第47話 安閑

「ごちそうさまでした!」


「はい、お粗末様でした」

 私が食べ終わるまで待っていたカサネちゃんが、少し目を細めて笑う。


 ぜんぜん表情が変わらないから、最初はカサネちゃんが何考えてるか分かんなかったけど、最近はけっこう分かるようになってきた気がする。

 うれしい。


「カサネちゃん、すっごい料理上手だよねー」


「まあ、ずっとやっていますから。大したことありませんよ」


「えー、すごいよ。私はカップラーメンとか、チンするやつしか作れないもん!」


「……今度、教えましょうか?」


「やった! 今日の夜ご飯の時が良い!」

 カサネちゃんと、いっしょに料理! 楽しそう!


「分かりました、では空が紅くなりはじめたら台所に来てください」


「はーい!」


「後、そろそろ私は山に行くので、昼食が冷める前にあの男を起こしてきて下さいませんか?」


「分かった! 起こしてくる!」

 本当はカサネちゃんと遊びたかったけど、あと三日くらいで用事が終わるって言ってたから、それまでガマンだ。


 私は、たかしの部屋に行くために長いろうかを走る。

 ちょっと、めんどくさい。


 最初は一つしか部屋がなかったから、みんなでいっしょに寝てたのに、たかしがおねだりしたらすぐに、ゆずちゃんが部屋を増やしちゃった。

 しかも、今日はお昼まで寝てるし。

 なんか、ゆずちゃんに甘やかされて、たかしがダメ人間になってる気がする。


 走ってきたから、たかしの部屋にすぐ着いた。

 私は勢い良く、ふすまを跳ね開ける。


「たかしー! 起きて! あれ?」


「しー、静かにせい。旦那様は疲れておるのじゃ」


 たかしの部屋に、ゆずちゃんがいた。

 指を口にあてながら、たかしが起きていないかチラチラ横目で確認している。


 おかしい。

「なんで、たかしの部屋に、ゆずちゃんがいるの?」


「ん? ああ、妾は眠らんからの。ずっと旦那様の寝顔を眺めておったのじゃ」


「ヤ、ヤンデレロリババアだ……」

 本当にいたんだ、思わず口に出して言っちゃった。


 ゆずちゃんは、首をひねっている。

「やん? ろり? 何じゃって?」


 やっぱり、ロリババアってカタカナの言葉わかんないんだ……。


「それより、たかしが疲れてるって言ってたけど、なんで?」


「ああ、旦那様は昨夜、遅くまで帝王学を学んでおったからの。勉強熱心な旦那様も素敵じゃ」


 なぜか、ゆずちゃんはうれしそうに胸を張っている。


「なんで? そんなの勉強してたの? たかしって王様になるの?」


「ここに来た陰陽師が置いて行った帝王学の書物があると言ったら、旦那様が読みたいと言い出したのじゃ。もしかして、あれは王になりたいという意味じゃったのか? それならそうと言ってくれれば、いくらでも王にしてやったのに! そうじゃ、寝ておる間に王になっておったら旦那様は喜ぶかの? よーし!」


