第8話
その髪が随分傷んでいることは、お団子にしていたときから床屋さんにはわかりました。
「お年を召されては、長い髪の手入れは大変ですね。
肩も凝りますでしょう」
白髪が千切れないよう、そっと櫛を当てながら、床屋さんはおばあさんを労わりました。。
「切り終わったら、少し肩をおもみしましょう。
結ばずにすむくらいとおっしゃいましたが、同じ長さのまま切り揃えますか。
思い切って短くされますか。
よろしかったら、ご参考までに…」
言いながら床屋さんはいろいろな髪形の載った雑誌をお客の前に広げました。
顔にかかる両脇の前だけ長くした変形のボブやら、頭の後ろを中ほどまでふんわり膨らませて、その下を思い切って刈り上げにしたものやら、年配の人も華やかになりそうな髪型が並んでいます。
「そうねえ…。これがいいわ。
これをお願いします」
おばあさんが選んだのは、ざんぎり頭のようなベリーショートでした。
「ああ、これはよろしいですね。
お客さまは頭の形がよろしいから、お似合いになると思います」
「またしばらくは来られそうにないのでねえ…」
「大丈夫です。
ここまで短くしてしまうと、かなり長く持ちますから」
「ええ、わたしもそう思いましてねえ」
おばあさんは鏡の中の床屋さんと目を合わせると、恥ずかしそうに笑いました。
「どうやらお元気が出てこられたようじゃないですか」
床屋さんはなんだか自分まで嬉しい気持ちになってはさみを動かしていきました。
髪を切った後、顔をそりながら、かなりなお年だろうに、やたらと肌がつるつるしている、と思いました。
気をつけても気をつけても剃刀が滑りそうで、床屋さんはいつの間にか額にうっすらと汗をかいていました、
やっと終わって肩をもんであげるとおばあさんはとても喜びました。
そうして、よっこらしょと立ち上がって帰ろうとしました。
「あ、傘を…」
外の雨はまたひどくなったようなのです。
床屋さんは慌てて、もうずっと置き忘れたままになっている古い透明なビニール傘を差し出しました。
「いえ、いいんですよ。
雨は大好きなんです
わたしたちの命の源ですもの」
「そういうわけにはいきませんよ。
風邪でもひかれたら大変だ」
床屋さんは傘を無理やり押し付けました。
命の源って、どういう意味かなあ、と思いながら。
おばあさんは何度も遠慮しましたが、ようやく傘を受け取ると、何度も振り返ってお辞儀をしながら歩き去っていきました。
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