第82話 子供たちの成長と癒し2

 慌てて、でも騒がしくないように出来るだけゆっくりと小さく丸まって眠るオズを覗き見てみると、ぼんやりと目を開いていることに気が付いた。


「う、うーーー!」

『イツキ、水とスープを、あげて、とギャウ』

「あ、ああ、分かったよユーラ。ありがとうキキリ。……ハーツとシュウはどうしてここに?それにうるさくしなかったか?」


 ベッドの上でふんふんとオズの耳の匂いを嗅いでは尻尾をパタリパタリと揺らしているシュウにドキドキしながらキキリに聞いてみると、答えはハーツから返って来た。


『ワフ。イツキ、シュウ、案内、してくれた』


 ん?シュウがハーツを案内して、最後にこの部屋に来た、ってことか?え?この十日間、子供達は誰もこの部屋には近づかなかった筈だよな?


 シュウのことを最初は気にかけていたが、元々シュウはあちこち庭を駆け回っていて、あまり家へも入って来ないしキキリが常にオズに付き添ってくれていたから安心していたのだが。


「……キキリ。もしかしてシュウはこの部屋に来たことがあったのか?」

『ギャウ。三日目から毎日来て、いつも、しばらくいる』


 へ?えええーーーーっ!!三日目から毎日、って、今まで一度もキキリから言われたことなかったし、騒ぎになったころもなかった。子供達だって、このロフトの部屋からは一番遠い場所で昼寝していたくらいだし。ってことは、シュウは毎日大人しくオズの匂いを嗅いでいるだけ、ってことなのか?


 ええーーーーっ!と再度叫び声をあげそうになって、慌てて腕で口を押える。


 と、とりあえず水とスープを飲ませよう。オズが起きている時は貴重だからな。

 フーーー、と大きく息を吐き、気持ちを切り替えて世界樹の泉の水と野菜を煮溶かしているスープと取り出す。

 準備が終わると、オズの頭の横でまだオズの匂いを嗅いでいるシュウにそっと声を掛ける。


「シュウ、オズに水を飲ませたりするから、ちょっとごめんな。しーーー、だぞ?」

『みゅー』


 シュウの静かな鳴き声の返事にホッとしつつ、オズの体にそっと手を差し込み、縮こまって丸まっている上半身をそっと起こす。


「お水とスープ、飲もうな。まずは水からなー」


 虚ろな瞳を覗き込みながらそう告げると、コップを手に取り口元に添える。


「うっ!!うううーー」


 そうするとユーラがコップに添えた俺の手に触れ、もう片方の手をオズの手に触れる。そのまましばらく待っていると、少しだけ瞳が揺らぎ、コクン、と一口飲みこんだのだった。



 時間をかけてコップ一杯の泉の水とスプーンに十杯分のスープを飲ませ終え、再びベッドへそっと横たえると、どんどん体が丸くなり、足を抱え込むように横たわる。


「うーうーうー……。うーうーうー……」

『ギャーウー、ギャーウー』


 その間背中をユーラとキキリが声を掛けながらそっと叩いているのを見守る。

 その優しい声は、遠き日の子守唄を思い出させ、ほんの少しだけ郷愁の念を呼び起こした。


 ……世界の戦乱で闇に揺らいだ世界の為に命を落とし、ゆっくりと成長しながら力を取り戻して再び世界を守ろうとするユーラ。生まれてすぐにそんな世界を見守る為に親元を離れたキキリ。そして。


 傷つきすぎて虚無の闇に囚われて閉じこもっているオズ、か。まるで一緒に立ち上がろう、もう一度頑張ろう、って呼びかけているみたいだな。なあ、オズ。死ぬことになった事故まで一度もそんなつらい目に合ったことのない俺が言う資格はないのかもしれないけどな。もう一度、もう一度だけ生きよう、と思えるようになったら、ここにいる子供達も皆喜んでくれるんだぞ。でも、今はゆっくりと休んでくれな。


 俺ももう二度と会えない両親や兄のことを思い出し、チクリと少しだけ胸の痛みを覚えつつも、それでも今自分を見てくれる子供達がたくさんいることの幸せ嚙み締めた。



「さあ、ユーラ、ハーツ、シュウ、行こう。皆で聖地へ行くよ」

「う!」

『ワフウ!』

『みゃう!』


 小声で戻って来た返事に微笑み、ユーラを抱き上げ、キキリにオズを頼んでロフト部屋から降りて行く。ただその時、そっと立ち上がったシュウの尻尾が、優しく撫でるようにオズの背を撫でていたのが目に入り、やんちゃなだけでないシュウの優しさに触れて成長を実感したのだった。




 ハーツが来た日の雪は少しだけ積り、翌日には姿をほとんど消していた。ただその翌々日は猛吹雪となり、とうとう積雪の時期となった。


 グーラのララはケットシーの赤ちゃんや子供達に囲まれ、戸惑いながらも嬉しそうに世界樹の泉へと一緒に歩いていた。俺は日課に別れてそのまま家へ戻って来てしまったが、その後もクオンやロトムに確認したらケット・シーの子供達と遊んでいたらしい。


