第30話 使者

「たかし! コーラ……あれ? さっきゲーム止めたの?」

 明日香が、バン! と扉を開けて駆け寄ってくくる。


 ……騒々しい奴だ、所詮は猿の亜種か。


「さっきのはゲームオーバーになったからな。ほら、予期せぬタイミングで死ぬと、やる気なくなるだろ?」


「たかし! あきっぽいんだ!」


 ニコニコしながら俺の事を悪く言うな。


「俺は切り替えが早いんだよ。それより、なんか遅かったな? コーラ無かったのか?」


 俺が質問したとたんに、明日香は視線を泳がせる。


「いや、言いたくないなら別に良いけど」

 特に興味も無いし。


「それよりさ、前回の続きやろうぜ」


 誤魔化せると思ったのか、俺の話題転換に明日香はすぐに飛びついた。

「たかし! これ終わったら、またアイスおごって!」


「毎回言ってるがな、負けた方がアイスを奢るルールだからな」


「でも、たかし、私に一回も勝ってない!」


 俺にちょっと勝ち越してるからって調子に乗りやがって!

 クソ、何時だって勝利に胡坐を掻いていた者が、最後には寝首を掻かれるんだよ。


 第一、常に向上思考で成長し続ける俺が負けるなど、断じてあり得ない。


「俺が勝ったら三百円のアイス奢らせてやるからな」


 明日香にコントローラを渡し、対戦を開始する。


 今起動したこのパズルゲームは、ネット対戦もできるし、話しながらのプレーに向いているので重宝していた。


 お互いに慣れたもので、ゲームが始まった瞬間から、ほとんど反射でブロックを動かしては消していく。

 尤も、積み方なんかを勉強している上梨と違って、俺達は単純にブロックが溜まったら縦長のブロックで消す、というのを繰り返しているだけなんだが。


 ぼーっとしながら手だけはガチャガチャ動かしていると、明日香が話しかけてくる。


「ねえ、たかし、かみなしさんと、また遊べるようになったら、どこ行きたい?」


「んー? なに、遊べるようになりそうなん?」


「?! な、なんで?」

 明日香が露骨に動揺してミスをする。


 なんだこいつ、わざとらしく動揺しやがって……。

 言外に俺に何かバラそうとしてんのか?


「上梨が俺では無くお前にだけ教えたんだったら、俺は聞かんぞ」


「い……う……えっと、ね、立ち聞き、したの……」


 ……それで妙に戻ってくるのが遅かったのか。


「おじさんと、かみなしさんが、通話してて、それで、かみなしさんの食べたくなるのが、おちつくかもって……でも、くわしいことは分かんない」


 ……アレって、そんな簡単に落ち着くものなのか?

 仮にも上梨が今まで、十年近くせんゆう様の落とし子について調べてたんだぞ?


「まあ、その時になったら上梨から話してくれるだろ」


「うう、でも、ちゃんと知りたい」


「じゃあ、上梨に聞けば良いだろ」


 俺の言葉に、明日香は項垂れる。

「立ち聞きしてたの、バレたくない」


 いや、バレてるだろ。

 こいつ、どれだけ自分が騒々しいか分かってんのか?


 階段駆け下りてった癖に、よくそこまで自分の隠密性に自信を持てるな。


「バレたくないなら、どうやって調べるんだよ」

 明日香が項垂れている隙に、俺はお邪魔ブロックを溜めて一気に明日香へと送り付ける。


「なんか、となりの町の伝説? が、かんけいあるみたいだから、日曜日に、がんばる!」


「……そうか」

 ちょっと神社に寄って帰るだけのつもりだったのに、面倒な事になったな。

 怠惰こそ夏休みの特権だというのに、俺はこんな事で良いのだろうか?


 はあ、日曜に急にインフルエンザ発症しねえかな?

 だいたい、夏風邪があるなら夏インフルエンザもあって然るべきだと前々から思っていたんだ。

 風邪の上位互換であるインフルエンザが夏に活動しないのは、ウィルスの怠慢であるとしか言いようがない。

 俺はウィルスが相手であろうと、怠慢は許さないぞ。

 もっと勤勉な俺を見習え。


 明日香の隙を付いたお邪魔ブロックのお陰で、ゲームは現在、非常に有利に進んでいる。

 後は二連続で強攻撃でもブチ込んでやれば、俺の勝ちは確定だ。


 瞬間、俺のゲーム画面にゲームオーバーと表示される。


「は?」


 隣を見ると、明日香がニコニコと笑っていた。

「なんか、お邪魔ブロックいっぱい消してたら、れんさのやつになった!」


「……まじか」

 俺の連敗記録が、また更新された。


 あ、ありえん。この俺がまたしても敗北するとは……隙まで突いたというのに。

 もしかして俺、ゲーム下手なのか?