 そう言って、ゆずちゃんは、たかしに手を向けて呪文を唱え始める。


「わ! まって! まって! たぶん、たかしは王様になりたいんじゃないと思う」

 たぶん、たかしのは中二病のやつだ。

 私も、ちょっと読みたいし。


「なんじゃ、そうなのか……」

 ゆずちゃんは光らせていた手を下げる。


「ねえ、ねえ、ゆずちゃん。なんか遊ぶやつない?」


「んー、そうじゃなあ、前々からお主の事は見極めたいと思っておったし、丁度よい機会じゃ。お主、将棋はできるか?」


「チェスなら、できる!」


「ちぇす? なんじゃそれは?」


「外国の、しょうぎ!」



 +++++



「———で、キングは周りのマスならどの向きにも一個だけ進めるの」


「ほう、王将と変わらんな。さて、これで全部かの? よし! それでは盤を作るか。駒は……将棋の駒を流用でよいな」


 ゆずちゃんは木の板に線を引き、その上にコマを並べる。


「……では、始めるかの」

 そう言って、ゆずちゃんはポーンを一個だけ進めた。


 私も無言でルークの前のポーンを二個進める。

 そのまま、しばらくチェスを無言で続けていると、ゆずちゃんが話しかけてくる。


「お主は、旦那様の何なのじゃ?」


「……今は、友達」


「む、そうなのか? てっきり妹だと思っておったわ」

 ゆずちゃんは、意外そうに目を丸くしている。


「なんで?」


「いや、旦那様が随分とお主に心を許しておるようじゃったからの」


「えへぇ、たかしと私はね、すっごい友達だからね!」


「なるほど……」

 ゆずちゃんが、私のルークをとる。


「あ! ちゃんと、考えてやってたんだ」

 てきとうにやってると思ってた……。


「お主、失礼じゃなあ」


「…………えい!」

 クイーンで、ゆずちゃんのルークをとる。


「ああ! 気づかんかった!」


 けっこう、いい勝負な気がする。

 楽しい。


「ねえ、ゆずちゃんは、たかしのことなんで好きになったの?」

 さっきの質問のお返しに、私も質問する。


「んー」

 ゆずちゃんが、なつかしそうに目をつむった。


「……初めてだったんじゃよ、初めて人から優しくされたんじゃ。ずっと怪物だ、よそ者だと言われておった妾に、旦那様は人間にするように優しくしてくれたんじゃ」


 ……おんなじ、なんだ。

 たかしが初めてちゃんと自分を見てくれて、うれしかったんだ。

「私も、それ、分かる」


「ふふん、お主はもしかしたら見込みがあるかもしれんな」


 なんか、えらそう。

「でも、たかしと結婚するのは、かみなしさんだと思う」


「なに! 前言撤回じゃ! 見込みなしじゃ!」

 ゆずちゃんが、ムキ―っと手を振り上げる。


「お前らな、勝手に人の縁談を進めるな。親戚のオバちゃんか」


「あ! たかし! おはよう!」


「おう、おはよう」

 そう言いながら、たかしは布団にもぐりこむ。


「なんでよ! 起きてよ!」

 おはようって言ったのに!


「お主! 旦那様は眠いのじゃ! 寝かせてやらんか!」


 ゆずちゃんが、たかしの味方をする。


「もう、お昼だよ! ゆずちゃんは、たかしを甘やかしすぎ! このままじゃ、ダメ人間になっちゃう!」


「旦那様は何をしていても素敵じゃから、ダメ人間にはならん!」


 私達がそうやって言い合いをしていると、突然たかしの布団がガバッと持ち上がる。


「うるせえよ、もう完全に目覚めちゃったよ。おはようございます」


 びっくりした……。

 すごいえらそうに立ってる。

 また、おはようって言ってるし。


「あ、おはよう。なんで二度寝しようとしてたのに、そんなに、どうどうとしてるの?」


 たかしが、いつもみたいにニヤッと笑う。


「あのなあ、俺は二回おはようございますって言ったろ? で、お前はそれに二回とも返事をした。要するに、お前は俺が二回とも起きた事を認めたって事だ。で、少し話は変わるんだが、普通は今から二度寝する奴はおはようって言わないよな? それは何故かって言うと、完全に起きた状態になる前に睡眠状態に戻るからだ。つまりさ、俺は二度寝したんじゃなくて、一度起きて昼寝した後にまた起きただけなんだよ。でさ、幼稚園にお昼寝の時間ってのがある訳だ。つまり、俺は生まれて最初に規律を教える組織と同じルーティーンを、自主的に行ったんだよ。これぞ正しく規則正しい生活、駄目人間の真逆だ。寧ろ、お前らも模範的人間の俺に倣って昼寝をするべきなんだよ」


「な、なるほど……!」

 たかしは、やっぱり頭が良い。


 たかしは満足そうにうなずく。

「……それで、もう昼飯って食べちゃった?」


「うん、私とカサネちゃんはもう食べた。たかしの分は居間にあるよ」


「ういー」

 そのまま、たかしはノソノソ立ち上がり部屋を出て行った。


「いってらっしゃーい!」


 たかしを見送った私を見て、ゆずちゃんは不思議そうに首をかしげている。


「なんというか……お主と旦那様の関係性が、全く読めん」


「なんでよ! 友達って言ったじゃん!」


「う、うむ…………ほい、桂馬をとったぞ」


「ふふーん、チェック!」


 その日はそのまま、夕方になるまでチェスをして遊んだ。

 ゆずちゃんには何回か負けちゃったけど、たかしは弱かった。


 これから、カサネちゃんといっしょに料理するのも楽しみ。

 でも、かみなしさんには、そろそろ会いたい。

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