魔王召喚/丁歴938年10月14日

魔王召喚/丁歴938年10月14日

「っつ・・・背中いて・・・」


妙に温かくて固い床で俺は目を覚ました


「魔王様、この度の御降臨、大変お慶び申し上げます」


傍らに跪く少女が頭を垂れて言った


「ま、魔王様? え? なに? 俺?」


なんだ魔王様ってゲームじゃないんだから

それとも、なに? そういう特殊なシチュエーションを楽しむお店かなんか?

でも、俺そんな店入ったか?


「これ、朝陽、この方は異世界よりお越しいただいたんだよ。いきなり魔王なんて言っても分かるわけ無いだろ

まず、魔王とは何かを説明しないかい」


脇の方で四人がけのテーブルの椅子に腰掛けたお婆さんが、さっきの少女を諭すように言った


「そうですね、失礼いたしました。少々長い話になりますので、あちらにお座りください」


朝陽と呼ばれた少女はお婆さんの座っているテーブルを指し示した

テーブルにはノートパソコンのようなものが置かれており、太いケーブルが繋がっている

太いケーブルを辿ってみると、さっきまで寝ていた床に繋がっている

どうやら、デカイモニターのようなものになっていて床に敷いているようだ

床に敷かれたモニターには魔法陣のような幾何学模様が表示されていたが、

朝陽と呼ばれた女の子がノートパソコンを操作すると光を失った


「申し遅れました、私は小日朝陽こにちあさひと申します。こちらは市井タキです」

「よろしく頼むよ」


小日さんが着席する前に一礼して名乗った

明るい茶髪と日本人離れしたルックスをしている

多分、ハーフなんだろう。何系なのかは分からないけど

正直、めちゃくちゃ可愛い

ちなみに、市井さんの方は・・・うん、元気そうなお婆さんだね

正直、小日さんが眩しくて目に入らない


「あ、どうも平岩周平です」


俺は名乗りながら着席した


「まず、こちらの世界とは平岩様がいた世界とは異なる世界です」


・・・異世界っては聞き間違いじゃなかったのか。ていうか、コレ拉致じゃないの?

もしかして、奴隷のようにこき使われるんか?


「平岩様の世界ではどうかは存じ上げませんが、こちらの世界では瘴気しょうきと呼ばれる物質が存在します

これは人間を始め、生物には大変有害な物です。長期間浴び続けると死に至ります」


なんかすごい毒ガスみたいなもんか


「さらに問題なのが短時間で大量の瘴気を浴びると魔物に変わります

魔物に変わったものは瘴気の中でも問題なく生きていくことが出来るようになります

ただし、魔物に変わったものは一部精神に変調をきたす事があり、価値観が変わったり凶暴になることもあり、人間にとって、忌むべき者として扱われます」


ちょっとの瘴気でもヤバい上に大量発生して魔物が発生したら超ヤバいってことか

精神に変調をきたすってことは人間が魔物になると、なんかヤバいことになるのか?それとも、極稀におきるだけ?


「しかし、魔物になるという事は何も悪いことばかりではありません

まず、先程言ったとおり魔物になると瘴気の中でも生きていけます

さらに、魔物になる時に肉体が再構成されるため、病気や肉体の欠損が回復する可能性が高いです

また、同じ魔王の瘴気により魔物化した者は同族意識が芽生え、魔王の配下は秩序を保ちやすいと言われています」


魔物と同族意識が芽生えるってことは魔物を嫌う人間にとっては驚異ってことになるのか?

撃退しようとしたら徒党を組んで反撃してくるわけだし


「そして、私達は人間を捨て、魔物への進化を希求する秘密教団『照魔鏡』です

平岩様には魔王として、我が教団を導いて欲しいのです」


小日さんが俺の手を両手で握り、大きな瞳を潤わせて懇願してきた

やば、こんなん惚れてまいますやん


「いや、導けって言われても勝手に連れてきた上に、そんな事出来るわけないでしょ」


小日さんの"お願い"にあっさり流されそうになる俺の心に必死に喝を入れつつ食い下がった


「まぁまぁ、少し落ち着こうじゃないか。お茶菓子食べな

それとも最中は嫌いだったかい?」


市井さんが最中を差し出した

うん、アンコうまい


「ところで、話がちっとばっかし前後するんだが、こっちの世界に来る直前・・・あんたなにしてた?」


こっちに来る前・・・?

