第89話 誰も子供達が来れない日 1

 冬も半ばを過ぎ、もうそろそろ雪が降るのも少なるなるかな、と思い始めた頃、深夜から猛吹雪となった。

 吹雪は朝になっても収まっておらず、薄暗いままの部屋で明かり用のランプをつけた。


「これは今日は誰も来れないだろうな……。日課、どうしようかな」


 これまでは吹雪いても朝にはほぼ収まる日が多く、子供達が来ない日も聖地まで行けない日もなかった。

 さすがに聖地ではこれほど吹雪いていないだろう、と予測はできても、視界もほぼないような吹雪の中聖地までの短い距離でも歩いて行くのは困難だ。


 ましてや俺も雪国育ちでもないしな……。このまま止むなら待っててもいいけど、午後から更に吹雪いた、なんて事態になったら……。アーシュに強制された日課だけど、一日もかかさず続けて来たし、今となってはすっかり身に沁み込んだ習慣にもなっているしな。


 日課の効果を期待されるのは今でもやめてくれ!とは思うが、日課自体は最近では楽しみの一つになっているのだ。


「午後に吹雪が収まるかどうか、さすがにアインス達でもわかる訳ないよなー。少しの間でもいいから晴れ間が出ればいいんだけど」

『そうですね。いくら神獣とはいえ、天候は管轄外です。まあ、怒りによって災害は引き起こせますけどね」

「うわっ、ドライ!朝から怖いこと言うなよっ!!」


 ドワーフ達に年々改装して貰っている家は、最初は前面は扉替わりの衝立があるだけだったが、この冬を迎えるにあたっての改装で、俺の話す知識からついにドワーフ達はスライド式のドアを造り上げてくれた。

 なので今年の冬はほぼ隙間風は入ってこず、家の中の暖炉に火を入れ、アインス達に温風を魔法で操作して貰えばとても暖かい。


『まあ、とりあえず朝食でも食べて様子みなよーー。さすがにこの吹雪だと、今の俺たちだと危ないから訓練も出来そうにないしなーー』

『おう、そうだ飯だ飯!とりあえず肉を焼いてくれよ!』


 ドアのほんの少しだけ開けた隙間から外を伺っていると、アインスとツヴァイも起きだしてひょい、と上から外を覗き出した。

 後ろを振り返るとララも起きたのか、少し心配そうな顔をしてこちらを見ていた。


「そうだな。とりあえず中の竈で肉を焼くよ。ただハーツは大丈夫か、ちょっとだけ様子を見て来ようかな」


 結局大きなかまくらの中を掘った雪の塊で、雪ウサギ達と協力してハーツの寝床用のちいさなかまくらを今年も作ったので、そこで寝起きしている。

 ハーツは大型犬程の大きさなのでかまくらは俺がかがめば入れるが、ロトムはきつい、というくらいの大きさだ。なのでこの吹雪だと吹き付けた雪が中まで吹き込み、入り口が埋まってしまっていてもおかしくなかった。


 まあ、今どのくらい雪が積もっているのかも、吹雪いてほとんど視界がないから見えないから確認できていないんだけどな!


『まあハーツはフェンリルだし、去年よりも格段に氷の扱いが上達していたから、大丈夫だと思うけどね。それに、なんとなく吹雪に興奮してかまくらから出て走り回っているような気がしない?』


 少しだけ呆れた雰囲気で、最近では珍しく口調を崩したドライが、ララの方を伺いながら言うと、ララもなんともいえない顔になっていた。


「そ、そうかもしらないけど、じゃあ、一応ここから叫んでみるよ」


 そう言われると、俺もなんとなくそんな気がしてきたけど。


 ドアの隙間を顔が出るだけ広げると、アインスとドライが吹雪が部屋の中に吹き込まないように風を操作してくれた。

 なので安心して声が少しでも遠くまで届くように、自分の顔の後ろから逆風を吹かせるように魔法を使いながら叫び声をあげた。


「おーーーーーーい、ハーツ!大丈夫かーーー!ご飯は、部屋で食べるかーーーっ?」

『ーーーーーーー!ーーーーゥォーーーーン』


 息を殺して耳を澄ませていると、轟轟という吹雪の合間に、かすかにハーツの声が聞こえた。その声はどんどん大きくなっているから、こちらへ近づいて来てくれているようだ。


『やっぱり大丈夫だったね。元々一年中氷と雪に閉ざされるような場所にいるんだから、心配はいらないと思ってたけど』

「またドライは。ハーツのことにになると、なんだか投げやりになるよな」


 そんな話をしていると、雪まみれのままハーツが元気に駆けて来たので、とりあえずその場に朝食用の肉を出し、中に入って朝食にすることにしたのだった。




 朝食を食べ終えても、やはりまだ吹雪は収まらなかったが、ハーツは朝食を食べるとまた吹雪の中を楽しそうに駆けて行ってしまった。

 轟轟と音を立てて吹雪いている雪に、聖地へ行くべきかどうか本気で悩みつつロフトへ入る。


「おはよう、キキリ、ユーラ、オズ。お、オズ起きているな。じゃあ今日は吹雪いていて誰も来なさそうだから、少し歩いてからご飯にしようか。キキリは先にご飯を出すな。ユーラはこの吹雪だから、とりあえず雪ウサギの果物を出しておくよ」

