第41話 「きこえるんです、霊の声が」

 心霊スポットの候補は全部で三つあった。


 一つ目は、近所の公園。


 三咲ちゃんと滑り台をした公園である。奥にある、整備の雑な森が目的地だ。一度足を踏み入れると帰れなくなるだとか、昼夜を問わず亡霊が観測されるだとか。by円花情報。


 長い間この地域に住んでいるはずなのに、心霊現象にはあまり興味がなかったせいかこれまで気づかなかった。


「うーん、公園には遊びにいったことがあるから却下にしますか」

「なぜに」

「心霊スポットが、前に遊びにいった場所だと雰囲気がでませんから」

「たしかに雰囲気は大事だもんね」

「というわけで却下です」


 二つ目は────。


「神社です。どうも、男の人の呪詛じゅそらしきものが長年に渡ってきこえていたそうです」

「うーん、そこはなんか違そうな気がする。俺の勘がそういってる」

「え、いかにもありそうじゃないですか。神社×心霊現象って!」

「多分気のせいだよ。だってしばらくその現象は確認されていないんだろう?」

「ゆーくん、どうしてそれを?」


 心霊現象に詳しくない俺が、どうしてそんなことをしっているか。



 それは、現象の原因が俺にあるからだ。



 覚えているだろうか。転校生が来てほしいと願った過去を。円花さんが来たことであっさり叶ったように思ってしまいそうだが、相当な下積み時代が存在している。


 いま考えれば恐怖でしかないのだが、俺はかなりの頻度で神社にお参りにいっていた。


 そう、「美少女転校生が来ますように……!」と祈り続けていたのである。下心しかない祈りであったし、お賽銭さいせんもたまにしか入れなかったためか、参拝を幾度重ねても結果は目に見えなかった。


 それが何日、何週間、何ヶ月……となっていくにつれて、いつの間にか呪詛じゅそのようなものになっていたらしい。


 幸い、途中で願望が声に漏れていたことを自覚し、神社の中では声を出さずに祈るようになった。


 これが夜に多かったことや、狂信的に祈り続ける姿が不気味だっとことが重なり、変な噂となって心霊現象認定されてしまったのだと思う。


「翼からきいたんだ。あいつ、噂とかにすぐ食いつくタイプだから俺の耳にも入ったんだよ」

「なるほど」

「ちなみにそれは原因が判明してるから。心霊現象ではない」

「ここもダメですか……ちなみに原因というのは?」

「自分で調べることだな。俺は教えないぞ」


 この噂が収束したのは、偽の理由が誰からか広がったことのおかげだ。もう覚えていないが、妙に納得できるようなものだった。俺の奇行は他人にバレずに済んだわけだ。


「そうなると、最後の候補しかありませんね」


 三つ目が、我々が現在向かっている場所である。


「トンネルですよ」


 トンネルといっても、高速道路にあるようなものではない。数百メートル、下手すれば数十メートルの通り道だ。


「それっぽいけど、あそこ狭いだろ? 心霊現象なんて起こるのか?」

「女の人の歌声が聞こえるそうです」

「さっきの二つよりしょぼそうだけど大丈夫?」

「広さと見た目で判断してはいけませんよ。やばいところはやばいんです。狭い割に、小規模な事故が多発しているとききます。今年だけで両指を超える回数が」

「あそこってそんなヤバいとこだっけ? あとそれどこ情報?」

「財閥と裏で繋がっている親の娘を舐めないでくださいね」


 という会話をして、俺たちは家を発った。


 あれからその場所に近づいていくたび、うそ寒さを感じた。時間帯や今日の天気のせいだと信じたいが、どうもそうではないらしかった。


「あともう少しでつきますね」


 スマートフォンの地図アプリを片手に円花さんは歩く。


「うん」

「口数少なくなってますが、平気ですか」

「……うん」

「平気じゃなさそうですね。ゆーくんすごくおどおどしてますよ」

「そんなこと、嘘に決まってる。そうだ、絶対嘘だよそんなこと」

「体が拒否反応を示してますよ?」


 生物的な直感が、ここはヤバいと訴えかけている。少し前の円花に感じたヤバさとかをはるかに凌駕りょうがしている。


「でも、ここまで来たからには引が下がれない。俺、いくよ」

「私の前でかっこつけなくても、ゆーくんは常にイケメンですから」

「円花……!」

「私のフィルターを通してですけどね」

「おい」


 こんな軽口を叩けるくらいならまだいけるだろう。



 状況を深刻に捉えず、楽観視するんだ…………。それが、成竹家の家訓なのだからな。



 親父なら、きっとそういうさ。


 さあ、いこう。恐怖のトンネルへ。


「あれ……ゆーくん、いまなんかいいましたか」

「いや、なにも」

「おかしいですね、私たちだけしか周りにはいなさそうなのに」


 出発まで時間がかかり、現在午後四時をまわってしばらく経つ。日差しはいつの間にか姿をくらまし、そのうち雨が降ってきてもおかしくなさそうな雲行きである。


「この天気、俺たちのせいじゃないよな……」

「……」

「なぜ黙っている?」

「ゆーくん! 少し静かにしてもらえませんか」

「どういうk……」

「いいから!」


 円花のいうことに従う。


「やっぱり、きこえます」

「どういうことだ、俺にはなにひとつきこえない」

「きこえるんです、霊の声が」


 深刻そうな表情で、円花は続ける。


「いや、それに近いものです───そう、心霊現象に遭遇したとき、私だけにきこえる音が」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る