前のエピソード――第64話　第三者視点５

　御者の男がスカーレットを連行して行って間も無く、セバスチャンが医者を連れて戻って来た。

「遅くなりました!」

　息を弾ませながら、セバスチャンと医者が部屋に入って来た。

「これは...ちょっと拝見!...」

　医者は直ちにアンリエットを診始める。カバンから聴診器を取り出して胸に当てる。次にペンライトを取り出して瞳孔反射を確認する。それから頭の怪我の状態と頬の裂傷の具合を確認した。

「頭の怪我はそれほど酷くありません。骨も折れていないし頭蓋骨が陥没もしていない。ただ内出血している可能性がありますので、経過を見るまではあまり動かしたくありません。この部屋の近くに休ませられる場所はありませんか?」

　そう言って医者は空き室を見渡した。

「それなら俺の部屋が同じフロアーにある。ベッドもあるからそこで休ませたらどうだ?」

「良いと思います。案内して下さい。そこのあなた、私が頭の方を持ちますんで、足の方を持って下さい。ゆっくり運びますよ?」

　医者はセバスチャンに向かってそう言った。

「いや、僕がやる。やらせてくれ」

　だがそれをクリフトファーが遮った。

「どちらでも構いません。タイミングを合わせてそっと持ち上げますよ?」

　医者はアンリエットの肩の辺りに手を回す。クリフトファーは足のふくらはぎ辺りを持った。

「行きますよ、３、２、１、今!」

　二人掛りでそっとアンリエットを持ち上げる。セバスチャンが医者のカバンを持って後に続く。

「こっちだ!」

　ロバートが先導する。廊下をゆっくり進んでロバートの部屋に入る。寝室のドアを開けて中に入れる。

「ベッドに下ろしますよ?　ゆっくりとね」

　そう言って医者は、アンリエットの頭を慎重に枕の上に乗せた。クリフトファーもゆっくりと足をベッドに乗せる。

「では怪我の治療を行いますので部屋から出て下さい」

　そう言って医者は、カバンから消毒液やガーゼを取り出した。クリフトファーは大人しく従って寝室を出る。

　その後、医者が出て来るまでロバートの部屋は重苦しい雰囲気に包まれた。口を開く者は誰も居ない。

　ロバートはどうしてこんなことになったのか、アンリエットが何故こんな酷い目に遭っているのか、今すぐにでもクリフトファーを問い質したい所なのだろうが、空気を読んでか沈黙を保っていた。

　やがて治療を終えた医者が寝室から出て来た。

「頭の怪我は縫うほどではありませんでした。ただ頬の傷は縫う必要がありました。どちらも出血は止まっていますのでご安心を。その他には特に怪我はありませんでした。あとは目が覚めるまではこのまま安静にして下さい。目を覚ました後、もう一度呼んで下さい。念のため痛み止めを置いていきます。痛みを訴えたら一錠飲ませて下さい」