第64話 第三者視点5

「アンリエット~!」


 意識を失う刹那、アンリエットは自分を呼ぶ声に気付いた。


「く、クリフトファー様...」


 それを最後にアンリエットの意識は途絶えた。


 空き室に飛び込んだクリフトファーは、アンリエットに馬乗りになっているスカーレットの姿を見て、なにが起こっているのか瞬時に状況を理解した。


「この狂女めぇ! アンリエットから離れろぉ~!」


 思いっきりスカーレットを蹴り飛ばす。


「グハッ!」


 クリフトファーが入って来たことにも気付かず、アンリエットの首を締め上げ続けていたスカーレットは、もんどり打って吹っ飛んで壁にぶつかり気絶した。


 そんなスカーレットには目もくれず、クリフトファーはアンリエットを優しく抱き上げた。


「あぁ、アンリエット...可哀想に...」


 遅れてやって来たロバートは、部屋の中の惨状を見渡しながら呆然と呟いた。


「これは...一体ここでなにがあったんだ!?」


 天井から吊り下がったロープに散乱するガラス片。血の付いた痕のような黒いシミ。そして...


「えっ!? あ、アンリ!? アンリなのか!?」


 クリフトファーの腕の中に居るのは、ついさっき別れたばかりの妹の変わり果てた姿だった。頬に酷い裂傷を負っている。頭からも血を流していて顔は土気色だ。


「お、おい! ま、まさか死んで...」


 ロバートの顔から血の気が引いた。


「いや、気を失っているだけだ。セバスチャン!」


「は、はい!」


 最後にやって来たセバスチャンにクリフトファーは命ずる。


「大急ぎで医者を連れて来い!」


「か、畏まりました!」


 セバスチャンが慌てて出て行くと、クリフトファーは今度はロバートに向かって、


「ロバート殿、済まないがそこにあるロープであの狂った女を縛り上げてくれないか?」


「あ、あぁ、分かった...」


 未だ状況は良く呑み込めないが、取り敢えずロバートはクリフトファーの指示に従い、女をロープでグルグル巻きにした。


「それからロバート殿、もう1つ頼まれてくれないか? 僕の乗って来た馬車に居る御者の男をここに連れて来て欲しい」


「了解した」


 ロバートが急いでクリフトファーの御者の男を連れて来た時、アンリエットは床の上に寝させられていた。クリフトファーが自分の上着を脱いで、その上に寝かせて硬い床から守っている。


「おい、連れて来たぞ」


「ありがとう...頭を打ってるみたいだから、あんまり動かさない方が良いと思ったんだ。でも硬い床の上じゃ可哀想だからせめてもと思って...」


 そう言ってクリフトファーはアンリエットを優しく見守る。そして御者の男に向き直って、


「お前はこの狂女をモリシャン侯爵家に連行してくれ。途中で気が付いて暴れるかも知れないから、足も縛り付けて猿ぐつわも噛ませろ」


「わ、分かりました...」


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