第56話 ユーラとカーバンクルの関係
森でカーバンクルと出会い、一緒に家へ戻ってから三日経った。
俺はあれから一度もカーバンクルの気配も感じていないが、たまにユーラの視線が森の方を見たり、家のある大木を見上げたりしていることから、恐らく家の屋根か森の木にいるのだろう。
因みに全く分かっていないのは俺だけで、キキリやアインス達はたまにフッと視線を動かしているから、カーバンクルの動く気配を察知しているのだろう。
アーシュにもカーバンクルのことを聞いたのに、「今は言えん」と言われちゃったんだよなぁ……。とりあえず成獣ではない筈だ、ってことだけは教えてくれたから、子供ではあるんだろうけど。ユーラもカーバンクルには反応しているし、何かあるのは間違いないと思うんだけどな。
とりあえず俺がカーバンクルにやっていることは、毎朝と毎晩果物を広場の隅の木の下へ置いておくことだけだ。きちんと毎回無くなっているから、食べてくれているのだと思う。
「さあ、皆聖地へ行くよー!走らないようになー」
『『『『『『はーい!(ギャウ!)(ワンッ!)(ニャー!)』』』』』』
朝食の支度をする前に置いた果物がちゃんとなくなっているのを確認し、ユーラをおんぶして子供達が揃っていることを確認すると、今日も聖地へと日課をしに歩き出す。
最近ではアインス達はアーシュとの訓練の日以外もずっと崖へ行って訓練しているから、こうして子供達と聖地へ歩いて行くことはほとんどなくなった。
その分フェイやキキリ、それにケットシーとクー・シーの子供達の中でも年長の子が小さな子達を見てくれているので、俺は皆がはぐれすぎないように見ているだけだ。
上から花畑に隠れてしまう小さな子猫と子犬達の姿を見ながら歩いていると、セランがそっと近づいて来た。
『イツキ、今日はあの子、ついて来ているよ!』
「おお、そうなのか。昨日は確か、広場の入り口まではついて来てたけど、聖地へは入らないで引き返していたんだよな?」
『そうなの!一昨日は木の上から私達のこと見てただけだったよ!』
こうして聖地にもついて来るなら、カーバンクルはやっぱりユーラのことを見守る為について来たんだろうな。一日、一日と近寄って来ているのなら、いつかは一緒に歩くことも出来るようになるかもしれないな。
「みんな、カーバンクルのことはそっと見守ってあげてくれな」
『うん、わかってるよ!』
『ちゃんと分かっているの!でも、ちゃんと出て来て一緒に遊べたらいいのにね!』
「そうだな、クオン。いつか皆で一緒に遊べたらいいな」
そっと振り返り、おんぶをしているユーラを見るとやっぱり目線が後ろに動いていた。
やっぱりユーラとカーバンクルの間には、何かはあると思うんだけどな。もうちょっと見守ってみるか。
そのままクオンとセランとじゃれつつ歩き、泉の傍へと到着した。
「なあ、クオン、セラン。カーバンクルはまだついて来ているか?」
『いるよ!ええと、今花畑の真ん中くらいだよ!』
『うん。ずっと同じくらいの距離を開けてついて来てたの』
「そうか、教えてくれてありがとう。じゃあ、二人にはここで子供達がカーバンクルの方へいかないように見ててくれな。俺はキキリと日課に行ってくるから」
『分かった!まかせて、イツキ!僕、ちゃんとできるよ!』
『私もちゃんと面倒みれるよ!』
ムフン!と仕事を頼まれて鼻息の荒い二人の頭を撫でてから、いつものようにキキリと二人で世界樹の方へと歩いて行く。
その時、ふとかすかに気配を感じて、思わず振り返りそうになる自分を抑えてキキリに目をやると、コクリと頷かれた。
今日は最後までついて来るのか。やっぱり目当てはユーラなのかな?
背中のユーラを見ると、やはり気配があった方に首を動かして見ていた。
まあ、こうしてユーラが動くようになっただけでも、カーバンクルには感謝しているんだけどな。……そりゃあもふもふもしてみたいのは本音だけどな!