学校から帰る途中、信号待ちしてたら車が・・・アレ? その後どうなった?

車がこっちに突っ込んできて・・・突っ込んできてどうなった・・・?


「そう、あんたは死んだんだよ。そして、死にたてほやほやの魂をあの世行く前に掠め取って仮初の器に入れ込んだ

第二の人生ってやつだよ、こっちで楽しんでもいいんじゃないかい? もっとも嫌って言っても器を砕いて亡霊にするだけだけどね」


車が目の前に来たところまでは記憶があるけど・・・その後の記憶はない

救急車が来たとか病院に運ばれたりとかみたいな記憶はない

つまり・・・即死した・・・?


「・・・信じられないけど、俺は死んだんだろう。だけど、なぜ俺なんですか? それに、魔王ってのは具体的に何をしろって言うのかも分からないんですが」


ミンチになったであろう俺の前世を想像して吐きそうだが、必死に虚勢を張った


「まず最初の質問だけど、召喚した時に死んだのがたまたま、お前さんだったからで別に深い理由はないよ」


・・・選ばれし人間だったらいいなーという俺の中二心はあえなく玉砕した

そうだよね、選べるんならもっと強そうな奴か頭の良さそうな奴選ぶよね


「次の質問だけど、世界の狭間には瘴気が溜まってる所があるんだが、魔王ってのはそこと自分の通り道で繋げて瘴気を無限に引っ張ってくる存在だよ

つまり、瘴気が出てくる蛇口さ。お前さんが魔王をやってくれるかはワタシらに強制は出来ないけど、瘴気を垂れ流す危険物を放置すると思うかい?」


器を砕くとか言っといて強制できないとか、よく言うよ。魔王になって人類の敵になるか、もう一回死ぬかの二択じゃないか

さらに言えば、さすがにまだ死にたくない。いや、"また"か


「つまり、俺は神輿の上で座ってろって事ですか・・・?

でも、瘴気を出すってことは無関係の人を虐殺するってことじゃ・・・」


俺が毒ガス撒き散らすという事は、ようはバイオテロ発生機ってことだ

さすがに、そんなことに加担は出来ない


「それなら、大丈夫さ

魔王が出す瘴気はそんな半端な濃度じゃないからね。お前さんがその気になればあっという間に魔物の楽園だよ」


いやいや、大丈夫じゃないだろ

余計悪いってことだろ、それ


「それって無関係の人を無理やり魔物にするってことじゃ?

それって・・・倫理的にどうなの?」


虐殺かパンデミックかの違いしかないしな

なんか、偉い人に間違いなく怒られるよね。テロの鎮圧的な意味で


「倫理的に? 別いいんじゃないのかい、そんな細かいことは気にしなくても」

「いえ、倫理的にはアウトです」


市井さんが適当なこと言うと小日さんがすかさずフォローした

ていうか、細かくはねえだろ


「アウト、なんですが人間を辞めて魔物になりたい方がいるのも事実です

しかし、人間は絶対に魔物に対して権利を保証したりしません

さらに言えば、平岩様が座っているだけでも、魔物は頻度はともかく発生します

この世界で平岩様が生きるということは魔物を率いて人間と戦うということです」


死ぬか、殺すかってことだな、これは

これは腹をくくるしかないみたいだな。つまり"細かいことは気にしなくてもいい"ってことだろう

いいさ、こうなったら精々神輿の上で踊り明かしてやるさ


「・・・分かった。どうやらやるしかないみたいだ

魔物になりたくない人たちには悪いけど二度も死にたくはないからね」


俺は全力のキメ顔で小日さんを見た

市井さんは穏やかな表情で微笑んでいるような気がするが、正直目に入っていない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る