異世界スラムの魔王伝
@himagari
第1話
降り続く雨の中、俺は地に伏して空を見上げていた。
「――っ!レオン!!」
空を見上げていた俺の視界に金色の人影が入り込んだ。
長い金色の髪に青い光がちらつく緑色の瞳。
鈴のような声を張り上げて俺の名前を叫んでいるようだが、答える力が残っていなかった。
しかし、泥にまみれても姫は姫だなぁ。
血に汚れて泥水に濡れても元第一皇女様は美しい。
こんなに綺麗な姫様が小汚いスラム生まれの俺しか縋れるものが無いなんて皮肉な話だ。
「……これで終わりです、レティア様」
すぐ近くから声が聞こえ、姫様がそちらを睨む。
俺もそれを追うように視線を動かすと、銀色の髪を輝かせた貴公子が立っていた。
先程まで俺と剣を交え、そして俺を斬り伏せた張本人。
俺と同じくスラムの生まれでありながら第一皇子に圧倒的強さを認められて、古い言葉で最強を意味する『ディラン』の姓を得たアレン・ディラン。
皇子に拾われた恩から今こうして帝位継承戦の最終手段である暗殺までやらされている。
哀れだ、と言ってやることさえ出来ないが代わりに鼻で笑ってやると、アレンはその整った顔を歪めた。
「――僕は、間違っていたかい?」
アレンが問を投げかけた。
しかし俺にはすでに答える力は無い。
その代わりに姫様が口を開く。
「いいえ、貴方は間違っていない。――だからこそ憐れです」
「……憐れ、ですか」
「貴方は運命に定められた道を間違えることなく真っ直ぐに歩いた。それ故に悩み、苦しみ、迷っている。優しく、恩を忘れない正しさの末路がこれでは……その涙では、あまりに報われません」
その言葉にしばらく瞑目したアレンはそれでも自らの道を歩む事にしたらしい。
「レティア様を連行したします。……そういう、命令なので」
「……辱めを受けた後の公開処刑か、政治の道具か、はたまたお兄様の慰み者か。ここで生き延びたとしても、私の未来は明るくありませんね」
それに対し、アレンは何も答えない。
姫様の予想が正しいかどうかは分からないが、ここで姫様を生かして連れ帰ることは、ここで死ぬことよりも暗い未来である事を奴も分かっているのだろう。
「ねぇ、レオン」
もう目も霞んでまともに姫様の顔すら見えなかったが、姫様が俺の耳元で囁いていることは声でわかった。
結局俺は人生全部かけたって姫様一人救えなかった。
そんな情けない俺だ。
姫様からの恨み言でも罵声でも全部聞いて、冥土の土産にでもしようじゃないか。
「――レオン、私の最後をお願いできますか?」
………。
…………。
「――なにをっ!?」
どこにそんな力が残っていたのか、俺は手元に落ちていた剣を握りしめ、姫様の首目掛けて全力で振るった。
姫様の細い首は切った感触すら感じられないほどあっさりと剣を受け入れ、一瞬でその首が飛んで、地に落ちる。
アレンは俺を止めようとしたようだが流石に間に合わなかったらしい。
首が無くなった姫様の体が俺の隣に倒れ、最後の力を振り絞って痙攣する姫様の手を握った。
ごめんな、姫様。
あの日の恩だけは返したかったけど、俺じゃ力不足だった。
こんな弱い俺だけど、もし、次があったなら、今度こそあんたを護ってみせるから。
だから、また、あんたの隣に………。
その負け犬のような思いを最後に、俺は生涯の幕を閉じた。
――筈だった。
「もし、もし、聞こえていますか?」
最近になって聞き慣れた声は少し幼くなっていて、いつまで経っても見慣れない綺麗な顔は随分幼くなっていた。
「……姫、様?」
俺の目に、幼くなったレティア・ニルタリアな映っていた。
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