第10話 森を探索するようです

「良かった、生きてる……」


 ツヴァイの背でロデオ状態で崖上へ上がると、草原でそのままズルズルとツヴァイからずり落ちて仰向けに寝転んだ。

 恐らく今の俺の顔色は真っ青だろう。


 アインスたちが最初に「俺を背に乗せて崖を上がる!」と言い出した時、当然俺は止めた。だが、雛たちの勢いをアーシュが止める筈もなく、結局最初はドライに頼む!ということで登ってみた。

 ドライを指名したのは雛たちの中で一番沈着冷静な性格だからだが、そうして臨んだ初めての騎乗にも崖登りも無事に成功した。


 その頃は今よりも少し小さかったから、最初はドライでもロデオ状態とはいかないまでも、それなりに揺れたがまだ耐えられた。

 ただ、それを見ていたアインスたちが黙っている訳はなく。結局交代で乗せて貰うことになったのが運の尽きだった……。


 アインスに最初に乗せて貰った時は、あわや俺が跳ね飛ばされて転落死か!となったもんなぁ……。まだ、あの頃に比べたらましにはなったけど……。

 因みにその時は、後ろをついて来ていたドライが見事に俺をキャッチしてくれ、その時に岩に叩きつけられて打ち身にはなったが、命は助かったのだ。


『もう、イツキはいっつもおおげさだよな!なあ、なあ!今日こそは、森の奥まで行ってみようぜ!』


 寝ころぶ俺に、死体に鞭うつように羽でバシバシ叩きながら言うツヴァイに、俺の左右に一度ったアインスとドライまでうんうん頷く。


 雛たちとこの崖上まで来るようになってから五日ほど経ったが、今までは崖登りに慣れていないこともあって、森の入り口を皆で歩いては戻る、を繰り返していたのだ。

 その代わりに池の傍に石を組んで大き目のかまどをここにも設置したから、昼食はここで肉を焼いて食べるようになったが。


 アインスたちはまだまだ飛行訓練には早いが、足腰?が成長してあちこち動き回れるようになって来たからか、最近は更に落ち着きが無くなったのだ。

 元気なのはいいことだ、とアーシュは機嫌がいいが、一緒にいる俺としては付き合うのも一苦労だ。


「うーん。でも、疲れて来たら戻る、は約束だよ?森の中で疲れちゃったらアーシュが心配で飛んで来ちゃうからね?」


 初めてここに来て、オルトロスと会った時にアーシュが焼いて拓いた森は、後から見たら黒焦げで周囲の青々とした森と比べてかなり痛々しい光景だったのだ。

 あれ以来、森へ行くと見つけた本を片手に食べられる植物を採っているが、植物性魔物にも注意をしていると中々奥へは行けていなかった。


 ただ森の周囲をしばらく奥へ迂回して行くと木苺が密集して実っている場所や、食べられる野草の群生地を発見したから今のところ俺の食生活はそれなりだった。


『『『わかった!じゃあ、行こう!』』』


 返事はいいんだ、返事は。

 ふう、とため息をつきつつ立ち上がり、そのまま走り出しそうなアインスとツヴァイの首筋に手を伸ばして撫でて落ち着かせると、皆で森へと歩き出す。

 俺も手に本を持ち、準備万端だ。


 マジックバッグに入っていた植物図鑑は、わら半紙のようなけば立つ紙に、活版印刷で図と解説文が印刷されていた。マジックバッグがかなり長い間森に放置されていただろうことを考えると、この世界は所謂ファンタジー小説の舞台の中世ヨーロッパ程度よりも、もっと進んでいるようだ。


 まあ、今のところ街へ行く予定なんてないし、アーシュも連れて行ってはくれないだろうから確かめる術はないけどな……。それに今街へ行ったって、俺は何もできないだろうし。


 アーシュは俺がこの世界の言葉が分かるように能力を付与してくれたが、文字はその能力外だったらしく、本を読むことは出来なかったのだ。

 なので、恐らく俺が話す言葉はこの世界の言葉に翻訳されているのだろう、と予測はしているが確信はないし、文字も読めない、魔法も使えない、そして戦闘なんてとんでもない、そんなないないづくしな状態で街へなんて行ってもすぐに野垂れ死にする未来しかないからな!


