第5話

 翌朝、お兄様と護衛のロイドと学院へ向かう。お兄様は教室前まで送ってくれたわ。お兄様の麗しい姿にクラスメイトからは黄色い声が飛んできた。


 昨日は席が決まっていなかったのだけれど、今日からは座席が決められていた。きっと昨日の鑑定結果を見て決めたのだわ。私は右端の1番後ろの席。マリーナ・ラストール嬢は左端1番前の席だわ。これなら関わる事も少なくてすみそう。私はホッとする。


 授業は恙無く進んでいった。昔と習う事は大差がなかったので復習という感じで楽に過ごせそうだわ。クラスも特に混乱も無く、過ごす事が出来た。隣の席のイリス・フィクサー子爵令嬢やララ・カーン伯爵令嬢とも話をする機会があって早速お友達も出来そう。ドキドキしながらも楽しい学生生活をスタートさせた帰り、迎えに来てくれたお兄様と歩き出す。


「リア!クラスはどうだった?友達は出来そうかな」


「はい。お兄様。クラスの方々は親切そうな方々でしたわ」


お兄様と話しながら馬車に乗り込もうとした時、


「君がファルセットの妹、リア嬢かな?」


振り向くと、そこには第三王子のライアン殿下と、その護衛達。ひぇぇぇ。まさかこんな所で会うとは。心なしかお兄様の顔も引き攣っているわ。


「初めまして。私、リア・ノーツです。いつも兄がお世話になっております」


私は動揺を隠すように淑女の仮面を付けてライアン殿下に礼をする。


「会えて良かったよ。ファルセットが君を自慢する割に会わせてくれないんだよね。ふーん。ファルセットが隠す理由は納得した」


はて?よくわかりません。すると、お兄様が私を隠すように前に立つ。


「殿下、わざわざ帰り際に。何かご用でも?」


「いいや?ファルセットの大事な妹が見たかっただけだよ。光魔法が使えるんだよね?気になるじゃないか」


ライアン殿下は興味本位で私を見に来たのかしら。


「まぁ、リア嬢に会えたし、今日のところはいいかな。リア嬢、またね」


私が礼をしている間にライアン様はさっさと帰ってしまったわ。目の前にはぷんすこ怒っているファルセットお兄様。なんだか嫌な予感しかしませんね。





 ライアン様の突撃から半月、学院での友達ができ、平穏な学生生活が送れていたと思う。けれど、やはり平穏は破られることに。


「リア・ノーツ侯爵令嬢様、ライアン殿下が一緒にお昼を食べたいとの事です。本日の昼食の時間にお出迎えに上がります」


 そうライアン殿下の従者が私のクラスへ告げに来たの。憂鬱な私とは違い、座席で従者とのやりとりを見ていたのか一際強い視線を感じる。視線の方向に目を向けるとそこにはマリーナ様。マリーナ様。2度言ってしまった。口を出す事はなかったけれど、私を睨んでいる。


何か私はマリーナ様にしたかしら。はっ、そういえば、公爵令嬢のマリーナ様は殿下の王子妃候補者だったわ。


 昼食の鐘が鳴った時、ライアン殿下の従者はすぐさま私を迎えにきた。従者に連れられてきたのは王族専用のスペース。中に入るとライアン殿下と従者、護衛とファルセットお兄様がいたわ。


「ライアン殿下、お久しぶりです」


殿下はニコニコと従者が用意する昼食を前にしながら私を見ているが、兄は機嫌が悪い様子。


「ライアン殿下、本日は私にどのようなご用件でしょうか?」


「用事?特にないよ。一緒に食事をしてみたくてね。さぁ、食べよう。ほらっ、ファルセットもね」


ライアン殿下に促されてお兄様の横に座り、食事を頂くけれど、緊張してゆっくり味わう事が出来ないわ。


「リア嬢は好きな人はいるの?」


「私の好きな人、ですか。ファルセットお兄様が大好きですわ」


私は敢えてお兄様の名前を出しお兄様に視線を向けて微笑む。お兄様も先程とは打って変わりニコニコと私を見つめる。


「いや、ファルセットの事では無くてね。婚約者はいないんだよね?どういった人と結婚したいんだい?」


じわじわと詰め寄られている感じがするわ。


「・・・そうですね。一途に、私だけを好きでいてくれる人、でしょうか。愛人や第二夫人を作る人なんて論外ですわ。好きな人を誰かと共有するなんてちょっと・・・。


王族の方の妃となる方はきっと器の大きな方なのでしょうね。必ず側妃を迎えねばなりませんから。私には難しそうですね。きっと嫉妬に狂い、死を選びたくなりますわ」


少し考えるふりをした後、思い付いたように答える。きっとお兄様は私が何を言うかと内心ドキドキしているはずですね。やはり諦めてもらうには光属性の自殺を仄めかすのが良いわ。


「そうだね。でも、王族の妃になり庇護下に入る事は自分の身を守る事でもあるのではないかな?リア嬢ならどう考える?」


「私なら、ですか。私なら教会へ入りますわ。いらぬ嫉妬に身を焦がす位なら生涯を治療者として国に身を捧げますわ」


ニコリと微笑みながらそう答える。


「でも、私は光魔法も使えますが、水魔法も使えます。将来は王宮魔導師として身を立てる事を考えておりますの。我が家は王宮魔導師を数多く輩出している一族でありますし、お兄様が跡継ぎですから。なんら問題はありませんわ」


 王宮魔導師はほんの一握りしかなれないため、忙しさのあまり必然的に王宮住まいになるし、王宮魔導師は婚姻の自由が認められている。そして王宮での警備は厳重なため安全ではある。


「リア嬢を妃に迎えると毎日が楽しそうだね」


「ふふっ、殿下ったらまた悪い冗談を。見目麗しい殿下の妃となるべく優秀な候補者方が沢山おいでになるではありませんか。私、あの中に入るのは難しいですし、遠慮したいですわ。ね、お兄様」


「そうだね。リアを頑張る御令嬢達の中に放り込むのは酷な事だよね。兄と一緒に働くために王宮魔導師を目指すのが1番かもしれないね」


私達は婚姻なんて知らぬ、存ぜぬ、関わらぬ、を押し通すべくニコニコと頷き合う。


「ふーん。考えておくよ。リア嬢は美人だし、光魔法持ちだし、僕の妃にぴったりなんだけどなぁ」


なんとかこの場は断れたかしら。殿下とのやり取りで心をガリガリと削られ、クラスに戻る。私がげっそりした顔で戻ってきたせいかイリス様もララ様も心配して声を掛けてくれたわ。


 授業が始まるまでは3人で殿下とのやり取りの話をしたわ。心の削られた部分を補充するにはやはりお友達との何気ない会話が必要よね。何故だか、痛い程の視線をマリーナ様から感じるけれど、見ない、知らないふりが1番いい。関わりたくない。

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