第46話 冬の終わりと春の気配を感じたようです

 セランとフェイを加えて七人となった子供達は仲良く歩いて聖地へ着くと、今度は追いかけっこが始まった。

 はしゃいで走り回るハーツを皆で追いかけ、追いついたら飛びついて押し倒して転げ回って笑い、また起き上がると走り出す。

 そんな皆の様子を微笑ましく見ながら俺は一人、世界樹へと向かった。


 アーシュにも春の芽吹きのイメージで、って言われたし、今日もまた光るか見てみよう。でも、じっくり見てみると、泉の周りも新芽が出て来ているな。そうか。ハーツも迎えが来るはずだ。そろそろ冬の終わり、か……。


 思い返してみれば、俺がこの世界に来たのはちょうどこの時期だったのだろう。目に入る場所には雪はなかったが、最初は洋服も着ていた物しかなかったから大分肌寒くて、ずっと雛のアインス達にひっついていたんだよな。最初に俺を受け止めてくれたし、懐いてくれていたから俺と同じくらいの大きさの雛でもあんまり怖いとは思わなかったんだよな。


 それよりも言葉は通じたけど、何をされるか分からなくてアーシュが怖くて、肉を焼いている時以外はずっとアインス達にひっついていたのだ。


 あの時は気候のことなんて考える余裕はなかったけど、あれは冬の終わり、春の訪れ前、って感じの時期だったよな。そう考えれば、そろそろ丁度一年、になるのか……。日本では一年忌、と考えると、なんだか不思議だよな。


 死んでこの世界に来たことから順に思い返してみても、不安だったのは最初の頃だけだったし、それもアインス達が片言で話し始めたことから、ここで俺を害されることはないと安心して暮らし出したのだ。


 その後もアインス達に乗って岩山を登って森を探索したり……フフフ。なんだか日本で暮らしていた時より充実していたよな。今もかわいい子供達に囲まれて、毎日楽しく暮らしているし。アーシュがいう、巡り合わせ、ってものなのかもしれないな。


 今でも俺が神獣や幻獣の子供達の何の役にたっているのかはいまいち分からないが、死んだことを良かったとは当然思わないが、ここに来られたのは良かったのだと思っている。


 でもこの一年で、俺の状況も本当に変わったよなぁ。最初にアーシュに捕獲された時には、まさかこんなに早く家を持てるなんて思ってもいなかったし。ああ、でもアインス達がすくすく育ったことだけは、ある意味予想通りだったかもしれない。何も知らなかった頃は、雛なだけに大きいけど二、三年もあれば成獣するだろう、って思っていたからな。


 ついこの間見た、アインス達の飛行訓練の様子を思い出しつつ、しみじみとこの一年のことを噛みしめながら歩いていると、いつもの場所へと到着した。


 よし!アーシュには何も気にするな、って言われたけど、俺だけ何も知らないってのは流石に悔しい気持ちもあるからな。今日は気合入れてやってみるか!


 意気揚々とマジックバッグから世界樹の葉を取り出し、じっくりと見つめて世界樹の若葉のイメージを作り上げる。そして目を閉じると根に触れながら、雪が解け、あたたかな陽ざしが大地を照らし、新芽がぐんぐん芽吹いていく様を映像で脳裏に思い描く。

 芽吹いた若葉が春風にそよいだところで、いつもよりも勢い良く、体内の魔力が世界樹へと注がれ始めた。


 ええっ!ちょっ、こんな勢いで注いだら……!


 その懸念はすぐに当たり、あっという間にいつも注いでいる魔力の量を過ぎて更に絞りとられるように魔力が吸収され出す。


 うわわっ!もう、無理、だって……。くっ、ぐらぐらして来た……!


