第4話
─────およそ九年前。
あの日はよく晴れた初夏の日差しが目映い絶好のお茶会日和だった。
アレクももう十才。そろそろ婚約者を決めなくては、いいご令嬢は売れてしまうわ。婚約者が決まっているご令嬢を王族の権力でかすめ取るような事は要らぬ反感を買う恐れがあるし、避けたいわ。今日で何名か候補を絞り込めたらいいのだけれども。
「みなさま。本日は来てくれてありがとう。お菓子と飲み物をたくさん用意しました。どうかお友だちをたくさん作ってくださいね。」
皆、さすが貴族のご子息、ご令嬢だけあって大人しく始まりの挨拶を聞くことができた。幼い子もいるので手短に済ませると一斉に賑やかになった。
招待したのは六才から十二才までの高位貴族のご子息、ご令嬢だ。
お菓子は小さくかわいらしいものを種類を揃え、飲み物は渋味のない紅茶やハーブティー、果実水も取り揃えた。
お茶会も和やかに始まり、私と隣に座るアレクシスの前には挨拶するための順番待ちの行列が出来る。
出席者全員の挨拶を受けていてはアレクが交流を持つ時間が無くなってしまうため、初めましての子のみ受けることにした。
挨拶を受ける子達の半分が済んだ頃だろうか。
「おはちゅにお目にかかります。
エレフィエント侯爵家のちょうちょ、クラウディアと申します。」
か、かんだ。かわえぇ。
かんでませんけどなにか?って顔してますけれど。ホント天使みたいにかわいい。こんな女の子産みたい。いろいろ着せ替えしたい。撫で回したい。
と心の中ではぁはぁしている私の目の前にはピンクのドレス姿でふわりとした蜂蜜色の髪に細身のリボン、長い睫毛にくりっとした瑠璃色の瞳のご令嬢。
天使みたいな令嬢だというのがクラウディアちゃんを初めて見た印象だった。
だからといって息子のアレクシスが気に入るとは限ら───。
息子?ふらりと立ち上がってどうした?
おいおい。近付くな。近付くな。近付きすぎだ。
口が半開きだぞ。早く閉じなさい。
何かに夢中になる時の癖で眉間に皺を寄せるのは止めなさい。睨んでいるように見えるわよ。
笑顔でいてくれているが、クラウディアちゃんは怖がっているぞ。
「わたしがアレクシスだ。
其方、チョコレートは好きか?」
「はい。好きでございます。」
「そうか。ならば食べろ。」
息子よ。自分のために給仕された皿を手渡すな。
「うまいか?」
「はい。おいしいです。」
「そうか。イチゴケーキは好きか?」
「はい。好きでございます。」
「そうか。ならば食べろ。」
息子よ。王子が給仕とか止めてくれ。ケーキの押し付けはむしろいじめてるようにもみえるわ。
クラウディアちゃんごめんなさいね。面白いからしばらく放置するわ。
アレクとクラウディアちゃんが同じことを繰り返していると、それを遠目で見ていた子供たちに諦めと納得の空気が流れた。
ご令嬢達はアレクを諦め、ご子息達はクラウディアちゃんを諦めたようだ。
うん。無駄なお妃候補の争いがなくて楽だわ。
クラウディアちゃんの脇に積み上げられたお皿の数は十枚は超えただろうか。
いよいよアレクシスの近くのケーキスタンドのお菓子を全種類出し尽くしたようで、アレクはダッシュでお菓子を並べたテーブルのある方へ向かって行った。
クラウディアちゃんは微笑みを絶やさないでいたものの付き添っている侍女はおろおろし、クラウディアちゃんの呼吸は微かに荒く、「ふぅ・・・うっ・・・。」と言ったのが聞こえた気がした。
いよいよマズイ。と思い、
「クラウディア嬢。アレクシスにはうまく言っておくわ。休憩室が御手洗いのすぐ近くにあるから、行ってらっしゃい。」
と、クラウディアちゃんの侍女に目配せした。
その後戻ってきたアレクの顔が『ガーン』という文字が浮かび上がるほどショックな表情をしていたのは面白かったわ。
その後クラウディアちゃんは戻ってこなかった。帰ったのでしょう。アレクは時折キョロキョロしているけど、クラウディアちゃんがいないのは貴方のせいですからね。止めなかった私のせいでもあるけれど。
その日の夜、私と国王陛下と宰相で相談しアレクシスの婚約者にエレフィエント侯爵家へ打診の手紙を出すことが決まった。
その旨をアレクへ伝えたら、
「確かクラウディアというご令嬢でしたね。国のためです。仲良くなれるよう努力します。」
とか生意気なこと言っちゃって。クラウディアちゃんはどう思うかは判らないわよ。と思ったが内緒にしておく。
息子よ。確保だけはしてあげたわよ。後は頑張れ。
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