第14話 ロリ先生の潔癖と俺の初料理
手を洗ってリビングに戻ると、さっきまで置いてあったテーブルの上の辞書とノートはキレイに片付けられ、彼女はキッチンで手を洗っていた。
「何やってたの?」
と俺が改めて聞くと、
「日本語の勉強よ。私にも知らない日本語はまだまだあるから」
と彼女は言った。あんなに集中して熱心に勉強なんて、やっぱりすごいなぁ~と思っていると、彼女はハンドタオルで手を拭きながら、
「はい、あなたも手を洗って」
と当然のように言った。俺が驚いて、
「手なら、今洗ってきたばっかりだけど?」
と言うと、
「さっきのは手の菌を落とす手洗い、調理前は手を清潔にする手洗い。それとこれとは話が違うわ」
と言われた。間違っていないようで間違っている彼女の理屈に従い手を洗うと、
「今日はあなたにも夕飯の調理をしてもらうわ」
と言われた。おぉ、ついに俺も、今日から料理男子になれる!! これから彼女と暮らしていくにあたっても、重要なスキルと言える。
何をするのかとちょっとドキドキしていると、乾麺を渡され、
「これを茹でて」
と彼女に言われた。乾麺を茹でる…まさかそれだけな訳ないよな。
「その後は?」
「…ん? …あ、あぁ、茹でた麺をざるにあける」
「その後は?」
「…?? え、お、終わり」
「…え、それだけ?」
「ええ。だって、最初からあなたが本格的に料理なんてしたら絶対危なっかしいもの。少しずつ慣れていきましょ」
本当にそれだけだったみたいだ。あれ、料理男子ってなんだっけ?
「これに麺を入れてね」
そう彼女は言って、底の深い鍋に、計量カップで水を入れていった。そして火をつけると、
「お湯が沸騰...つまりブクブクしてきたら、それを入れて、すぐにお箸でかき混ぜて」
と言った。俺が返事をして鍋の前にスタンバイすると、彼女はピーマンを切り出した。その後、トマト、玉ねぎを切るところを見届けたものの、鍋のお湯はなかなかブクブクしなかった。そして、なぜか目が異常に痛くなってきた頃にやっと、お湯がブクブクし始めた。
「沸騰? したよ?」
「うん、そろそろ良いわね。箸を持ってきて」
俺は言われた通り箸を持ってくると、
「ちょっと! そんな短い箸使ったら火傷するわよ?! 長い菜箸を使って」
と、ウインナーを切っている彼女に言われた。箸にも種類があるのか! と思いながら、俺が恐らくこの家で一番長いであろう箸を持って戻ると、なんと鍋が泡でいっぱいになっていて、その泡が、いまにも溢れそうだった。
(ヤバい!! どうすればいいんだ!!)
俺がパニックになって、とりあえず、
「先生、鍋が...」
と言うと、彼女は
「わ!」
と言いながら火を弱めた。
彼女がいなかったらどうなっていたことか...やっぱり料理はダメダメだな...と思いながら下を向くと、
「きゃっ」
という彼女の声がした。見ると、彼女は、水道水で腕を冷していた。どうやら、溢れたお湯が腕にかかってしまったようだ。
「大丈夫?」
と聞くと、
「ええ、どうってこと無いわ。あ、そういえばね、火傷って、絆創膏を貼るよりも、治療薬を塗った後、外気に触れさせておくのが良いんですって」
と、彼女は明るいトーンで言った。その腕を見ると、一部が赤くなってしまっていた。火傷を負わせてしまったことに加え、失敗したと思わせないように明るいトーンで話させてしまったことに居たたまれなくなってしまった俺は、
「ごめん!」
と言って頭を下げた。すると彼女は、
「謝らないで。初めてのことを完璧にこなす人間なんていないんだから」
と言った後、
「まぁ、にしても散々だったけどね」
と笑いながら言った。何と言えばいいか分からず、言葉を探していると、
「さぁ、気を取り直して茹でましょう。今度は私が横で見ててあげるから」
と彼女が言ったので、助言をもらいつつ、乾麺を何本か床に落としつつ、麺を鍋にくっつかせつつ、何とか茹でることができた。
「あとは、私が仕上げをするから、リビングで待ってて」
と言われたので、リビングで待たせてもらうことにした。それだけか、と思っていたはずのことだったのに、身体はどっと疲れていた。
その後、キッチンから彼女の料理する音が聞こえ、テレビを見て待っていた俺の前に運ばれてきたのは、ナポリタンだった。トマトの酸っぱく、美味しそうな匂いがする。
彼女も座ってから、
「いただきます」
と言ってフォークに巻き付け、口に入れたそれは、ナポリタンってこんなうまい食べ物だったっけ?! と思うほどに美味しかった。
「うまい!」
と、思っていたよりも少し大きな声で言うと彼女が、
「自分で作った料理はおいしさが倍増するのよ。私も、初めて作った料理は、本当に美味しかった記憶があるの」
と言ったので、なるほどそりゃおいしい訳だと思いつつ、
「先生が初めて作った料理って何だったの?」
と麺をフォークに巻き付けながら聞くと、彼女は、
「ん~...忘れちゃった!」
と言って笑った。当然めちゃくちゃ可愛かったのだが、俺にはひっかかることがあった。彼女が一瞬、悲しみを含んだような表情をしたのだ。その表情に何か深い意味があるような気がして、それ以上は聞かないことにした。
その後、俺はいつも通り皿を洗い、ピカピカだけどロマンの無い風呂に入り、柔軟運動をし、彼女に
「おやすみ」
と言って寝室に入った。
ベッドに寝転がった後、スマホの電源を入れ、危うく動画アプリを開きそうになってから、小説サイトを開いた。
そして、小説の続きを読み終えた後、一つの疑問が生じた。小学の頃はまだしも、中学、高校と、周りに、可愛いな、とか、顔が整ってるな、と思う人はいたが、それが恋愛感情に変わることは無かった。そんな俺が、どうして恋愛小説には入り込め、更には感情移入ができるのか。今思うと、なんか不思議だな。そんなことを考えている内に眠くなってきたので、答えが出ないまま、俺は就寝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます