第5話

 本庁に戻った張戸は、連続殺人犯を追うにあたり、マフィア組織――演員会の調査が必要と考え、己のデスクで資料を漁っていた。

 一番、最初に業都に現れた、詳細不明のピエロ。巷を騒がす犯罪のシンボルの、その起源が何なのか、頭を悩ませていた。

 それにあたり、業都にまつわる事件の資料を全て引き出していたが、答えに至らない。

 彼が四苦八苦していると、デスクに若手の刑事が現れた。

 先日、一方的に行方を眩ませた透の代わりに配属された青年である。

「張戸警部補! お疲れ様です!」

「おう、来たか。ええ、と、成瀬 和樹だったか。……まあ、座れ」

「はっ!」

「演員会とピエロ事件は、表立っては切り離されて考えられている。だから、それぞれ、別々の人員で個々の計画で追われてる。それゆえ、これは俺達が勝手にやる事だ」

「はい」

「ピエロは、三人いる。最初に演員会を乗っ取った、正体不明の一人目。次に元・お笑い芸人である――二宮 宏介扮する、二人目。最後に、行方を眩ませた刑事――布袋 透とされる、三人目」

「布袋さんが!?」

「推測だ。まだ、正式には発表されていない。だが、ほぼ確定だ」

「な、成程……」

 和樹は息を呑んだ。

「それぞれ、ほぼ同時期にピエロという皮を被り始めたのは、意味があるはずだ。俺達は、それを追う。その為に、演員会も相手取る必要があるはずだ。覚悟は良いか?」

「は、はいっ! よろしくお願いします!」

 頭を下げる新たな部下に、張戸は満足げに頷いた。


 警察に追われる透は、逃げ続けながらも悪人を探しては殺しを繰り返し、一週間の時を過ごしていた。

 日をまたぐ度、何者かに見られている切迫感が強まり、誤魔化すために自分に言い聞かせる語気は強まっていく。

 いつからか、彼は使命感を覚え、殺人に快感を見出しつつあった。

 さて、そんな彼を追うのは警察だけではない。

 演員会にも目をつけられ、下町の袋小路――弾切れ寸前の拳銃を反社の人間に向けながら、透は息を荒げていた。

「何故、俺を追う!?」

「知らねえよ。ボスの命令だ。死んでもらう」

 答えになってない答えが帰ってきて、話にならない。

 近付く巨漢に銃弾を放つも、当たらず、焦るあまりリロードもままならない。

 相手側が銃の引き金を弾こうとした――その時、男の後ろから鉈の刃が見え、首を撥ねた。

 巨漢の首が路地に転がり、身体が前のめりに倒れる。吹き出す血が小さな水溜まりを作り、跳ねた一部が透の頬についた。

 笑顔の女性が鉈を持って、立っている。

「こんにちは、ピエロ様。私のこと、覚えてますか? 助けに来ました」

「へ……?」

「冠城 美鈴。あなたに助けられた女です」

 透はまたひとつ、生き延びた。


 元・警官のピエロによる連続殺人は、遂に8人まで被害者の数を伸ばし始めた。

 そして、今度の被害者は演員会の手のものとされ、物議を醸す。

 熱心なシンパ達の信仰は高まり、警察の立場はかなり切迫した状況となりつつある。

 そんなニュースを報道しているのは夕方の番組で、宏介と華飛は見ていた。

「警察官の犯罪者と、それを狂信するシンパの女性……」

「まあ、他所のできた事よね」

「何処まで行けると思う?」

「何人殺せるかって事? さあ? 捕まらなければ何人でも。逆に聞くけど、貴方はどう思う? 彼の行動」

「何がさ」

「同じピエロとしてって事よ。あなたも彼も、見方を変えれば正義の味方かもしれないわ」

「ただの人殺しだろ」

 テレビを消して、宏介は溜息を吐いた。


 演員会の事務所。

 社長椅子で胡座を掻く道化の格好をした男は、だらしなく軽薄に笑いながら、構成員を問い詰めていた。

「おいおい、素人に殺られるってまじかよ? あんたら、まじで本職~?」

「すみません! ピエロ様。次は、次は必ず」

 前に乗り出し、懐からピストルを取り出し、構成員に突き付けた。

「次ね~……」

 ゆっくりと引き金を弾くと、中から出てきたのは銃弾ではなく、花束であった。

「次、な」

 それだけ言って、岬 和成――カズは、玩具のピストルを投げ捨て、椅子に座り直した。

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