 毎日この日課をこなし、更に料理や畑仕事、掃除などで魔力を使ったことで少しずつ自分で扱える魔力量が増えて来てはいるが、元々が無かった物だからかそれ程多くはないのだ。

 魔力を使い過ぎると貧血のように眩暈が襲い、更に無理をすると倒れてしまう。


 ああっ、まずい、倒れ……。


 一度だけ調子に乗ってお風呂を沸かそうとして無理をして倒れたことを思い出しつつ、もうダメだ、と思った瞬間、フッとスイッチが切れたかのように魔力の流出が止まった。


「はあ……と、止まった。ギリギリだった……。一体、どうなっているんだ?」


 がくがくと震える身体に活を入れ、なんとか身体を起こして目を開けると。


「うわわっ!ひ、光ってる、光ってるよ!やっぱり昨日のは見間違いじゃなかったのか!」


 くらくらくる程眩しい光が、世界樹の上の方で輝いていた。昨日のような一瞬ではなく、見せつけるかのようにしばらく留まった光がパッと消えると、幹もいつもよりも激しくキラキラと輝き出した。


「……な、なんか。満足、ごちそう様、とかいう声が聞こえてきそうな……。いや、妄想だって分かってはいるんだけど」


 一体これはどういうことなのか。またアーシュに聞かないと、と思いつつキラキラ煌めく幹をじっと見つめていると、ドーン!と背中に衝撃を受けた。


『イツキ!今の光、何なの?大丈夫だった?』


 気を失う寸前まで魔力を欠乏した身体ではその衝撃を耐えることなど到底できる訳もなく、バタッと倒れ伏してしまった。


「クーオーンー!!心配してくれたのはうれしいけど、飛びついちゃダメだって言わなかったか?」


 いっつも飛びつくクオンに、時と場合を考えて飛びつくんだぞ、とは常に言っていたのだが。


『ううう。でも、だって、イツキ、フラフラしてたんだもん!なんかすっごくピカッ!って光っていたし!』

「うん、だからフラフラしてたのが分かってたのなら飛びつくのは止めような。ほら、ちょっと起き上がるのも大変だから、とりあえず背中から降りようか」


 キュンキュン鳴きつつ心配してくれるのはとてもうれしいが、背中に乗ったままは止めて欲しい……。


 クオンがどき、なんとか立ち上がる頃には幹の煌めきも止まり、魔力を注ぐ前となんら変わりのない世界樹の姿があった。

 そして心配した子供達が並んでこちらを伺っている。

 

 何だったんだろうな、今のは……。まあ、俺ごときが世界樹のことなんて推し量れる訳もないか。でも、子供達にも心配かけちゃったし。ハーツの最後の日だ。皆で楽しく過ごさないとな。


 それからは皆に心配をかけたことを謝り、少し休んでから家へ戻って森でかくれんぼをしたりして皆で盛り上がったのだった。



 翌朝。アーシュを待っていたが、家から出て目にしたのは真っ白い大きなもっふもふなフェンリルの姿だった。


『ワンッ、ワンッワンッワオーーーーンッ!』


 そして父親の周囲をクルクル走り回るハーツの姿で。


『世話をかけたな。子供も楽しく過ごしていたようだ。感謝する』

「えっ、いや。この冬は、ハーツが居てくれて楽しく過ごせました。感謝するのは俺もです」

『フフフ、そうか。では、また来年も冬に預けに来よう。ハーツ、ほら、挨拶をしなさい』

『ワッフゥ、クーーン……』

『寂しいか?でもお前はまだ雪がない場所では過ごせないからな。その寂しさを糧に、戻ったら訓練だぞ』

『ウウ……ワンッ!!』


 フェンリルの言葉に、キラリとハーツの目に光が宿った気がした。また来年の冬にハーツと会うのが楽しみになった。恐らく逞しく成長した姿を見せてくれるのだろう。成長をずっと見守れないのは寂しいけど、もう会えない訳じゃない。


「じゃあな、ハーツ。元気でな。また来年会おうな。待っているからな!」

『ワンッ!』


 最後にかがんでそっと柔らかな頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めたハーツが、一声鳴くと決意したように父親の元へと歩いて行った。


『では、他の子達にも宜しくな。さあ、帰るぞ!』


 また、来年な、ハーツ!どれだけ成長しているか、楽しみにしているからな!


 あっという間に聖地の方へと駆けて行ったフェンリルの親子の姿を手を振って見送りながら、そう思ったのだった。








****

世界樹を盛り込んだら、ハーツの別れで終わってしまいました。

世界樹の謎はもうちょっとだけお待ち下さい。


次回から3章になります。それに合わせてタイトルを改題したいと思います。

(最初に適当につけたので( ´艸`)

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>


 

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