆け降り、廊下を進むと真っ正面に出口が見えた。
先に出た和樹や智美たちが肩で息をしている。
彼らは、俺の方を見て顔をひきつらせた。
「急げ! 孝志!!」
和樹が焦った様に手を伸ばし、上澤が短い悲鳴を上げ、智美と高澤は声すら出さずに小刻みに震えている。
亘が遅れて振り返り、長い長い悲鳴を上げた。
助かった。
そう思った“孝志の肩”を、俺は掴んだ。
*****
「ねぇ、『七人同行』って知ってる?」
「何ソレ、知らなぁい」
「なんでも、不合の死を遂げた七人が、妖怪になって人間を襲うんだって」
「何で人間襲うの?」
「自分の代わりに人間を1人とり殺して七人同行の一員に加えると、成仏出来るかららしいよ」
「え~、何気にグロい」
「ねぇ~
そういえばさ、国文科の羽柴くん。夏休み明けから姿を見ないけど、どうしたのかね?」
無限回廊 月野 白蝶 @Saiga_Kouren000
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