第57話 ルビーの輝きを求めて

 ずっと座って映画を見ていたら、足腰が固まってしまったような感じだ。気分転換もかねて、コンビニへ買い出しに行こうと声をかけた。

 嬉しそうにぴょこっと立ち上がった里桜。

 

 快適な室内から、むわっと熱い外の世界へ歩みだす。

 七月の宵の口は、物足りない遊び心を持て余すかのように、膨らみ切った熱が行き場をなくして漂っているような気がする。あ、それって、まんま俺の心か。


「外はこんなに暑かったんですね」

「部屋にいると忘れちゃうけどね」

 汗ばむのも厭わずに手を取れば、嬉しそうに里桜が体を寄せてきた。


 お! 進歩している! あんなに緊張していたのに。ついこの間までは紙一枚の隙間を保つように気を配っていたみたいだったのに。今は体がぶつかっても意識せずに歩いている。


 そうか。変に気を回さなくても大丈夫なのかもしれない。里桜は里桜のスピードで一歩ずつ距離を縮めてくれているんだ。

 先ほどまでのしょぼくれた気持ちが一転、俺は無性に嬉しくなって顔がニヤケ始めた。


「じんさん、なんだか嬉しそうです。やっぱりお外の方が気持ちいいですか?」

「いや、違う。嬉しいことがあったから」

「嬉しいこと?」

「そ」

「そうなんですか……なんだろう? 気になります」

「お! 気にしてくれる?」

「はい」

「じゃあ、ヒント! ゼロ距離」

「ゼロ距離?」

 俺は恋人繋ぎの手を持ち上げて、グッと力を入れて里桜をさらに引き寄せる。

『あ!』っという表情を見せた里桜。上目遣いに俺を見た後、慌てて恥ずかしそうに俯いた。でも口元には笑みが溢れているのが丸見えだぜ。

 二人でピタリと寄り添って歩いているだけ。

 本当はそれだけで、十分幸せなんだよな。



 コンビニで飲み物とつまみを買って、ちょっと寄り道しようと公園へ誘う。

 少し高台にある公園は、頑張って登ってきたかいがあった。誰もいない公園を占め。童心に返ってブランコを漕ぐ。ギィギィと軋む音に、ちょっとだけ罪悪感を感じながら、壊れることはないだろうと高をくくる。

 風と戯れる感覚が気持ちいい。柵の向こうには家々の明かりが瞬き、揺れる夜景も楽しめた。


 ひとしきりはしゃいだ後、買ってきた缶チューハイを開けた。お酒の弱い里桜はノンアルコールバージョン。二人で夜の空気に溶けるように力を抜く。


「里桜、良かったな」

「はい?」

「さーやさんも片山とうまくいきそうで。佑と美鈴さんもいい感じだし、ほんと、良かったよな」

「じんさん……本当に、良かったです」


 噛みしめるようにそう言うと、里桜は缶をそっと握りしめた。

 その表情に優しい心根が溢れていて、俺も幸せ度がアップする。


「でも、やっぱり今回のこともじんさんのおかげです。ありがとうございました」

「え? 俺何にもしてないぜ」

「いいえ。じんさんが相談に乗ってくれて、背中を押してくれて、だから私、色々なことに向き合えました。だから、じんさんのおかげです」

「それを言ったら、俺も昔のことに向き合えたぜ。里桜のお陰。だからお互い様だな」


 俺を見つめる里桜の瞳が、薄暗い公園の光の中でも輝いて見えるのは、俺の願望が見せる幻かな。いや、そんなことはないはず。


「お互いさまって、いい響きですね。こんな私でも役にたてることがあるんだって、嬉しいです」

「でもさ、役にたつとかたたないとかじゃなくてさ、俺は里桜が好きってことだからね。それは忘れないでいてくれよ」

「じんさん……わたしもじんさんが好きです!」


 またまた涙腺が危なくなってきた里桜、俺は急いで話題を変える。


「あの星、でかいな」

 慌てて見上げた里桜もうんうんと頷く。しばし無言で夜空を堪能する。都会の光にも負けない星が力強く感じられた。まるで宝石の輝きだなと思って、ふと思い出す。秘密のプレゼントのことを。


 実はもうすぐ里桜の誕生日だ。七月の誕生石はルビー。だから俺は密かにルビーのネックレスをプレゼントしたいと考えている。石のサイズは小さいけれど、里桜の名前と同じ、桜の花の模様の中に一粒ルビーが輝くデザインを選んだ。俺的には、なかなかセンスの良いプレゼントだと思うんだけどな。里桜のリアクションが楽しみだ。

