第72話

 エリザベートもウチまで一緒に来てくれた。


 気を遣ってくれるのはありがたいが、私と顔を合わせる度に泣いてしまうのでそろそろ泣き止んで欲しい。


「エリザベート、私は大丈夫だから。あなたはもう帰って? 涙でお化粧が酷いことになってるわよ?」


「グスン...アンリエット~...」


「ほらほら、涙拭いて。いつまでも泣いてるなんてあなたらしくないわよ?」


 グズるエリザベートをなんとか家に帰して、私と兄はようやく人心地ついた。


「そういや兄さん、エリザベートに正体明かしたの?」


「いや、言ってない。向こうからも聞かれなかったし。もっとも、とてもじゃないがそんなことに頭が回るような状況じゃなかったからかも知れないがな。セバスチャン、お前の口から伝えたりしたか?」


「いいえ、私は『ロバート様がお住まいになっておられるアパートに、アンリエット様はいらっしゃいますよ』とお伝えしただけでございます」


「ふうん、じゃあまだ正体に気付いていないでしょうね。どうする? 兄さん? まだ正体不明の作家業続ける?」


「いや...気持ちは変わらないよ...もう十分だ...それより...済まん、アンリ...」


 いかなり兄が頭を下げたのでビックリした。


「に、兄さん! ちょっと止めてよ! そもそもなんに対しての謝罪よ!?」


「クリフトファー様のことをぶん殴ったって言ったろ? その時、勢いに任せて『俺の妹は絶対に貴様にはやらん!』みたいなことを言っちまったんだ...お前の気持ちを無視して先走っちまった...本当に済まん...」


「あぁ、なんだ。そんなこと? 気にしなくていいわよ。そもそも私は、今回の件がなくたって断る気だったし」


「そうだったのか?」


「えぇ、兄さんが跡取りに復帰するって言うなら私は、しっかり引き継ぎしつつちゃんと教育もして、もう大丈夫だろうって判断したら、後を任せて領地に引っ込むつもりでいたんだもの」


「そうだったのか...」


「だからあんまり気にしなくていいから。この傷のこともね」


「アンリ...」


「それより兄さん、覚悟してよね? スパルタ教育でビシバシ行くからね!」


「あぁ、分かってるよ...」


 苦笑ではあるが、やっと兄の顔に笑顔が戻ったので少しホッとした。いつまでも暗い顔をされていてはこっちが堪らない。


「ちょっと休むわ。夕食になったら起こして頂戴」


「あぁ、分かった。ゆっくり休め」


 その後、結局私は明くる朝まで眠りこけてしまったらしい。あんまり気持ち良く寝てたんで起こさなかったそうな。


 次の日は空腹で目が覚めた。

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