『ギャウ。おはよう、イツキ。ご飯、食べてる』

「う!」


 キキリは今でもオズに付きっ切りで付き添っているが、ユーラもオズが来てからはこの部屋で寝るようになっていた。

 ベッドの背もたれに背を預けて座っているオズを横目に、まずキキリとユーラに朝食を渡す。そしてオズに向きあうと、まずコップに入れた世界樹の泉の水を差し出した。


「ほらオズ。水を飲んだら少し運動しよう」


 ぼーっと焦点の合わないオズの手を持ち上げてコップを持たせ、その手を口へと運ぶ。唇にコップの淵を当てて支えてしばらく待つと、ほんの少しだけ手が動き、コップを傾けて水を飲んだ。


 まだ目に生気は見られないけど、身体は少しは生きようとしているってことだよな。これだけでもかんり進歩だと思おう。


 ユーラが傍にいて毎日必ず飲ませている世界樹の泉の水効能を引き出しているからか、アーシュに確認したところ身体は今以上に衰弱することはないそうだ。なのでオズの身体はまだ飢餓の影響があって栄養不足ではあるが、精神と衰えた筋肉以外はほぼ正常に回復しているらしい。


 コップ一杯の水を飲み切ったオズの手からコップを取り、今度は掛けてある毛布を避けてオズの手を握る。


「さあ、オズ、少し歩こう」


 体勢を横向きにし、脚をベッドの下へと下ろして手を引くと、まだまだ頼りないが自分の足で立ち上がった。


『一緒、行く!』

「う!」

「もうキキリもユーラも食べ終わったのか?じゃあ今日は部屋の中を一周して来よう」


 ゆっくりと手を引いて歩き、階段に差し掛かると後ろ向きになって補佐をしながら降りる。


『ギャウ!ギャギャウ!!』

「うー、うー!」


 降りながらキキリがオズの足元でふらつくと支え、ユーラは一生懸命に後ろ向きで階段を下りながらもオズのふらつく足をポンと叩いていた。

 そう、毎日雪ウサギの果物を食べているからか、ユーラは足腰がかなりしっかりしてきており、階段までも一人で降りれるようになっていた。まだ危ない時はあるが、春になったら精霊たちがまたユーラの成長を祝ってお祭り騒ぎになるだろう。


 なんとか階段を降り切り、そのままゆっくりと部屋の外周を歩きアインス達の近くまで来ると。


『ふむ。ほんの少しだけですが虚無の闇が薄れましたね。食事はこれからですか?』

「ほんの少しでも生への希望が出てきたならいいんだけどな。オズは戻ったら食事にする予定だけど」

『じゃあ今日はせっかくだからここで食べて行きなよーーー。ほら、俺に寄りかかっていいからなーーー』


 丸まって座りくつろいでいたアインスが羽でそっとオズの身体を引き寄せ、自分の羽に寄りかからせて座らせる。


『うん、ほんの少しだけどよくなって来ているねーーー。オズだっけ?ほら、ここは君を害する者は誰もいないからねーー。まあ、もう少しゆっくり休んだらいいよ。そうしたら少しずつでも生きて行こうって気力が沸くかもだからさーーー』


 ポンポンと優しくオズの身体を羽で叩きつつ、子守歌のようにゆっくりと優しい声でアインスが語り掛ける。


 アインスって猪突猛進ですぐ飛び出して行っちゃうけど、本質は優しいんだよな。よく子供達の面倒も見てくれているし。


 子供達の世話から逃げているようで、きちんと見守ってくれて手が足りない時はいつの間にか面倒を見ていてくれたりもする。

 そんな優しさに触れたからか、また何も映していない昏い瞳が、ほんの少し揺らいだように見えた。


 春は待ち遠しく、もうすぐ春になるかってつい考えてしまうけど。こうして吹雪の中ゆっくりと春を待つのも悪くない。そう思えたのだった。










*****


そろそろ春、といいつつもうちょっと冬が続くかもです。

(書くのあったの思い出しました(おい)


春登場予定のもふもふを予想しながらもうちょっとお待ちください( ´艸`)


次は日曜か月曜です。

どうぞよろしくお願いします!


フォロー♡☆、ありがとうございます!励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る