第2話

「こんな雨の日に、よくいらっしゃいました。

 髪型は、どうなさいますか?」


 床屋さんが尋ねると、


「いつものように…、ああ、こちらさんへは初めてでしたね。

 とにかく、誰が見てもおかしくないように短く刈り揃えてください。

 どこへ出てもはずかしくないように」

 

お客の髪はすっかり白髪でしたが、つんつんと勢いがあって硬そうで、短く刈り込んだほうが収まりががつきそうに思えました。


「それなら、角刈りにいたしましょうか。

 お客様の頭の形とも雰囲気とも、そうそう、お召し物にも合います」


 

床屋さんが提案すると、

「そうしてもらいますかな。

 ところで、角刈りとはどのようなものか。

 わたしは初めて聞きますがな」

 

 お客ははきはきと答えました。

 床屋さんは心配になったので、お店のカタログから角刈りのページを開けて写真を見せました。


「…ああ、この形だ、わたしがいつもしてもらっていたのは。

 さすが、この床屋さんは、見立てがよろしいようですな。

 わたしが見込んだだけのことはある…」


 老人はこんなことを言うのです。

 床屋さんはあんまりほめられて、なんだかくすぐったくなるようでした。

 けれどお客の髪に櫛を入れようとして、また驚きました。

 身なりのいい老人なのに、髪は随分荒れていたのです。

 長いこと手入れをしたことがないように見えました。

 白髪は洗ったばかりのように冴え冴えと輝いているのに。

 伸び放題の髪は、切ると尖った棘のようにぱらぱらと辺り一面に散りました。

 驚きを表に出さないようにして、床屋さんは、注文通り大急ぎで老人の髪を刈りました。

 それから、しゃぼんを泡立てて、丁寧にひげをあたりました。

 髪の毛と同じように、つんつんと硬いひげでした。


「いかがでございましょうか?」


 床屋さんは刈り終えると、両手に鏡を持って、正面の大鏡に老人の後姿を映して尋ねました。


「大変、結構です」


 老人は満足そうに答えると、やはりかくしゃくとした足取りで椅子を降り、お金を払って出ていきました。

 カタン、と表の扉が閉まって、床屋さんはひとり、明るい店の中に残されました。


「威厳のある人だったな。

 まるで、昔の武士のようだったな」


 お客さん用のソファに座ってぼんやり思っていると、


「ごめんください…」


 お店の中を透かすように扉の隙き間から四つの目がのぞいて、今度はふたりのお客が入って来ました。

 中年の男と女で、どちらも整った目鼻立ちをしています。

 ふたりが外套を脱ぐとき、ぷうんといい匂いが立ち昇りました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る