 子供達が帰った後はまた緊張して固まっていたが、アインスとツヴァイの勢いと元気の良さにはまだ慣れなそうだが、ドライにはなついて来ている。

 因みにさすがにアインス達の羽布団で雑魚寝は人見知りのララには無理だろう、と、作って貰ってあった布団を近くへ敷いて寝てもらったぞ。


 それでも二、三日くらいは落ち着かなさそうだったが、少しずつ人見知りが状態がましになってきたのか最近では俺たちのすぐ隣に敷いた布団で寝ている。




「おーーー。今朝は積もったなー。そろそろケットシー達の子供たちも来れなくなりそうだな……」


 猛吹雪の日から五日。とうとう朝震えながら起き出して外を覗いたら、五十センチくらい積雪していた。今も吹雪いてはいないが雪は降り続いており、去年のことを考えると来る子供たちはかなり少なくなりそうだった。


『ウォンッ!!』

「おー、ハーツおはよう。今日は積もったな。日課から戻って来たら、かまくらでも作るか?」

『ウォォーーーーーーーーッ!!かま、くら!かまくら、楽しい!』

「フフフ。去年もハーツは大喜びだったものな。じゃあ、朝食の支度をしているからな」


 一声鳴いて、また雪原と化した広場と畑を駆け回りに行ったハーツを見送り、さっさと竈に火を入れて朝食の準備をする。

 そうして皆で朝食を食べていると、雪でも元気にクオンがやって来た。


『イツキ、おはようなのーーーっ!』

「クオン、おはよう。クオンは雪でも元気だなーー」


 いつものように走って飛びついて来たクオンを座って抱き留め、そのままもふもふ撫でまわす。

 嬉しそうにブンブン振られている冬毛で更にふっかふかのもっふもふな尻尾がパタパタ腕に当たって、その毛並みにうっとりする。


 その後もロトム、シュウ、ライは来たが、セランとフェイ、それにやはりケット・シーの子供たちは姿を見せなかった。


『き、今日は少ない、です、ね?』

「ララ。この雪だからな。ケット・シーの子供たちも、去年なら雪が吹雪くころには来れなくなってたんだ。流石にもう冬の間はほとんど来れないかもしれないなー」

「そ、そう、ですか……」


 しょぼん、と垂れた尻尾と耳に、可愛らしいが少し気の毒にもなる。

 ララは子供たちがいる時間はほとんどケット・シーの子供たちと一緒にいたのだ。最近ではかなり慣れて、赤ちゃんケット・シーの毛づくろいやお世話を率先してやってくれていた。


 今年は近くの集落やオズのことがあったから、冬でも恐らく人里の様子見をしていたのだろうな。雪が降ってクー・シー達が来なくなった後も、ケット・シー達は預けに来ていたがこれだけ雪だと、もう人里には出ないだろうしな。ララは寂しいだろうけど、雪が少なくなるまでは去年と同じように神獣や幻獣の子供達だけだろう。



『ワフッ!』

『ハ、ハーツ、くすぐったいです』


 見るからに気落ちしたララを見かけたのか、ハーツが駆けて来て少し手前で勢いをころし、そっとララに尻尾をこすりつけた。

 元気すぎるハーツにかなり人見知りのララ。そんな二人でもやはり幼馴染だからか、ララはハーツには人見知りはしていなかった。それでも。


 ううう。やっぱりハーツ、成長したなぁ……。絶対もっと子供の頃は走った勢いのままララにドーーンとぶつかって行ってコロコロ転がる姿しか思い浮かばないもんな。ララも小さな子供たちやシュウと遊ぶハーツの姿に、最初の頃は驚いていたもんな。


 ほのぼのとじゃれあうハーツとララの二人を見守っていると、いつの間にかそこにシュウが加わっていた。全員色は微妙に違うが毛並みが白いので、毛玉になっていると分かりずらい。


 最初はララに飛び掛かって硬直させたシュウだが、ケット・シーの子供たちの面倒を見るララの姿を見て、そろそろ近づいてビクッと怯えられていたが、ハーツが間に入ったのかいつの間にかハーツと一緒ならララもシュウにそれ程怯えないようになって来ていた。



 はーーー。やっぱり子供たちの成長って早いよなー。成長するのか?とか失礼なことを考えてしまっていたシュウも、いつの間にか気遣いができるようになっていたし。……まあ、気になることがあると消えてしまうのは今でも変わらないけどな。でも。


 吹雪で気温はかなり寒かったが心の中は暖かで、いつかこの暖かさをオズも受け入れてくれたらいいな、と思ったのだった。

 







*****


新入りなのにララの出番が少なくなってしまいました……。じ、次回はまたもふもふが強くなるかと?


ちょっとバタバタしているので、今週からはやはり週2回更新になりそうです。

次は日曜に更新予定です。

どうぞよろしくお願いします!


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