そのまま気にせずのんびり歩き、いつもよりも少しだけ遠い場所にユーラを降ろす。キキリにも目配せして離れた場所から見守っていて貰い、いつもの根の場所へと歩き、世界樹の葉を手に目を閉じた。
これでユーラに近づいて来てくれるかな?まあ、今日はダメでも明日ならもっと近寄って来てくれるかもしれないしな。とりあえず日課を済ませるか。最近では少しずつ汗ばむくらいになって来たし、深緑よりも深い緑の葉っぱを思い浮かべようか。
目を閉じ、青々とした世界樹の葉が、さんさんと照る太陽の光を隅々まで受けて光合成している様を思い浮かべながら魔力を注いでいく。
魔力を注ぎ終わり、目を開けると眩くキラキラと光が瞬いていた。そのいつもよりも夏の太陽を思わせる輝きが消えるのを見守り、そしてゆっくりとユーラの方へ眼を向けると。
「っ!!」
ああっ!と叫びそうになったのを、咄嗟に手を口に当ててなんとか抑える。
世界樹の根元に横たわるユーラのすぐ傍に、カーバンクルがいたのだ。じーっと目を逸らすことなく見つめ合っている。
邪魔してはダメだ。何故かそう感じて、息をひそめて自分なりに精一杯気配を殺す。そっとキキリに目をやると、キキリも身動き一つせずにじっと二人の姿を見つめていた。
このままいつまでも続くのか、と思ったその時。
『キュイ!』
高い鳥のような鳴き声を一つカーバンクルがあげると、ユーラがゆっくりと頷いた。
するとカーバンクルはユーラの傍から世界樹へ走りより、幹をそのままの勢いで登って行く。
「えええっ!せ、世界樹に昇って……!そ、そんなの大丈夫、なのか?ああ、でもカーバンクルは神獣だし、いいのか、な?」
小さな身体があっという間に見えなくなるのを呆けて見送った後、何かとんでもないものを見た心地になって慌てて声を上げていた。
世界樹の周囲では今まで鳥も、小さな小動物の姿も見たことは一度もない。だから世界樹は生き物は近寄れない何かがあるのでは、と思っていたのだが。
『ギャウーギャ!』
ワタワタと狼狽える俺にキキリがゆっくりと近寄り、ポンッと足を叩きつつ頷いた。
大丈夫だって、言ってくれたんだよな?キキリはもう一人の世界の守り人の子供だし、何か通じるものがあるってことか?……まあ、俺には何もできないし、明日アーシュに聞いてみるくらいしか出来ないんだけど。
フウ、と一つため息をつき、気を取り直してユーラの方へ近寄ると、ユーラは世界樹を見上げ、カーバンクルが消えて行った幹の先をじっと見つめていた。
「ユーラ?……ご飯にしようか」
そっと呼びかけて手を伸ばすと、俺の方をじっと見つめるユーラの姿に何故かとてもホッとして、いつものようにだっこして一凛の花を摘み取った。
そうしてしばらく世界樹の周りで過ごしてから子供達の方へ戻っても、カーバンクルが世界樹から降りて来ることはなかったのだった。
翌朝、いつものように獲物を持って来たアーシュにカーバンクルのことを告げると。
『そうか……。では、世界樹に守護者が戻ったのだな。カーバンクルは世界樹の力を取り込まないと成獣することはないから、ユーラが大きくなった時に成獣し、契約となるのだろうな』
「え?どういうことなんだ?俺にはさっぱりなんだが」
それからしぶるアーシュをなんとか説得して聞き出したことによると、カーバンクルは元々世界樹に棲み、守護する神獣なのだそうだ。
先代の世界樹の守り人が倒れた時に、カーバンクルも世界樹から去って行ったのだそうだ。そのままこの地に隠れ住んでいた子孫が、ユーラという新たな世界樹の守り人と出会い、世界樹へ戻ったのだろう、と。
「でも、それならカーバンクルは世界樹の守護、つまり聖地の守護者なんだろう?アーシュがこの地の守護であるのと同じように。なら、守り人がいなくなったのなら、尚更守護者の役割は大きいんじゃないのか?」
それなのに、なんで世界樹から去らなきゃならなかったんだ?
『……今は世界樹も大分元気を取り戻しているが、守り人を失った当初は葉もしおれ、このまま枯れてしまうのではないか、と我々も思ったのだ。だからこそ、世界樹の力を用いて守護の結界を張っていたカーバンクルは世界樹を離れて世界樹の力を全て再生だけに集中できるようにし、最後に今まで自分の身体に溜めていた世界樹の力を全て使って結界を張り、世界樹がある程度回復するまで誰も聖地に立ち入れないようにしていたのだ』
……人の争いのせいで、世界樹まで枯れそうになり、そして世界の滅亡の危機に瀕することになったのか。それで世界樹の再生を願って自分の守護地を守る力さえ全てを掛け、カーバンクルは聖地を離れて行ったんだな。
俺が知る今の世界樹は、この百年の間に力を全て回復に当てたからこそある程度力を取り戻した姿だったのだろう。
そうか……。元々世界樹の守り人と守護のカーバンクルはずっと寄り添っていたのかもしれないな。
そう思うと、家へ戻った時にユーラが少しだけ寂しそうに見えたのは、カーバンクルが聖地へ戻ったからなのかもしれない、とそう思ったのだった。
****
カーバンクルとはイツキも普通に触れ合えるようにもなる予定ですが、もうしばらくお待ちくださいね。
お陰様で9月5日に発売した書籍が、在庫少になっているサイトもあるようです。
にもし様の表紙がキラキラでかわいいので、見かけたら見てみて下さいね!どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
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