『あっ!あれ、イツキが襲われたっていってたヤツ!よーし、俺がやっつけるぞー!』

「ああっ!アインス、一人で行くなって!」


 以前森へ入った場所から少しだけ北へ進んだところから中へ皆で入ると、少しした場所で見覚えのある赤い実が見えた。それが目に入った途端に、すぐにアインスが一直線に走って向かって行ってしまう。


『大丈夫だよ!俺はフェニックスの子供だからな!植物なんて、敵じゃない!』


 そう言うと、パチッと火花を飛ばして木に絡む蔓だけを焼ききった。すると上からあの、ねばねばで苦しいという嫌な思い出しかない花のようなウツボカズラに似た本体が落ちて来た。


『こっちは俺がやる!』


 すると今度はツヴァイがピョンと飛び上がり、見事に蹴りを入れてまだ雛ながら鋭い爪で切り裂いたのだった。


『あーーーーっ!ツヴァイ!俺がやるっと言った!』

『いっつもアインスが飛び出して行っちゃうんじゃん!ズルイ!』


 二匹でピィピィ言い合いになり、険悪な雰囲気になって来た処をドライに背中をけ飛ばされて俺が二匹の間へ飛び込んだ。


「うわっ!ドライっ!蹴らないでも出ようとしてたのにっ!お前らは、喧嘩するな!これ以上喧嘩するなら、もう戻るからな!」


 倒れそうになったところをアインスの首に手を引っかけてなんとか堪え、そのまま胸の羽毛と嘴の下を撫でまわす。


『あーーっ!俺も!俺もやって!』


 するとその手の中にツヴァイの嘴をねじ込もうとしてきたので、左手で頭を撫でて嘴の下の顎のあたりをくすぐるように撫でてやった。

 猫の子になるようだが、皆あっという間に俺より大きくなったもんだから頭を撫でるのが大変でやってみたら、以外と子供たちは気に入ったようなのだ。


 まあ、俺はどこを撫でても雛の羽毛はふわっふわだから最高なんだけどな!


 しばらくそうしているとすっかり喧嘩していたのも忘れ、アインスがたったか一人で森の奥へと歩き出した。するとそれをツヴァイが追っかけ出す。

 そうしていると離れた場所で一人だけ知らんぷりをしていたドライが近寄って来たので、延び上がってグリグリと頬の辺りを強めに撫でさすった。


『『はやくーーーっ!急がないと、昼になるぞ!!』』

『誰のせいなんだか。ホラ、行こう』


 そうしてドライと二人でアインスたちを追いかけ、森の奥へと入って行った。



 しばらく歩くと、いつもよりお奥へ入っているからか、図鑑に載っていた薬草などが見つかった。それを、面倒がるアーシュに頼み込んで読んで貰った解説を思い出しつつ丁寧に採る。

 フェニックスというと、再生と生命を司るイメージだが、アーシュに質問すると「出来ないことはないがそんな力を今の状態の世界で使ったらバランスが更に崩れて崩壊する恐れがあるから使えない」と中々怖い回答が返って来たのだ。


 じゃあ治療魔法とかポーションはあるのか?と聞いてみると、即座に再生するような治癒の手段は存在していないそうだ。

 まあ、現実だと考えれば、細胞の活性化までは想像できるけど、すぐさま傷口が再生するなんて、人の細胞がどうなってしまうのか、ってヤツだよな。


 傷口の殺菌や細胞の活性化までは魔力を使えば出来るそうだが、怪我の治療は傷口を洗って魔法を掛けて、傷薬を塗って治るまで安静にする、という治療方法で、ほぼ日本と同じだ。

 傷口の化膿や破傷風などは、魔法を使えれば防げるが、使えなければこまめに傷薬を塗らなければならない。


 俺は当然まだ魔法が使えないから、傷薬が重要なのだが、マジックバッグにはほとんど数が入っていなかった。

 傷が絶えない俺としては、だから今後は簡単な傷薬は自分で薬草を使って作らないとならないのだ。できるかどうかは分からないが、とりあえずやってみるしかない。

 だから薬草は探していたので、森で採ることができて一安心だ。


 あちこちで俺が薬草を見つけて採っている間に、アインスたちはあちこち藪をつついては植物性の魔物を火で焼き、爪で切り裂き、そして虫を見つけてはついばんで食べていた。

 そうしてどんどん奥へと進んでいると。


『あれ?ここ、何か変じゃない?』

『んーーーー?おっ!イツキ、イツキー!ここ、変!変だぞ!』

『……うん、なんか変だね。良く気が付いたね、アインス』


 そんな雛たちの言葉に呼ばれたのだった。



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