第8話

 宏介が華飛に連れられ向かった先は、港にある小さな倉庫であった。

 そこには、小さなストーブと、安く売ってる様な電化製品が一式に、防弾チョッキから非常食と思われる菓子パンに缶詰。さらには、マシンガンや手榴弾といった物騒なものまで揃っていた。

「しばらくは、ここに隠れ住むわ。但し、見つかったら、また逃げる」

「よくこんなところ用意できたな……」

「演員会も一枚岩ではない、という事よ」

「なるほど」

「期限が決まってる。数週間後、市長パレードの日、そこで攻撃を仕掛ける」

「何でまた……。ていうか、手伝うとは言ってない」

「いいえ。あなたは手伝うわ。だって、生きたがっているもの。一緒に逃げてるのが何よりもの証拠」

「違う! 俺は……。ただ、流れに任せて」

「御託は良いのよ」と、華飛は宏介の話を遮って、ホワイトボードの向きを買え、ペンで大体のパレードのときの様子を書いてみせた。

「当日、あなたともうひとりのピエロが生き残っていれば、演員会を乗っ取ったあいつは痺れを切らしてテロを仕掛ける。そこで、それに乗じて私達も攻撃を仕掛ける。標的は裏切った構成員とその首領」

 宏介は小さく頷いて、話を聞いている事を示した。

 華飛も頷き返して、話を進める。

「さて、それまでの間、あなたには訓練を受けてもらう。映画でよくある様な展開よね」

「どんな?」

「例えば、陸軍兵士が軍学校で習うような、本格的なものよ」

 臆する宏介に、華飛は微笑み言った――「大丈夫、あなたには人殺しの才能があるわ」

 男はただ、微妙な顔をするしかなかった。


 警視庁の一室。

 己のデスクで資料をまとめていた成瀬は、溜息を吐いて、肩を回し、背中を伸ばした。

 それから、冷えたコーヒーを一気飲みし、隣で伏せて眠っている張戸に「煙草休憩行ってきます」と一声掛け、屋上に向かった。

 すれ違う同僚に小さく頭を下げ、エレベーターに乗る。

 到着を待ち、扉が開くとポケットからスマホを取り出し、電話を掛けた。

 ワンコールで応答がし、和成の声がする。

「――首尾はどうだい? カズ」

「勘弁してくださいよ、ボス。こんな任務――終わったら俺、引退しますからね」

「ははは。冗談はよしてくれ」

「こっちの台詞だ」

 煙草に火を点け、一服する。それから、成瀬は報告をはじめた。

「捕まりません。どうやら、相手方も手強いようで。尻尾すら掴めませんよ」

「街の監視カメラにはちらほら映っている様だが」

「逃げ足が早いみたいです。それに、二宮 宏介も布袋 透も陰の協力者が多い」

「協力者?」

「演員会の中の反乱分子と、布袋 透のシンパっすよ」

 吹かしていた煙草を地面に転がし、革靴で踏み潰す。そうやって、点いた火を無理矢理に消した。

「いくらあんたが化け物でも、限度はある。このままで、俺達が負ける」

「ゲームは難しいほうが面白いぞ」と、呑気に笑う和成に対し、成瀬は真面目なトーンで返した。

「本当に冗談じゃない。俺は死ぬつもりなんかない」

「じゃあ、どうする?」

「張戸 淳一を上手く使う。手伝いがいります。二宮 宏介か布袋 透のどちらか、早急に居場所を突き止めてください」

「……それで、どうする」

「警察に根城ごと潰させる。上手く行けば、共倒れも狙えますよ」

「了解した。手は回しておこう。では、頼んだぞ」

「あいあいさー」

 吸い殻をそのままに、成瀬は屋上を後にした。


 数日前、警察に補導された伊勢は保護者呼び出しの上で家に帰され、両親によりネットの閲覧可能サイトを制限という形で配信環境を剥奪されていた。

 元来、不登校児で家にも居場所のない彼女は、昼間から繁華街などを徘徊し、時間を潰していた。

 喫茶店の隅でコーヒーを啜りながらスマートフォンを弄っていたところ、面白い書き込みを見付ける。

「ピエロ教……?」

 眉唾もののカルト集団に関する布教の書き込みで、連絡先さえ教えてくれれば、詳細を教えるという旨の内容であった。

 好奇心旺盛な彼女が、それに食い付かない理由はなかった。

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