 本当は指輪と迷ったんだけどね。まずはネックレスからにしようかなと。あ、でも、指のサイズはリサーチ済みだぜ。実はこの間、里桜が具合悪くて寝ている間に密かにサイズを測っておいた。

 我ながら用意周到! そのサイズはいずれ必要になるはずだからな。


 折角だから、ルビーについて少し勉強してみたんだ。

 日本ではダイアモンドの方が貴重な宝石のような印象があるけれど、実はルビーは産地も限られていて希少価値が高いらしい。ミャンマー産の非加熱天然ルビーは特に。インド大陸がアジア大陸にぶつかってヒマラヤ山脈を作った、その時の膨大なエネルギ―によって生み出された宝石。そんな悠久の流れの中で、地球の営みが生み出した奇跡のような存在だと知って思った。

 里桜みたいだなって。

 奇跡のような存在。俺にとって。

 

 その美しい赤色は、情熱や勝利とも結びつけられて人々を魅了してきた。

 そしてそれは、俺の中で唇の色と重なった。

 あーあ、あの輝きを手に入れるために、俺は一人、馬鹿みたいに試行錯誤を繰り返しているんだよな。それで連戦連敗。

 子供っぽい自分が、おかしく思えた。


 でも、やっぱり里桜とキスしたいんだよ!


 素直にそう思って、ふと気づいた。己の欲望に任せて、をみてキスしようとするからいけないんだ。それで里桜を驚かせて失敗に終わっていたのではないかと。

 だったら……ちゃんと伝えよう。

 口に出してちゃんと。よし! 思い立ったが吉日だ。俺はおもむろに里桜に顔を向けた。ブランコがキィと音をたてる。


「なあ、里桜。俺、里桜とキスしたい。キスしよう!」

「ええ!」


 戸惑ったような里桜。大きく見開かれた瞳が左右に揺れている。


「あ、ごめん。いや、その、里桜の気持ちが固まったらでいいからさ」


 突然の事に、しばし呆然としていた里桜。

 覚悟を決めたように頷いてくれた。


「あの……私もしたいです。でも……あの、初めてで、よくわからなくて」

「里桜……大丈夫。そこに座っていて」


 俺はゆっくりと立ち上がって、静かに里桜のブランコの前に立った。ぎゅっと鎖を握り締めて顔を上げた里桜。その手を包み込むように、俺も鎖に手を添える。

 もう片方の手で、里桜の顎に手をかけて耳元に囁いた。


「力を抜いて。目を閉じて」


 ほぅっと言うため息とともに、里桜が目を閉じた。それでも緊張で微かに震えている。里桜の鼓動が俺にも伝わってきた。いや違う、このうるさい音は俺の鼓動か。


 目をつぶった里桜を見て、俺はクスリと笑った。やっぱり、息止めているな。

 もう一度耳元に囁く。


「里桜、息をして。大丈夫だから」

「あ……でも……」

「大丈夫。静かに息をしてごらん」


 か細く息を吐いて、おずおずと吸いこむ。そんな里桜を先導するように、俺もゆったりと呼吸する。徐々にシンクロし始めた二人の呼吸、そして鼓動。

 トクトクトクトク……少し早いリズム。



 そのリズムを大切に、俺はそうっとそうっと、彼女の唇に自分のそれを重ねた。

「あ」

 小さく漏れた声。その形に添うように、角度を変えてもう一度重ねる。

 ふっくらと柔らかい感触は、脳がしびれるような甘さだ。


 時が止まった。一瞬が永遠の輝きに変る夏の夜。



 ☆ 閑話休題 ☆


 カクヨム仲間のきひら◇もとむ様が、ご自身の作品イメージを広げるために『勝手に主題歌』を決められているとおっしゃっていました。

 で、面白そうなので私も考えてみたのですが、この『僕恋』の主題歌を勝手に決めると

 安田レイの『Tweedia』です(#^.^#)

https://www.youtube.com/watch?v=dmkHLGH99tA


 そしてついでに、本日のこのシーンのイメージ音楽は、

 シックスペンスの『Kiss Me』

https://www.youtube.com/watch?v=v45F0YesdZM


 よろしければ聴いてみてくださいませ。幸せな気持ちになっていただけたら嬉しいです。

 いつも読んでくださってありがとうございます。 作者より

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る