ソロキャン行ったら幼馴染もやって来た

月之影心

ソロキャン行ったら幼馴染もやって来た

 俺は玖珂将希くがまさき

 28歳のしがないサラリーマンだ。


 強制的に取得するよう指示されて取った有給休暇の今日は、前に買い換えてそのまま倉庫に寝かせてあったキャンプ道具の確認を兼ねて、車で1時間程走った山の中のキャンプ場に来ていた。

 山の中と言っても最近では携帯の電波も届くし、一応『キャンプ場』と名の付く場所は何気に炊事場やトイレが完備されている所もあって、以前に比べれば随分気軽にアウトドアを楽しめるようになってきている。


 テントとタープを張り、影に椅子と机を置いた俺は、コンテナからバーナーとケトルを取り出してお湯を沸かし始めた。

 机にお気に入りの木製のカップを置いて、中にインスタントのコーヒーを入れておく。

 時折ケトルの取っ手を触って湯の沸き具合を確認しつつ、川の流れる音や鳥の鳴き声に耳を傾けていた。

 新調したテントに不具合らしいものは無く、同じく買い換えたコットも張りは十分で満足いくレベルだった。

 やがて沸いた湯をカップに注いでコーヒーが完成。

 ふーふーと吹いて冷ましながらコップに口を付ける。

 コーヒーの香りが鼻腔に広がる。


(こういう休日の過ごし方も贅沢だよな。)


 椅子に腰掛けてコーヒーを口に流し込みながらそんな風に思っていた。


 と、キャンプ場の入口の方に赤い軽自動車が見えたと思ったら、その車から大きな麦藁帽を被った女性が降り、ラゲッジからこれまた大きな鞄を取り出して肩に担ぎ、手を振りながら此方に歩いて来るのが見えた。


「やほー。」


 小野田裕実おのだひろみ

 向かいの家に住む、抜群に可愛らしい俺の幼馴染だ。

 ぱっちりした目に長い睫毛、通った鼻筋に口角の上がった口、栗毛でサラサラのセミロングに、アウトドア向きのダボっとした服の上からでも分かるスタイルの良さ、と言う反則級の可愛らしさを装備している。

 裕実とは幼稚園の頃からの付き合いで、小学校から大学までずっと同じ道を歩んで来た。

 さすがに就職先は別で仕事もお互いに全く関係の無い業種にはなったが、相変わらず付き合いは続いている。


「何しに来たんだ?」

「酷い言い方だね。キャンプ場にキャンプ以外何をしに来るって言うのよ?」

「だったらもっと奥の方がいいロケーションだぞ。」

「暗に私を遠ざけようとしてない?」

「気のせいだろ?……って何でそこで荷物下ろすんだよ。」

「いいじゃん。どこでテント張ろうと勝手でしょ?」


 とまぁこんな感じで、付き合いは続いてはいるが決して仲睦まじいというわけでもない。

 所謂『腐れ縁』ってやつ。

 だからいくら離れようとしても離れる事は無いし、今もこうしてこんなに広い殆ど人の居ないキャンプ場ですぐ隣にテント張り始めるし。


「わぁっ!?」

「ん?」


 『バツッ!』という音と裕実の叫び声と共に裕実がテント側にころんと転がり、張りかけていたシートやポールがその上に倒れた。


「何やってんだ?」

「ろ、ロープが切れた……いてて……」

「大丈夫か?」

「うん……怪我はしてない……」

「ったく……長い間使ってなかったロープは朽ちてる事があるから久し振りに張る時は気を付けないと。」


 俺はカップを机の上に置くと、コンテナから予備のロープを持ち出し、裕実のテントへ行って切れたロープと入れ替えた。


「あ、ありがと……」

「一生恩に着ろよ。」

「ロープ1本分は恩に着るよ。」

「はいはい。」


 残っていたコーヒーを飲み干し、荷物一式をタープの下へ移動させて落ち着いた頃、裕実もテントを張り終わって机と椅子を広げていた。


「だいぶ綺麗に張れるようになったよな。」

「ふふっ。師匠のお陰って言っておくよ。」

「何だかんだ俺の趣味に乗って来て、今じゃ持ってる装備は裕実の方がいいのが多いのが腹立つけど。」

「形から入るタイプなので。」


 元々アウトドア派の俺があちこちに出掛けていたのを見て興味を持った裕実だが、テントの張り方や火の熾し方を教えている内に段々本格的になり、今では俺よりも高価な装備を多く持つようになっていた。

 まぁキャンプなんて自分が満足出来れば何でもいいので、道具の価格と必ずしも比例するとは限らない……と自分を慰めてもいるが。


 木々の間を抜ける風が枝を揺らし、ざわざわと音を立てる。

 上流から流れて来た川の水がざばざばと波音を立てる。

 自然の中に体と心を置き、日頃の喧騒から解放される時間は至福だ。

 ハイバックの椅子に背中を預け、木陰の中で少しうとうとしてしまった。


 ふと目を開けるとまだ陽は落ちていなかったが山の日照時間は短く、テントを張った周辺は全て影に入っていた。

 腕時計に目をやる。


(4時か……そろそろ晩飯の準備するか……)


 椅子から立ち上がり大きく背伸びをしながら隣のタープを見ると、俺と同じようにハイバックの椅子に体を沈めて昼寝をしている裕実が居た。

 ちゃんと胸元から膝にブランケットを掛けている。

 これも以前、『いくら夏でも山の木陰は気温が下がるから昼寝する時も体に何か掛けておけ』と教えた事があり、それを守っているのだろう。


(偉い偉い……)


 俺は音を立てないようにコンテナからクッカーを取り出し、クーラーボックスと一緒にタープの前へ持って来た。


(さてと……)


 いつもキャンプに来た日の晩は『THE・肉』としか形容の出来ないような牛肉の塊にすると決めている。




★★★将希流キャンプ初日の晩飯『THE・肉』レシピ★★★


1.味付けは勿論塩胡椒のみ。

2.肉塊を油を敷いたスキレットに載せて焚き火網の上へ置く。

3.焼く。 以上だ。




「あー。ちょっと肉汁分けてくれない?」


 いつの間にか目の前に小さなスキレットを持った裕実が立っていた。


「うぉっ!?びっくりしたぁ。に、肉汁?」

「そう。肉汁。」

「何だ?肉汁ぶっかけご飯にでもするのか?寂し過ぎるだろ。」

「いくら何でもそれは無いよ。どうせ将希は肉塊持ってくるだろうから、こっちは別の料理にして肉汁をベースにしてみようと思ってね。」

「自分で持って来いよ。」

「いいじゃない。肉汁の有効利用だよ。」

「肉汁だって重要な肉料理の一部だ。」

「まぁまぁ、固い事言わないの。」


 言いながら裕実は俺のスキレットに溜まった肉汁を自分のスキレットに移し、ある程度溜まると『ありがと。』と言って自分のタープの方へ戻って行った。




★★★ここで裕実ちゃんの作る「肉汁きのこパスタ」をご紹介★★★


1.パスタを好みの硬さで茹でる。

2.貰った肉汁で鶏肉ときのこ類を炒める。

3.茹でたパスタを炒めた鶏肉ときのこ類の中に放り込む。

4.ごま油と味見して薄く感じたら塩を加えて完成。




「出来た。」


 嬉しそうな声が裕実の方から聞こえてきた。

 何を作ったのか知らないが、元々料理は上手な子だったので楽しめているならそれに越した事は無い。


 俺は耐火手袋をしてスキレットを火から下ろしてテーブルの上に置き、肉をナイフとフォークで切り分けていった。

 中は少し赤い部分の残るちょうど良い焼け具合だ。


「どうぞ。」

「え?」


 肉の焼け具合を確認していた俺の前に、裕実がお皿を2つ持って立っていた。


「お裾分けだよ。」

「お、それは有難い。」


 裕実は2つの皿を俺のテーブルの上に置くと、そのままくるっと向きを変えて自分のタープの方へ行き、椅子を持って再び此方へやって来た。


「お裾分けは有難いが何故此処で食べる?」

「いいじゃない。一緒に食べた方が美味しいよ?」

「一応『ソロキャンプ』なんだけどな。」


 俺は切った肉の3分の1ほどを裕実の持って来たパスタの入った皿の上にまとめて乗せた。


「お?くれるの?」

「前に言ってた塩を変えてみたんだ。味見してみ。」

「味見って量じゃないけど頂くね。」


 裕実は持って来たフォークで肉の一切れを突き刺すと口の中に放り込んだ。


「ふぉぉ!ぅをぃひぃえおいしいね!」

「おい、食うか喋るかどっちかにしろ。」


 咀嚼もそこそこに裕実が口の中の肉を『ごくんっ』と音が聞こえるんじゃないかという勢いで飲み込んだ。


「前に言ってたって何だっけ?ピンクソルト?」

「そうそれ。試しに使ってみたんだけどいつもの岩塩より塩気が少なくて甘味が強く出るんだよ。」

「うんうん。これはホントに美味しいよ。」


 得意顔になる俺。

 お裾分けで貰ったパスタをフォークに巻いて一口。


「お?これさっきの肉汁で?」

「そうだよ。肉汁で鶏肉ときのこを炒めてあるの。」

「ほぉ~。牛と鶏の絶妙なバランスにきのこの風味が口の中に広がってる。」

「でしょぉ?肉汁正解でしょ。」

「間違いないな。」


 お互いの料理に舌鼓を打ちつつ、クーラーボックスから缶ビールを出して1本目を開けた。


「普通こういう所に来て飲むなら料理しながらとかがいいんじゃないの?」

「それは家でもやってるから。キャンプでは喉が渇いた時用に水代わりに飲めばいいんだよ。」

「余計に喉が渇きそうね。」


 裕実はパスタと一緒に持って来た缶チューハイの2本目に口を付けていた。




 腹が満たされ、喉を潤し、俺と裕実は椅子にもたれて紫色になった空を見上げていた。


「こういう休日の過ごし方もいいよね。」

「だろ?何もかも洗い流されるって言うか、嫌な事全部忘れてやりたい事だけやって過ごす……最高だろ。」

「私としては……」


 少し長めの間を開けて裕実が言葉を繋ぐ。


「『将希と一緒に過ごせた』っていうのが一番かな。」


 椅子にもたれたまま、裕実は顔だけ此方に向けて微笑みながら言った。


「酔ったのなら自分のテントで寝ろよ。」

「ばぁか。」




 俺は目を閉じて周りから聞こえる風や川の音を耳に入れていた。

 裕実と一緒に過ごす休日の楽しさを体に沁み込ませるように。


(次は最初からちゃんと裕実誘って来ようかな……)


 幼馴染という腐れ縁は切れる事は無い。

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