第2話 世界再生保全機構
「入ってないですよね? 分かってますか? この先はマルクトアの世界に繋がってます。なんかでっかいドラゴンとか、あのー……なんか火を吹く犬? みたいなやつとか、ぐじゅぐじゅしたやつとかがいます。戦争もあって魔法使いが日々ババーン! とやってドドーン! ってなってる地域もあるそうです。そんなところに無保険の新入転生者がのこのこと入っていったらどうなるか……分かりますか? 分かりますよね? もう……モグシャァ、です……」
白いローブの少女は一息で一気に捲し立て、やりきった表情を浮かべる。
年齢は元の世界でいうところの17前後だろうか。フードから覗く顔は整っていて身振り手振りに合わせて揺れる長い銀髪も、必死にこちらに訴えかける大きな薄碧の瞳も、とても綺麗で可憐だった。
でも……でも死後の世界でのファーストコンタクトこれか?
普通なんか時の女神様みたいな品格のある人が威厳たっぷりに俺にこの空間のこととか、これからのことを教えてくれるターンじゃないか?
あとモグシャァって何? どうなるの?
ポカンと少女の方を見たまま何も返すことができない俺を見て、彼女は思い直したように慌てて続けた。
「あっ、これは失礼しました! 私、ベルクラフト保険のリリアネットと申します。お名前、聞いてもいいですか?」
「あ、
「ユート……わあ! 素敵な名前ですね! どういう字で書くんですか?」
リリアネットは笑顔で半透明のタブレットとペンのようなものを渡してきた。
タブレットには細かな記号のようなものがびっしりと連なり記されている。
「これなんか沢山書いてありますけど」
「右下の方、空いてるのでそこにお願いします」
「あ、本当だ。これ一杯書いてますけど、何が書いてあるんですか?」
「契約約款ですねー」
「おおい!!」
おおい! だよ本当に。危うく騙されてサインするところだった。
こんなやり方は消費者庁に怒られますよ、と言いたかったがこの世界に消費者法があるのか分からないので止めておいた。
初めての異世界とのカルチャーショックが保険契約に係るトラブルになるの嫌過ぎるだろ。
勢いで吹っ飛ばしてしまったペンを拾い、改めてリリアネットに問いかけた。
「あの、保険とか以前にこの場所とか、転生とか全然分かってなくて……。教えて貰えないですか?」
彼女は少しキョトンとした顔をした。
「あれ、何も聞いてないんですか? うーん、言われてみれば今日はここ、誰もいないですね。最近バタバタしてるとは聞いてましたが……」
そして、顎に手を当て一瞬考え込むとうんうんと小さく頷き続けた。
「ここは【世界再生保全機構】の管理する回廊です。簡単に言えば【
簡単に説明して貰ったのに正直全然分からなかった。
申し訳ないが少しずつ掘り下げさせて貰おう……
「世界再生保全機構というのは?」
「私も内部の人じゃないので内情とかは分からないですけど……。パンフレットによると、『あらゆる事象に顕現している、あまねく世界について、その世界が継続的かつ持続的に存在し得るよう保全活動を行う組織』です」
「……世界って?」
「文字通り世界のことです。あなたの元世界――私たちは【ワルド】と呼んでますが、それも1つの世界です。ユートさんがワルドにいる時は観測できなかったかも知れませんが世界はもっと沢山、無数に存在しているんですよ」
うーん、やっと少し掴めたか?
元々生きていた地球以外にも、別次元なのか別時空なのかは分からないが沢山の世界があり、それをありがたくも保全してくれるのが世界再生保全機構らしい。
「転生者とか再生とかは?」
「世界が滅びの運命にある時、その運命を正し滅亡を回避させることを再生と呼んでます。そして再生を行う行為者が転生者というわけですね」
これはまあ説明された内容でなんとなく分かった。
平たく言えば勇者が世界を救うようなものだろう。気になるのは転生者の方だ。
というかさっきからリリアネットが中空を見つめ何やら必死に思い出そうとしてる顔だが大丈夫だろうか……
「その、転生者というのは……」
「あー、えっとぉー……元世界との理を断って、理の外に出た人で……厳密に言えば違うらしいんですけどワルドの場合、まあ……死ぬことと等しいですかね~」
「……理は?」
「うーーん、そうですねえ~……。あ、『人とその世界を繋ぐもの』って書いてますね。『世界の中にいるものは、その世界の理に縛られることとなる。つまり理とは自然法則・生死・運命を含むあらゆる因果への相互干渉である』だそうです」
ついに公然とカンニングを始めてしまった。
「転生者さんは元世界との理が断たれたので元世界からの干渉を受けない。
そして、まっさらな状態でこの回廊の壁を通ると別世界の理と半分繋がった状態になる。
だから別世界の滅びの運命に干渉して運命を変える行為者になれる。
なるほど、そういうことだったんですね!」
勉強になったようで何よりです。
完全に知恵熱でオーバーヒートしていて可哀想なので最後にしよう。
「……何で俺が転生者になったんですかね?」
「選別は機構さんの業務なのでなんとも……。あ、前に会社のババ――先輩が『元世界での行いを見てるらしい』って言ってました。何か良いことされたんじゃないですか?」
少し考え込んでしまった。
あの女子高生は助かったのだろうか?
助かっていたとして、あれは良い行いだったのだろうか。
「さてさて、これで大体のことは分かって頂けたと思いますので~……」
リリアネットは営業スマイルを浮かべながら手を擦り合わせている。
聞いた情報を処理するのに頭が一杯ですっかり忘れていたが、そういえば転生者向けの保険会社とのことだった。
「あ、すいません。保険は大丈夫です」
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