14番目の女の子

 掛川里穂かけがわ りほ の名前は知っていた。

進藤和成しんどう かずなりにとってずっと、彼女の名前は、「同じ中学出身の同級生」。ただ、それだけだった。

彼女の名前を意識したのは、中3の時だった。


 和成が卒業した諏訪西すわにし中学は、都心のベッドタウンで生徒数が多い。3つの小学校から集められている生徒は、1学年350人前後だ。都心から少し離れていて、交通の便が今一つということもあり、中学受験をして国立大の付属や私立の中高一貫校へ進学する児童が少ない。そういう地域だった。


 和成は350名程度の学年の中で、上位50番以内にはいつも入っていた。

当時の諏訪西中では、職員室横の掲示板に定期試験の上位50名の順位と名前が張り出される、というならわしがあった。各学年50名。だから、成績上位者はおのずと誰か分かってしまう。

 私立高校の出願に関わる内申点が出る、二学期の期末考査。和成は今迄で最高順位の、15番という順位をたたき出した。そのことをクラスの友人に聞かされ、職員室横の掲示板にいそいそと自分の順位を確かめにいって、和成は目を見張った。


「14位 C組 掛川 里穂」

自分の前後の順位の人物の名前など、それまで意識したことがなかった。

なぜ意識したかははっきり覚えている。15位の自分と、14位の里穂との点数が、30点も違っていたからだ。


 なぜこんなに点数が違うのか、和成にはわからなかった。

その後和成は、里穂が3年間国語の学年一位であり、読書感想文コンクールで県知事賞をもらうような生徒であることを知る。


 もう一つ、里穂のことで名前を意識したのは、実はその前の3年生の時の合唱コンクールでだった。

 クラスの女子の話では、里穂はかなりピアノが上手くてなんとかというコンクールで入賞しているらしいのだが、どういうわけか合唱コンクールのオーディションには出てこないのだそうだ。それが珍しく、3年生の学年合唱の伴奏をする、ということで、女子たちが色めきだっていたことがあった。


「伴奏って、田中じゃないの?」

和成が尋ねると、同じクラスの近藤修二が答えた。

「田中、今年は伴奏しないんだってよ」

「珍しい」

「伴奏飽きたって言ってるけど、本当のところはどうだかね」

小学校の頃からの幼馴染ー名前は、岡部 実加といったーが、眉間に皺を寄せて言った。

「内緒だけどさ、田中千穂、掛川さんにオーディションで負けたってさ」

修二が驚いて、実加を見た。

「掛川さんってそういう伴奏とかしないって噂だったけど」

「うーん?ちらっと掛川さんと喋ったけど、どうして今年はオーディション受けたのか聞いたらさ、コンクール受けないから断る口実が思いつかなくて、音楽の先生に押されたって言ってた」

 和成は尋ねた。

「俺、掛川さんってどんな子か知らないけど、みかっち知ってる?」

「去年委員会が一緒だった。大人しい感じ。みかもそんなに仲いいってわけじゃないけどさ、悪い子じゃないよ」

 和成は掛川里穂の姿を思い出そうとしたが、接点のない女子の姿は思い出せなかった。

「ふうん」

「いいんじゃない?掛川さんで。正直田中の伴奏言うほどうまくないしさ」

 人のことをあまり悪くは言わない実加がこんなことを言うとは思わなかった。

「みかっち言うなぁ」

「和だって散々田中に迷惑かけられてきたじゃんか」

  珍しく口が悪い実加の様子に、和成も修二も驚いた。

だが。


 あの、田中千穂、だもんなぁ。


 掛川さんとどういうやり取りがあったのか分からないけど、田中は悔しいだろうな。


 やはり小学校が同じである田中千穂とのかかわりを思い出し、和成は一人で納得した。それは、和成にとってもあまりいい思い出ではなかった。

 天然パーマがくるくると渦巻いていて、舌ったらずな話し方をする田中千穂は、いわゆる「あざと可愛い女子」で、一部の女子にはかなり敬遠されていた。過去の田中千穂とのかかわりであまりいい印象を持っていない和成としても、あまり関わりたい女子ではない。そんな田中千穂を「負かした」掛川里穂という女子はどんな子なんだろう。



 その時、和成は掛川里穂と言う少女に一瞬、強い関心を持った。

だが、その頃の和成は里穂と思いがけず関わりができる日が来ることなど、夢にも思っていなかったのだった。

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