 ああ、三百円のアイスか……手痛い出費だ。


 俺は仕方なく財布を取り出し、ゆっくりと立ち上がる。

「ほら、勉強会の時間になる前に、さっさと買いに行くぞ」


「うん!」

 明日香は勢いよくビョンッと立ち会がり、そのまま部屋からとび出て行った。


 ちっ、勝ったからって調子に乗ってやがる……次は負けん。


 玄関では、既に階段を下りて靴を履いた明日香がピョンピョンしていた。

 どんだけ素早く階段降りたんだよ。


 俺も階段を降りようと視線を下げると、コーラが鎮座していた。鎮座ましましていた。

 ……なんで?


 罠か? 誤ってコーラを蹴り倒す事で、俺の全身がコーラ塗れになる事を狙った策謀か?

 俺の骨だけでなく、全てを溶かしきるつもりなのか?


 まあ、溶けないけど。

 というか、ぬるくなってるし。


 コーラを冷蔵庫にしまい、ようやく俺も玄関に辿り着く。


「おい明日香、階段駆け下りると危ないから、次からゆっくり降りろよ?」


「分かった!」


「よし」

 素直さと馬鹿さは、こいつの美点だな。


 俺は玄関の扉を開ける。

「うぐ」

 俺は玄関の扉を閉める。


 すぐに閉めたのにも関わらず、既に玄関内は熱気に満ち満ちていた。


 ……最悪だ。

 エアコンのせいで、夏が暑いという事をすっかり忘れていた。


「……なあ明日香、アイスって英語で氷って意味なんだ」


「うそ! 私のこと、バカにしすぎ!」


 俺は無言で、スマホの英和辞典を見せる。


「俺にゲームで勝ったお前には、好きなだけ氷喰わせてやるからさ。外は止めにしようぜ」


「やだ! 外でかき氷、食べよ! ちゃんと、氷だよ!」


 ……確かに、かき氷は氷だ。

 こいつ、馬鹿さが美点なのに俺の屁理屈の穴を突くなよ。


 小学生に論破された俺は、ゆるゆると扉に手をかけ、再びゆっくりと押し開けた。

 ムッとした熱気が顔に纏わりつき、昆虫共の不協和音が耳を刺す。

 音の爆弾と化した蝉の声は、最早生物兵器と言っても過言ではない。


 はあ、かき氷屋よりコンビニの方が近いのに。

「……行くか」


「うん!」


 明日香は相変わらず、元気いっぱいだ。

 俺も小学生の頃はこんなんだったっけ?

 ……いや、ずっと母の顔色伺ってたな。


 玄関から一歩踏み出した。


 瞬間、視界がグニャリと歪む。

 瞬間、眼前に続く無限の階段と、等間隔に配置された鳥居。

 瞬間、俺の周囲は完全に木々に閉ざされる。


 さっきまで目の前にいた明日香は、いつの間にかいなくなっていた。

 ……流石に、三回目ともなれば俺にも分かる。


 これは、叔父さんが儀式を行う時に俺達を連れ込んだ空間とか、遊園地のお化け屋敷で幽霊と出会った真っ暗な通路とかと、同質の空間だ。

 確か、叔父さんが神隠しの応用とか言ってたっけな?


 俺は後ろを振り返る。


 やはりそこには、この空間の主と思しき人間が立っていた。


 見た感じ、女子高生か?

 知らない学校のセーラー服だな。


 まあ、同い年の女子相手なら流石に俺でも勝てるだろ。


「おい、用があるならさっさと済ませてくれ。俺はかき氷を買いに行くんだ」

 俺はキッと女を睨みつけるも、彼女の無表情は揺るがない。


「お久しぶりです、黒崎明人様。私、大蜘蛛様の遣いとして参りました。早急に大蜘蛛神社へ願いに来てください。母は痺れを切らしております」

 セーラー服の少女はそれだけ言うと口を噤み、無表情で俺を見つめ続けてきた。


 ……すまし顔で、神隠す相手を間違えるなよ。

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