第7話

「え?」

 

床屋さんは驚いて、一瞬手が止まりました。

 が、すぐに落ち着きを取り戻すと、またはさみを進めていきました。


「前髪はどうなさいますか」

「前は切らないでそのままに。

 横に流して耳にかけるから」


 切り終わって鏡で後ろの具合を見せると、娘はほほえんでうなずきました。

 床屋さんもほっとしました。

 小さなほうきで襟足についた短い毛を払って、床屋さんは娘の方にかけたカバーを外しました。

 それから床に散らばった髪を素早くほうきで寄せて道を作りました。

 娘の髪は長かったので、切られた黒髪でこんもりとした小さな山ができました。


「ありがとう。

 お世話になりました」


 娘は笑って言うと、激しさを増していく雨の中を、あざやかにドレスのすそをひるがえして駆け去っていきました。



「やれやれ、どうなることかと思った…」


 床屋さんがひとりごとを言って、お茶を飲みたいな、と思ったときです。


「ごめんくださいまし」

 

 かすれた声が聞こえて、おばあさんが店の扉を押しました。

 小柄で紅色の花柄のブラウスを着て白っぽいベージュのスカートをはいています。

 すっかり白くなった髪に、その服装はとてもよく映りました。


「こちらへお座りください」


 床屋さんはそう言って、ペダルを踏んで椅子を一番下まで降ろしました。


「失礼します」


 おばあさんは小さな声で、でもはっきりと言うと、椅子に腰かけました。

 そうして頭の後ろでお団子にしていたピンを外して髪を解きました。

 すっかり細くなった髪をきゅっとまとめていたせいか、お団子は小さかったのに、ほどいた髪は驚くほど長いものでした。


「ずっと放っておいたものですから、こんなに伸びてしまって…」


おばあさんは恥ずかしそうに言いました。


「先ほども、長い髪のお客さまがいらしたんですよ。

 若い娘さんでしたがね、ばっさり切ってしまわれて…」

「白い服を着た方でしょ。

 さっき来る途中ですれ違いましたよ。

 わたくしもそうしたいのです。結ばなくてよいくらいに短く。

 そうしてください。

 なにしろひとりではどうにもできないものですから」


 おばあさんの言うのを床屋さんは不思議な気持ちで聞きました。


(今まで誰かにやってもらっていたんだろうか、お手伝いさんがいたとか?)

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